2014年2月27日木曜日

魚たちは群れを成して森を泳ぐ――『Soudain dans la forêt profonde』

イスラエルの作家、アモス・オズを知ったのは、大江健三郎の往復書簡、『暴力に逆らって書く』でだと思う。イスラエル人としての立場から、パレスチナ問題を解決すべく真摯に動く、政治的人間としてだった。

文学者としてのアモス・オズはその後すぐ、『ブラックボックス』や『地下室のパンサー』など、日本語で手に入るものをまとめて読んだ。まだ2000年代初頭の話だ。

時が経って、フランスにはじめて行った2009年、本屋で知っている作家(でも日本では手に入らない)を探していて、Amos Oz の名前に出会った。そこで購入した 『Soudain dans la forêt  profonde / とつぜん、森の奥で』 が今回紹介する作品だ。

寓話の体裁をとったこの作品の舞台は、世界の果てにある森の中の小さな村だ。この村ではある日を境に、すべての動物たちが姿を消した。馬も猫も、犬も鳥も、魚たちも。子どもたちは動物を見たことも、鳴き声を聞いたこともない。大人たちはみななにがあったか語ろうとせず、頑なに口を閉ざしていた。

例外が存在する。村の女教師、Emanuela は子どもたちに動物の姿や鳴き声を教える。子どもたちは彼女の熱意を嘲る。彼女に対する村人の反応は冷ややかだ。

一人の少年、Nimi が森に入ったとき、物語は始まる。数日後に戻ってきた彼は人間の言葉が喋れず、いななき声を発することしかできない。そんな彼を村人たちは、畏れ、嘲り、そして非人間的な存在として無視をする。

動物たちはなぜ突如として姿を消したのか。少年はなぜ人間の言葉が話せなくなったのか。そして森にはなにがあるのか。その秘密を明かすためMatti と Maya はある日、森に足を踏み入れる。

森の中で二人はNimi に、そして森の主 Nehi と出会う。そして彼こそが、動物たちを連れ去った張本人だと知る。動機は単純だ。動物たちのことをよく理解し、仲良くなった彼は、動物の言葉を理解した。結果、村人たちからのけ者扱いされた。辱められ、虐げられ、無視されたあげく、自分の境遇に我慢できなくなり、友人たちと村を去った。それ以来村には戻っていない。友人である動物たちも一緒だ。

この作品の背景にはいくつかの伝承や歴史が存在する。中世ヨーロッパで畏怖されてきた「森」の存在。社会の規範を犯したものは共同体からオオカミの皮を被せられ、追放される。彼らは森に入り、オオカミ男となる。

あるいはイスラエルとパレスチナのあいだで続く紛争。ある共同体が敵を指し示すやり方は今も昔も、そして場所が変わっても大きくは変わらない。ユダヤの民がかつてヨーロッパで味わってきた不当な扱いを、今イスラエルの地でアラブ人に対して行うことへの皮肉。

もちろんこれは局地的に通用する寓話ではない。われわれが生きる日常でも常に、同様の力学が働いている。作中で頻繁に登場する、humilier 辱める、 moquer 馬鹿にする、といった単語が読者に行き方を再考させる。

物語の最後、森から戻った Matti と Maya は話す。この物語を村の人たちに話そう。聞いてくれないかもしれない。馬鹿にされるかもしれない。それでも粘り強く語り続けること、過去の過ちを忘れないこと。それが人と動物とが共生するために大切なことなんだ、と。そして人と人とが共に生きるためにも、もちろん。

Au revoir et à bientôt !

2014年2月24日月曜日

その日太陽はいつもより深く沈んで / Le jour en profondeur...

