2013年1月22日火曜日

堕ちた英雄がすべてを語る(前編)

ランス・アームストロング / Lance Armstrong 。末期癌から奇跡の生還を果たした後、前人未到のツール・ド・フランス7連覇を成し遂げた鋼の男。彼は一人の人物ではない。一つの物語だ。

彼がいなければ繋がれることのなかった点と点が結び合わされ、更にはまだ見ぬ未来の一点を指し示す。

たとえばグレッグ・レモン / Greg LeMond。ランスがツール総合優勝の回数を重ねるたびに名前を出される、元祖アメリカンロードレーサー。アメリカ人初のツール区間優勝を達成し、その後総合優勝を二度経験する(もちろんこちらもアメリカ人初の称号を冠している)。加えて現役中に胸部に散弾銃の弾を受け、生死の境をさまようも、その後再びレースに復帰するというエピソードを併せ持つ。

たとえばヤン・ウルリッヒ / Jan Ullrich。ランスの全盛期最大のライバルであった彼は、結局一度も総合順位において勝ることはなかった。東ドイツ最後のスポーツエリートは、ドーピング疑惑の渦中に取り残されたまま、失意のうちに引退した。

あるいはアルベルト・コンタドール / Alberto Contador。登坂で圧倒的な強さを見せるこのグランツール達成者もまた、脳の多孔性血管腫という、命を脅かす重病に冒されながらも、そこから復活を遂げ、マイヨ・ジョーヌを身にまとい、レモン、アームストロングの系譜を見事に受け継いでいる。2009年のツール・ド・フランス、チームアスタナで同僚となったランスとコンタドールの緊張関係は、見ているこちら側にまで伝わってきた。

あるいはベルナール・イノー / Bernard Hinault。上記のランスとコンタドールの関係を正確に前書きしていた。1986年、前年チームメイトのレモンに総合優勝を譲ってもらった形であったイノーは、この年はレモンのアシストに徹することを約束した。にもかかわらず、5度のツール総合優勝を誇るフランスの英雄は、欲に目がくらんだのか6度目のマイヨ・ジョーヌの着用を望んでしまう。観衆をも不安に陥れたその行為は、重大な裏切りと呼び得るものだったが、最終的にレモンが総合優勝を果たしたことで事なきを得た。これはもう一人の優勝候補、ローラン・フィニョンを罠にかけるための陽動作戦だった、ともいわれるが、結局のところ真相は彼の心にしまわれたままだ。1985年、彼の総合優勝の後、今日までフランス人マイヨ・ジョーヌは現れていない。

すべての偉大な作家は偉大な先人を自ずから作り出す。スポーツ選手においても言えることだ。一人の輝かしい存在が、過去の歴史を紐解く機会を作り出す。2004年MLBのシーズン最多安打記録を更新したイチローが、それまでの記録保持者、ジョージ・シスラーの存在に光を当てたように。

そしてその光り輝く存在は、未だ定まらぬ未来から見れば、目標とすべき灯台となり、模倣と超越とで縒り合わされた光を放射する。

そんな偉大な人物から放たれた光が、過去に存在していた暗部をも照らし出す。闇が存在するのは不可避なことなのか。今のランスによって強調されるのは、癌患者を勇気づけたり、挫折したものを再び這い上がらせるための未来へ向けた輝かしい光ではなく、その影にできた、深い陰影に縁取られた底知れぬ過去の闇だ。

次回、ランス・アームストロングのドーピング告白に触れる。

Au revoir et à bientot !
鋼の男、ランス・アームストロング

参照: Wikipedia の各選手のページにおいて、経歴の確認を行いました。各選手の名前からそれぞれのWiki ページへジャンプします。

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