2014年2月17日月曜日

アニメの台頭とテレビの復権

やべぇ、時代に乗り遅れてるわ。

先日、職場の後輩たち(20代前半~後半)と話をしていて、彼らにとってアニメを見ることが、ごく当たり前の娯楽になっているのを知り、衝撃を受けた。

いや、もちろん私の世代(30代前半)でもアニメを見ている層は一定数いた。だがそれは、あくまで「オタクな」趣味に位置づけられていて、あまり公然と口に出して言えるようなものではなかったように思う。

それが今やどうだ。私が「アニメは見ない」と言っただけで、アンチ・アニメと認定され、宗教裁判にかけられて、現代日本の異端思想家と位置づけられる有様だ。アニメはもはや日本のメインカルチャーとなりつつある。

とはいえその非難の仕方には、これまで日陰者扱いされていたもの特有の、歪んだ感情も表れている。曰く、アニメは「不当に過小評価されている」という思い込み。私はアニメを見ないという選択をしたのではなく、ただ軽蔑しているのだというパラノイア的妄執はどこからくるのか?

現在の状況を概括してみよう。めんどくさいから平成生まれとそれ以前でわけて考えると、平成生まれの世代はそれ以前の世代(といってもここでは私と同世代=30代前半に限っている)と比べ、TVを見ている人が多いようだ。一方で現在の30代の関心は未だ、テレビではなくネットに向けられているように思う。

ごめん、ここまで書いてきたけど正直弱いな。ネット論や若者論などは、およそ自分に似つかわしくない。つーか、そんなもんが書けるほどこのことについて考えたことがないんだから、当たり前だよね。

つーわけで、途中を省いて結論にいっちゃうと、問題はメインカルチャーが他の分野に向ける視線はいつも、冷ややかで、軽蔑的で、排他的だ。アニメもまた、メインカルチャーに躍り出たことで、これまで自分たちに向けられていた眼差しを送り返すことになった。これほど意地の悪い喜びを味わうことは、そうそうできないだろう。

ぐだぐだになってしまったがこれだけは確信を持って言える。海外文学に情熱を向ける私のような人間はいつの時代もはみ出し者として生きざるを得ない。殊にフランス語でイスラエル文学を読もうとするような人間は。だからお願いだから、私をそっとしておいてくれ。

Au revoirt et a bientot !
バルセロナ、もしくはマドリードの地下鉄

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