その日太陽はいつもより深く沈んで / Le jour en profondeur bien plus que de coutume

その日太陽はいつもより深く沈んで
一人で夢の中の空ろに入り込んだ
そこでは移ろう紺碧だけが見えて
束の間の空は僕らを探し歩いた
それは僕らが定めた空の境界の、あちら側での出来事で
遠すぎたから、むしろ怖くなったんだ
だから僕ら目を伏せて、裸足のつま先で
惑星の振動を感じていたんだ

いかにもシュペルヴィエルらしい詩、という印象。ciel / 空、planète / 惑星、などは初期の詩集から繰り返し現れているモチーフだ。ここでもシュペルヴィエルは、一人の人間のミクロコスモスと彼を取り巻くマクロコスモスとが重なり合う瞬間を描くいているように思う。それは彼の、昔から追求してきた主要なテーマだ。

Au revoir et à bientôt !


2014年2月23日日曜日

夢に見るんだ / Je rêve que je rêve ...

夢に見るんだ / Je rêve que je rêve et je suis là pourtant

夢に見るんだ 君を あぁ、若さの極みにある女よ
ぼくは夢の中 君の前にいる
でも君は、現実の時の中にいて
誰かが君に言い寄り、ぼくは忘れられる
靄のこちら側で、明かりも場所もないところで
ぼくは見るんだ まじまじと、君の視線がこちらに
ぼくのほうに向かってくる、それは秘密の小舟のように
からっぽで、ぼくの心だけ乗っていて、体は乗せられないんだ。
*
君は人生のように美しい
その君が今隣の部屋にいる
扉の鍵はかかっているけれど
君の動く物音は聞こえるんだ。
廊下を歩く君の行き先が
僕らのとこでないのはわかってるけど
廊下に擦れるその足音が
忘却が消しゴムで消すような
きれいな消しゴムで全部消し去るような
君の足音がよく聞こえるんだ。

前々回の詩より、『EURYDICE』をはさんでこの詩。二行目「ぼくは夢の中 君の前にいる」は別のバージョンでは「ぼくは夢の中 君のそばにいる」 (Devant vous → Près de vous )となっている。こちらのほうが日本語としては収まりがいい気がする。

後半部は特に意訳した部分が大きい。シュペルヴィエルの詩は(彼に限らないだろうが)、韻を踏むことを重要視していることもあって、主語や動詞が抜けていることが多い。その部分を自分なりに補っているため、詩人の意図したところと大きく意味が変わっている可能性もある。

Au revoir et à bientôt !

2014年2月20日木曜日

コーヒーとタバコと共産主義と――映画 『シチリア!シチリア!』

前々回にこのブログでも話したように、自分の生きた時代以外の価値観を認めるのは難しい。その時代に生きていた人々にとっては暗黙の了解とも言うべき「コード」が、別の時代の人にとってはそうではない。「時代の空気」とも呼べるそれは、説明するのがおそらく非常に難しいシロモノだ。

今読んでいるトマス・ピンチョンの『LA ヴァイス』は、70年代初頭、ヒッピー文化未だ盛んなロスを描いた物語だ。今ここでストーリーには触れないが、そうしたコードに恐ろしく意図的な作品である、とだけ言っておこう。

さて、アメリカでヒッピー文化華やかなりし頃、ヨーロッパではそれと対を成すような形で共産主義思想が栄えていた。

当時の知識人といえば、共産主義者であるかそうでないかの二択きりで、「読んだこともない」人間はすなわち、知識階級から外れていることを意味した。まぁ、私の勝手な想像だが。

そんな当時のイタリアを生き生きと描いた映画、『シチリア!シチリア!』を先日DVDで見た。監督はジュゼッペ・トルナトーレ。シチリア島の小さな町、バーリアに生まれたペッピーノの生を、その父と子どもの3代に跨って描く、151分の長編だ。

この映画最大の魅力は、時代の雰囲気を存分に味わえることだ。短く細切れにされた各シーンが、そこで切り取られた時代ごとに、異なる人々の表情や生き方を映し出す。現代を生きるだけでは決して味わうことのできないものを見せてくれる。

