2013年7月7日日曜日

人生の守護天使たち

5年前ならたぶん、大いに讃嘆してたろう。でも今はもう30歳、与えられた人生の3分の1は優にすぎて、ものの見方も大きく変わった。

帯には「日本ウリポ史上最大のシリーズ刊行開始!」と銘打たれている。ウリポ / Oulipo とは、1960年11月24日に数学者のフランソワ・ル・リヨネーを発起人として設立された文学グループ。正式名称は「Ouvroir de littérature potentielle 」(潜在的文学工房)。アルフレッド・ジャリ、レーモン・クノー、レーモン・ルーセルらの文学を理想とし、言語遊戯的な技法の開発を通して新しい文学の可能性を追求した。(参照: Wikipedia ウリポ ) 他にもジョルジュ・ペレックやイタロ・カルヴィーノなど、20代の私を終始興奮させた作家たちが名を連ねる、まさに先駆的文学実験工房といえる。

その中でも師範格を占めたのが、レーモン・クノ― / Raymond Queneau。詩人であり小説家でもある彼の、代表作といえば『地下鉄のザジ』だが、他にも『文体練習』『百兆の詩編』など、遊び心溢れる作品を数多世に送り出している。それらの作品はここで内容を紹介するよりも、手にとって読むことをオススメする。どれも一読してすぐ、その面白さがわかるものだ。個人的には『はまむぎ』が好きだ。

『イカロスの飛行』はそんな彼の遺稿にあたる。小説家ユベールの書き始めたばかりの小説から、主人公イカロスが逃げ出した。困ったユベールはイカロスの捜索を探偵モルコルに依頼して…そこからはじまるドタバタ劇を、軽快なリズムの会話の積み重ねによって描いていく。200p の分量が瞬く間に飛び去っていく。ここでは文体自体が飛翔して( voler )いるのだ。

単語 voler の持つ「飛ぶ / 盗む」の二重性が執筆のきっかけになったのだろう。冒頭で逃げ出したイカロスを、ユベールは「盗まれた / volé 」ものとして同業者を非難する。あげくユベールは3人の同業者らと決闘するはめとなる。イカロスが「盗まれた」とする筋が一本、小説の中を通っている。

もちろん一方で、ギリシャ神話のイカロスの墜落のエピソードをなぞることも忘れない。その際イカロスの創造者ユベールは父ダイダロスに重ねられる。小説家 / 父によって生命 / 翼を与えられたイカロスは、外の世界に飛び出す。はじめはおどおどしながら、やがて大胆に。彼は恋をし、仕事を見つける。だが人生は順風満帆とはいかず、terrain 「決闘場 / グラウンド」で乗っていた凧が墜落し、命を落とす。

この話に教訓なんて存在しない(もちろん!)。そして物語はあまりにもそつがない。
(イカロスの原稿を閉じながら)すべては予測どおりに起こった。ぼくの小説はこれでおしまい。
最後にユベールがこう述べて、物語は円環を閉じる。完全すぎて、予測された結末。完璧であるがゆえの、物足りなさ。

歳をとってものの見方も変わる。しかつめらしい顔をして叡智を求めるダイダロスと、大それた望みではなくとも、絶えずなにかを求め続け、あげく命を落とすことになる、イカロスと。

どちらが正しいなんてない。いずれも自分の生を生きた。ならばわれらもそうしよう。そうすれば彼らは、思い通りにいかない人生の守護天使であり続けるだろう。

Au revoir et à bientôt !
ピーテル・ブリューゲル作 『イカロスの墜落』 ベルギー王立美術館蔵
 
『イカロスの飛行 レーモン・クノー・コレクション ⑬』 / 石川清子 訳 水声社刊

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