2012年3月20日火曜日

pushme-pullyou とオシツオサレツ――名訳を考える

おはようございます。

最近趣味とはいえ翻訳をしていると、プロの翻訳者がどのように訳しているか、非常に気になるのです。

このところ読んでいるタブッキで言えば、そのほとんどを名翻訳者の誉れ高い須賀敦子さんが訳していて、そういう観点からも注意して読んでいます。

で、須賀さんの翻訳を一言で言えば、「日本語らしい日本語で書いている(訳している)」ことです。
あまりに当たり前、といえばそれまでなのですが、ヨーロッパの言語に限らず別の言語を日本語に訳すというのは、以前に想像していたよりはるかに難しい作業なのです。

それぞれの言語にはそれぞれ固有の構造があって、それを別の言語に移すということは、とりもなおさず別の構造に作り替えることに他なりません。
今フランス語でも文章を書いているのですが、日本語で書いた文章を、一生懸命辞書を使って単語を調べて、そのままフランス語に移し替えたところで、「全く意味がわからない」と言われるのがオチなのです。

要は学校で丸暗記したように、単語と単語が一対一で対応してるわけではないんですね。
といっても、単語を暗記することも非常に大切なんですが、その際に大事なのは単語の意味ではなく、その単語の概念、ということになります。

須賀さんの文章を読んでいると、元の文章がわからない=はじめから日本語で書かれているように感じる、ことがよくあります。これこそ、名訳と言われる所以なのでしょう。

さて、今回のタイトルを見てピンときた方は、『ドリトル先生』シリーズを偏愛しているか、もしくは井伏鱒二ファンに違いありません。

pushme-pullyou とは、『ドリトル先生航海記』に初登場する、前後の別がない、双頭の動物の名前です。非常に臆病な動物で、360度の視野を持ち、眠るときも片方ずつしか眠らない、と描写されています。

この名前、一瞥しただけでわかるかもしれませんが、「push me」 と 「pull you」の二要素を合わせた単語です。「押す」ことと「引く」こと、「私」と「あなた」を組み合わせた、面白い名前だと思います。
この動物の名前を、『山椒魚』で有名な小説家、井伏鱒二さんは「オシツオサレツ」と訳しています。実に特長を捉えた、それでいて動物の名前らしい名訳ではないでしょうか。

みなさんも語学の勉強をしているのであれば、翻訳者がひとつの単語とどのように格闘しているか、その軌跡を探ってみるのも意地悪で楽しい読み方かもしれません。

では、また。
Au revoir, a la prochaine fois!
オシツオサレツの実在を証明する合成写真

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