この、ひとつひとつのシーンをごく短く切り取り、パッチワークのように継ぎ接ぎする手法が上手くいっているとは思えない。見る人にとってシーンごとのつながりよりも断絶のほうが大きく、なかなか映画にのめり込むことができないのだ。

一方その意図に関しては理解できる。3世代およそ60~70年ほどの期間を描こうと思えば、どうしてもひとつひとつのエピソードを掘り下げるのは難しいし、何より映画監督が、一人の人間の一生を描く、というだけでなく、それに付随した時代、土地の移り変わりをも描写したいと意図しているのだから当然だ。

これはペッピーノの一生を描いた作品というよりは、一人の人間が生きたバーリアという土地と、その上を過ぎていった時代を描いた作品である。土地の記憶を、一人の人間を通して描き出している、と言い換えてもいい。

ところで映画の最後のシーン、冒頭で居眠りしていた少年時代のペッピーノが目覚めると、21世紀のバーリアにいる。ときに記憶は思わぬところで隆起し、他の時代と交じり合う。それがその場面に表されているとしても、そんなのは間違いなく蛇足だ。

Au reovoir et à bientôt !

2014年2月18日火曜日

君を想っている Je vous rêve ...

君を想っている / Je vous rêve de loin, et, de près, c'est pareil...

君を想っている 近くにいても離れていても変わらずに
しっかりものの君はいつだって 返事をしないけれど
ぼくの穏やかな眼差しの下で 君は音楽に変わる
目で見るように、耳で君の存在を聞こう。

君は贈り物の、美しい鼓動のハートを持っているから
目の前にいるように、ぼくの中に居座って
君が、こめかみの中でそっと、脈打つのが聞こえるんだ、
君が、ぼくの中にそっと、滑り込み、消えていくのが。

表題なし。久しぶりに Jules Supervielle の詩集 『Oublieuse mémoire / 忘れがちな記憶』 から。プレイヤード叢書によると、1946年、第二次大戦後シュペルヴィエルがウルグアイからパリに戻ったあとに書いたとされる晩年の作品。

ここで出てくる「vous / 君(本来なら「あなた」が適当か)」は女性名詞。単純に思いを寄せている(いた)女性に対する詩としてもいいが、第二次大戦中、ウルグアイに逃れていたシュペルヴィエルが、フランス( la France )に向けていた郷愁を読み取るのも面白い。

Au revoir et à bientôt !

2014年2月17日月曜日

アニメの台頭とテレビの復権

やべぇ、時代に乗り遅れてるわ。

先日、職場の後輩たち(20代前半~後半)と話をしていて、彼らにとってアニメを見ることが、ごく当たり前の娯楽になっているのを知り、衝撃を受けた。

いや、もちろん私の世代(30代前半)でもアニメを見ている層は一定数いた。だがそれは、あくまで「オタクな」趣味に位置づけられていて、あまり公然と口に出して言えるようなものではなかったように思う。

それが今やどうだ。私が「アニメは見ない」と言っただけで、アンチ・アニメと認定され、宗教裁判にかけられて、現代日本の異端思想家と位置づけられる有様だ。アニメはもはや日本のメインカルチャーとなりつつある。

とはいえその非難の仕方には、これまで日陰者扱いされていたもの特有の、歪んだ感情も表れている。曰く、アニメは「不当に過小評価されている」という思い込み。私はアニメを見ないという選択をしたのではなく、ただ軽蔑しているのだというパラノイア的妄執はどこからくるのか?

