2013年1月16日水曜日

痛みはどうだい?――シニカルに、されどユーモアを込めて

時機を逸してしまうと二度と思い出せない記憶があるのとは反対に、時宜を逃したからこそ書ける記事もあるだろう。と自分に言い聞かせて、今日は現代フランスノワール小説の作家、Pascal Garnier の紹介といこう。

Pascal Garnier / パスカル・ガルニエ (1949-2010) はパリ生まれのフランスの作家。若い頃には放浪し、職を転々とする。ロックンローラーを志していたこともあったようだ。35歳のときに作家になることを決意、以降多数の作品を出版。ミステリーから若者向けの小説まで幅広く書いていた。彼の書く登場人物は、「シメノン風の」ブラックユーモアが特徴。

今回読んだ彼の作品は、『Comment va la douleur ?』 。私が訳すなら『痛みはどうだい?』

ちなみにこの表題には対になる表現、"Comment va la santé ? / お元気ですか?" が存在する。これは現在、口語でのみ使用される表現だ(本来は、"Comment ca va ?","Comment vas-tu ?" など)。パスカル・ガルニエはこの表現を念頭に置いていたと思われるが、果たしてどうか。


――なんと言うか、ハードボイルドだぜ。

ほんの少しだけ内容を紹介しよう。
若くて世間知らず、純真無垢なベルナールは、ある温泉街で自称ネズミ駆除業者のシモンと出会う。ベルナールのことが気に入ったシモンは、彼を短期間の臨時運転手として雇うのだが、実はシモンには秘密があった…。

私が気に入った場面は二つ。一つは小説の冒頭場面。
シモンに呼ばれたベルナールは、部屋で首吊り死体を見つける。なんとなく彼は、机の上にあった食べさしのリンゴに手をつける。

ひどい味だった。近頃はまともなリンゴなんてめったにお目にかかれない。また、くしゃみが出た。この一週間、雨が降り続きのような気がする。彼は部屋を出、後ろ手に扉を閉めた。死体にさよならを言うのは野暮だろう。廊下の突き当たりにあるエレベーターは満員だった。ベルナールは階段で下りた。

もうひとつは、シモンの仕事が人殺しと判明したときの二人の会話。

「あなたの仕事ってのが、ようやく僕にもわかりましたよ」
「それで?」
「どうもないです。なんにしろ普通じゃないのだけは確かですが」
「必要悪さ。注文がある限りはやらなきゃならん」
「それでも僕からすれば、あなたがネズミの駆除だけしてるほうが良かったですけど」
「ネズミと人、どこが違う?どちらも殺してもまたすぐに湧いてくる」

 全体を紹介していないのでわかりずらいのは承知だが、ここには明らかにレイモン・チャンドラーの人物造形に連なるものがある。シニカルさとユーモアのないまぜになった男たちは、今の時代を生き抜くには、少しばかりカッコ良すぎるだろう。

 Au revoir et à bientôt !
Pascal Garnier / パスカル・ガルニエ (1949-2010)

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