2014年3月9日日曜日

アフリカ文学の父と小説の力

相も変わらず光文社古典新訳文庫が熱い。

このブログを読んでくださっている方はご存知だと思うが、最近はこのシリーズの紹介ばかりだ。本の売れないこの時代に、これだけ海外文学を、それも大手出版社が扱わないマイナー文学を、それも文庫で出す勇気と気概。こんなシリーズはほかにはない。年々価格設定が上がって、今や1冊¥1000 以上が当たり前になって、高校生が手を出しにくい値段になっていることはとりあえず、置いておこう。

アチェベ『崩れゆく絆』は、帯文にもあるように、アフリカ文学の傑作とされている。発表されたのは1958年。アフリカの年といわれ、数多くの国家がヨーロッパの植民地支配から脱した1960年に遡ること2年。当然、同作はアフリカ独立期の象徴的な一冊として読まれた。

解説にもあるように、この小説は三部構成から成る(この解説がなかなか優れている)。主人公オコンクウォとその家族を中心に、ウムオフィア村の生活と文化や慣習が詳細に語られる第一部、その最後で偶然起こった事故によって、7年の流刑生活を余儀なくされた彼を描いた第二部、そして第三部では故郷に戻ったオコンクウォが、侵入してきた白人とそれに伴う社会の変化に直面し、対決する。

第一部から二部、三部と移るにつれて、語りは直線的になり、物語は加速する。それとともに空間も広がっていき、最終的には植民地全体を俯瞰する視点となって終わりを迎える。

アチェベがこのような傑作を書き得たのは、また「アフリカ文学の父」と呼ばれ、以降の文学に多大な影響を及ぼしたのは、ひとえに彼自身の持つ二重性によるだろう。

彼の立場を作中人物で表すならば、主人公オコンクウォの息子ンウォイエになる。村の伝統や風俗になじめなかった彼は、白人のもたらしたキリスト教に傾倒し、やがて村からも自分の家族からも離れることになる。アチェベは、そうして最初に西欧化した人々の孫の世代にあたる。

キリスト教文化に染まった社会に生まれ、教育を受ける。そこから、自らの祖先の文化を見つめなおす。これまでのヨーロッパのアフリカ理解がひどく一面的であり、強制的なものであることを暴きだすために。放蕩息子の自分を意識しながら、祖先の地への帰還を果たすことは、おそらくわれわれが想像する以上に難しい。だからこそ、それに成功したこの作品が、世界文学の中でも燦然と輝く傑作となっているのだ。

この作品の発表当時、アフリカ、あるいは世界は時代の転換点にあった。植民地支配からの独立とはいえ、そもそも「国家」なる概念自体がない土地で、それもよそ者が引いた境界線に則って、どうしてまとまったひとつの国ができるだろう。事実その後もアフリカはクーデターや政治の腐敗、混沌と混乱を繰り返す。

そんな時代のさなか、新たな時代を想像 / 創造するに最もふさわしいものとして、アチェベは小説というジャンルを選んだ。21世紀も10年以上が過ぎた現在もまだ、小説はそれだけの力を秘めているだろうか?

Au revoir et à bientôt !


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