現在の状況を概括してみよう。めんどくさいから平成生まれとそれ以前でわけて考えると、平成生まれの世代はそれ以前の世代(といってもここでは私と同世代=30代前半に限っている)と比べ、TVを見ている人が多いようだ。一方で現在の30代の関心は未だ、テレビではなくネットに向けられているように思う。

ごめん、ここまで書いてきたけど正直弱いな。ネット論や若者論などは、およそ自分に似つかわしくない。つーか、そんなもんが書けるほどこのことについて考えたことがないんだから、当たり前だよね。

つーわけで、途中を省いて結論にいっちゃうと、問題はメインカルチャーが他の分野に向ける視線はいつも、冷ややかで、軽蔑的で、排他的だ。アニメもまた、メインカルチャーに躍り出たことで、これまで自分たちに向けられていた眼差しを送り返すことになった。これほど意地の悪い喜びを味わうことは、そうそうできないだろう。

ぐだぐだになってしまったがこれだけは確信を持って言える。海外文学に情熱を向ける私のような人間はいつの時代もはみ出し者として生きざるを得ない。殊にフランス語でイスラエル文学を読もうとするような人間は。だからお願いだから、私をそっとしておいてくれ。

Au revoirt et a bientot !
バルセロナ、もしくはマドリードの地下鉄

2014年2月15日土曜日

言葉を越える――『延安』

「越境文学」なるジャンルが好きだ。

この語の定義を明確にしようとするとじゃあそもそも日本文学ってなによ、って話になってしまうので今は便宜上「自分の母語以外の言葉で語りながらも、母語を忘れないこと」を条件としておこう。

リービ英雄はその代表的な存在だ(もちろん日本国内外に他にもたくさん越境文学者は存在するが、今回は触れない)。アメリカで生まれ、多感な青年期に大江健三郎や安部公房を読んで過ごし、『星条旗の聞こえない部屋』で日本の文壇(古い!)にデビューし、現在も主に日本語で作品を発表し続けている作家だ。

『延安』は彼が北京オリンピックの少し前に現代中国を訪れた話だ。英語を母語とし、日本語で書く作家が、中国語主に話される大陸を旅する。彼は北京語はある程度マスターしているが、それでも延安で聞く言葉はまた別の方言だ。彼は通訳を連れ旅をするが、時に言葉は彼のなかで本来の意味を成さぬままに変容し、あるときはとどまり、またあるときは通り過ぎていく。

彼の本を読むたびに感じるのは、言葉への(無意識の)信頼と、その脆さだ。言葉を使うこと、聞くことにひどく意識的にならざるを得ないのだ。英語、日本語、北京語、延安地方方言とのあいだにそれぞれ存在するズレが、われわれが普段使っている言葉と事物のあいだにあるズレを露わにする。

たとえば「イヌ」と聞いた場合に、様々な処理が脳内で行われているのがわかる。イヌ→居ぬ?、イヌ→犬→イメージ化…。そこに母語への翻訳作業が加わる(→dog)が加わると更に困難となる。そしてもし、翻訳先が見つからなかったら?あるいはそもそも音が意味を形成しないとしたら?

普段なにげなく跳び越えている溝を、リービ英雄は日の光の下に曝け出し、見せつける。ときに人はそこに嵌まり、迷い、困惑する。そのときに気づくのだ、これまで言葉に寄せていた信頼はひどく根拠のないものではなかったか?と。

かくて人は言葉への信頼を失い、あげくは物それ自体への認識をも疑うことになる。世界は千々にくだけて、名付けようもないものに変わってしまう。

実際そうならずに済んでいるのは、ひとつに常識の鈍さがある。それが、ときに揺り動く言葉の大地を事物に繋ぎ止める錨の役目を果たしているのだ。

揺らぐ言葉の大地の上で、今日もぼくらは安穏と過ごす。越境文学者は大地の裂け目から深く海中に潜り、水底に沈んだ錨を揺さぶる。一見無謀で無益な試みにどう応えるか、それはいつもぼくら次第だ。

Au revoir et a bientot !
フランスとスペイン国境の町。名前は知らない

2014年2月10日月曜日

パンデミック!! ――狂気の笑い

笑いはいいものだ。それは日々のストレスを忘れさせ、心を軽くする。だがもし笑いが――それもいわゆる馬鹿笑いが、数週間、数ヶ月と続くとしたら?もはや笑いごとでは済まされないだろう。

1962年1月30日、はじまりはアフリカの小さな村だった。タンザニカ(タンザニアの一地方)のKashasha 村で、3人の少女が笑いの発作に襲われた。少女らは身をよじって笑い、地面を転げ回った。ついには痙攣を起こし、涙を流したが、それでも止まらなかった。

やがてそれは他の子どもたちにも感染した。はじめはまじめに取らなかった教師たちは叱りつけ、止めさせようとしたが無駄だった。6週間後の3月18日、学校の159人の生徒のうち、95人までが発作に取り付かれていた。

不思議なことに、大人たちにその症状は現れなかった。ただし、一部のまったく教育を受けていない者を除いて。ずいぶん示唆的な話ではないか!

地域いったいが大混乱に陥った。政府はパラノイアになって、「ジハード主義者の細菌兵器による攻撃だ」とまで宣言した。感染者の血液が採取され、ヨーロッパまで送られた。

鑑定の結果は――もちろんシロだった。いかなる毒性物質も、いかなるウィルスも、そこからは検出されなかった。

発生から6ヶ月後、事件は思わぬ形で終息した。始まりと同じように、終わりにもまた、いかなる前触れもなかった。昨日まで馬鹿笑いに取り付かれていた子どもたちが、まるで何事もなかったかのように、ぴたりと笑うことを止めたのである。14の学校を閉鎖に追い込んだこの「感染症」はこうして収まった。

この話を読んで私が最初に思い出したのは、高校の頃のエピソードだ。
国語の授業で、生徒が順番に音読をすることになっていた。先生は教育実習で来ていた新米の男性(自分がその当時の彼の年齢をはるかに過ぎているのを思うと愕然とする)で、ただの音読にゲーム性を持たせようと次のような制約を課した。「噛んだり、詰まったりしたら次の人に交代」

結果は想像の通りだ。最初の一人が一行目で詰まって交代すると、その後何人も同じく一行目で詰まってしまい、先に進まなかった。それは一人の生徒が流れを無視して淡々と読み進めるまで続いた。

アフリカの世紀の只中にあったタンザニアと20世紀末の日本で同じ現象が起こる。明日、同じことが起きないと断言できるだろうか。そのとき頼りになるのは、周りに流されない空気の読めない大人だ。

Au revoir et a bientot !

2014年2月8日土曜日

君が死ぬ理由、ぼくの死なない理由

今となっては当時の熱狂を思い出すのは難しい。2008年11月4日、民主党から推薦されたバラク・オバマ上院議員が、共和党のジョン・マケインに勝った瞬間、アメリカで初めての黒人大統領が誕生した。

『Une bonne raison de se tuer』 はそんな熱狂の大統領選当日を生きた、二人の人物に焦点を当てる。一人は Laura 。人生嫌気が差した彼女はその日、特に理由もないのに死ぬことを決意する。もう一人は Samuel 。別れた妻とのあいだにできた一人息子が自殺し、苦悩する男だ。

現代フランスの作家、Philippe Besson はそんな二人の一日を交互に交えて描き出す。文学的手法に凝っているわけではない。二人がそれぞれに生きた一日を淡々と描き出す。

Laura の自殺願望には理由がない。40代後半~50代の彼女の子供は既に成人し、夫とは別れて今は一人で暮らしている。勤め先での仕事は順調だが、これといった変化もない。自分の人生に満足も不満もない、といっては嘘だが、まあそれなりの、人並みな生活を送ってきた。今彼女はそのことにうんざりしている。死ぬ理由は特にないが、これ以上生きている理由もない。

そんなとき、手元にある拳銃の、人間性を離れた卑劣さは魅力的だ。それは容易に生と死のあいだに横たわるためらいを乗り越えてくれる。朝、彼女は夜に死のうと決意する。

Samuel の息子の死には理由がある。そしてそれは、より理解しやすいように思える。彼は自分の好きな子に級友の前ですげなくされた。その恥辱は思春期真っ只中の彼にとって耐え難いものだった。そう彼の級友は主張する。

だがそれは、一人の大人を納得させない。たとえそれが、息子にとっての真実だったとしても、父親である彼は、別の真実を求めざるを得ない。そんなことで死ぬなんて!

物語の最後に二人は出会う。河の向こう岸にむかうフェリーの中で。互いにかすかな共感を覚えるが、話しかけはしない。当然だ、二人はそれまで一度も出会ったことのない、赤の他人同士なのだから。お互いがお互いに、相手の生に干渉するだけの力を持たない。アメリカ初の黒人大統領誕生を祝う爆竹の音の背後で、銃声が鳴る。だがそれは、誰の関心も惹き得ない。ついさっきまで一緒にいた Samuel さえも。

これは生と死の物語だ、もちろん。人の人生を語る以上どんな物語だってそうだ、と人は言うかもしれない。なるほどそうだ。だが、この作品のように、生と死が人の想像するよりはるかに身近で、曖昧なものであると指摘する物語は少ない。彼ら二人の物語が交互に紡がれるように、人の一生にも死の瞬間が幾度となく顔をのぞかせる。Laura は死を選び、Samuel は死ななかった。だが二人にどれだけの違いがあったろう?たまたまだ。たまたま彼女は死に、彼は生きた。

物語の背景に流れる大統領選の熱狂と華やかさが、ひどく虚しく思えてくる。「私になんの関係がある?」そう叫ぶ彼らの声に、誰か答えてくれないか。

Au revoir et a bientot !

2014年2月4日火曜日

ブレンダ・スペンサーの憂うつな月曜日

ブレンダはアメリカのカリフォルニア州、サンディエゴに住むごく普通の16歳。あるいは他の子より少しばかり活発だったかもしれない。週末には父親と一緒にハンティングに出かけるのを何よりも楽しみにしている少女だった。

先のクリスマスには素敵なプレゼントを受け取った。狙撃スコープ付きのカービン銃だ。16歳の少女のクリスマスプレゼントにしてはいささか物騒な代物だが、ブレンダには最高の贈り物だった。サンタさん、ありがとう!よしよし、いい子だ。おまけに500発の弾薬もつけちゃうぞ。なんてやりとりが父と娘のあいだで交わされた。

自分だけの銃を持ったことが誇らしくて、彼女は学友たちに自慢して回った。「私きっと有名になってテレビに出るわ!」もちろん友達は取り合わなかった。だってそうだろう!銃を持っているだけでテレビに出れるなんてバカらしい。そんなの兵隊ごっこをして英雄になったつもりの男の子とおんなじだ。

ひょっとするとブレンダ・スペンサーは他の子らに比べて、少しばかり子供だったのかも知れない。

1979年1月29日。ブレンダは自分の部屋の窓から無関心に外を見ていた。家の前の学校に、足取り重く登校する児童の群れ。もちろん彼女も憂うつだった。月曜日はいつもそうだ。楽しい週末が終わり、今日からまた一週間が始まる。もうすぐ学校に行かなくちゃ。そんな彼女の暗鬱な心を照らす妙案が、ふと浮かんだ。

「あの子たちを獲物にハンティングしたら楽しくない?」

いてもたってもいられずに、彼女は自分の銃を取り出し、肩に担いで構えると、狙いをつけて発射した。パン、パン、パン!

なにがなんだかわからず子供たちは、地面に倒れ、泣き叫び、逃げ惑った。ブレンダは冷静だった。まるで射撃場でするように銃弾を込め、狙いを定めた。なにも見えず、なにも聞こえなかった。ただ獲物の動きだけを目はひたすら沈着に追っていた。

校長 Burton Wragg はヒーローになりたかった。新聞の一面やニュースで取り上げられる自分の姿を想像して、悦に浸った。ヒーローは簡単に死ぬはずがない。彼は隠れ場から身を乗り出し、悪人がどこから撃ってくるか確かめようとした。バンッ!即死だった。

校長が撃たれたのを見て、警備員の Mike Suchar は思った、今校長を助ければきっと感謝状がもらえるだろう。これを足がかりに出世街道に乗ることもできるはずだ。他のやつには譲れない。考えるより先に体は行動していた。急いで校長のもとに駆け寄ると、バンッ!校長の体に折り重なるようにして倒れ、死亡した。銃撃は15分ほど続き、その間ほかに8人の子供たちが怪我をした。あぁ、アンラッキーブルーマンデー!

ブレンダはその後、7時間に渡って家に立てこもり、警官に抗した。最終的に降伏した彼女は、何故こんなことをしたのか、と問い詰める周囲の大人に向かってこう言った、「なんていっていいかわかんない。だって面白いと思ったんだもの。池にアヒルがいるから撃つようなもの。あ、でもあれは動きの鈍い牛を狙ってるみたいだった。めちゃ簡単なの」

後悔の念を見せない彼女に対し、司法は厳格だった。彼女を大人と同じように扱い、終身刑と25年の実刑判決となった。

服役期間中、彼女は4度釈放の嘆願書を出した。最後の嘆願時(2001年)には、「父親に性的虐待を受けていた」と主張し、自由を取り戻そうとした。要求はすべて却下された。

34年間、彼女は檻の向こう側にいる。今も彼女は月曜日が嫌いだ。でも今は、一週間ずっと憂うつなままだ。

Au revoir et a bientot !
Brenda Spencer.

アイルランドの不発弾――『第三の警官』

わかるよ、やりたいことはすげーよくわかる。でもその企み、上手くいってないよね。

1966年のエイプリル・フールに死去したアイルランドの作家、フラン・オブライエンの『第三の警官』。死の翌年に出版されると、「20世紀小説の前衛的手法とアイルランド的奇想が結びついた傑作として絶賛を浴びた」って書いてるけど、正直そんな立派なものじゃない。キャッチコピーなんて大半が誇大広告だろ。

概要を背表紙から拾ってみよう。

あの老人を殺したのはぼくなのです――出版資金ほしさに雇人と共謀して金持の老人を殺害した主人公は、いつしか三人の警官が管轄し、自転車人間の住む奇妙な世界に迷い込んでしまう。20世紀文学の前衛的手法、神話とノンセンス、アイルランド的幻想が渾然となった奇想小説。

いや、ドストエフスキーのパクリやん!なんて突っ込みはさておき、もう少しストーリーに触れると、老人を殺した主人公はその後、共犯者=雇人に嵌められて殺され、死後の世界をさまよう。彼は自分が死んでいることに気づかず、自分の体験が繰り返されていることも知りえない。

「果てしない反復」がこの本の主要なテーマであり、それは作中でも様々に表現される。
精巧な造りの箱の中には全く同じ箱が入っているし(大きさは一回り小さいけれど)、リフトに乗って訪れた来世では、「すべての部分は何度も反復されていて、どの場所も他の場所である」。自転車に乗って警官から逃れた主人公が行き着く先はもちろん、三次元のうち少なくとも一つが欠けている警察署だ。

まあでも、「自転車人間」の発想だけで、この作品は赦されている。死後の世界で重要な役割を担っている警官たちが最初に主人公に尋ねるのは自転車のことだし、その世界では自転車の盗難事件が警官の対応する主な事件だ。なにより自転車を常用するがゆえに、自転車と人間とのあいだで原子交換が行われ、体の40%自転車の自転車人間や、車体の60%が人間の人間自転車が刻々と生まれつつある。まさにチャリンコ乗りたちのエルドラドだ。

無限の迷宮からミノタウロスのイメージを浮かべるが、正確にはこれは現代のケンタウロスたちにあてたオード / 頌歌 だ。出来は決してよくないけれど、同類に寄せられた賛歌を聞いて、悪い気のする人はいない。

現代のケンタウロス、タイヤの描く無限の円環のなかでミノタウロスを飼う。

Au revoir et a bientot !