2012年8月2日木曜日

友情――淡交

お久しぶりです。

といっても一週間ほどしか間が空いてないんですね。自分の中ではかれこれ一か月くらいこのブログを書いていなかった印象です。ついでに言えば仏作文も。

じゃあこの一週間、なにをしてたのかといわれると、怠惰の極みであったと答えるしかないのです。普段日常的に行っている読書やフランス語の勉強、このブログのように文章を書くこと、果ては知人から来たメールの返信まで・・・すべてなおざりにしてきたのです。

生活にはリズムがあって、どうしても落ち込む期間が出てくるのは仕方のないことだと思いますが、今回はそのあまりの怠惰ぶりに、自己嫌悪に陥らんばかりです。

さて、今日から八月ということで、心を入れ替えて頑張ろうと思い、久しぶりにItalki.com やFacebook を覗いたわけです。

そこである友人からのメッセージを見つけました。

内容自体は別になんてことはない、普通の近況報告なのですが、この、あまりにも時機にかなったタイミングに思わず知らず笑みがこぼれてしまいました。

ここで思い出したのは友情に関する二つの言葉です。
ひとつは「淡交」。もうひとつはミラン・クンデラによる友人の定義です。今回は前者について。

「淡交」とは、真の友情について語った「荘子」中にある次の文章、

「君子之交淡如水 小人之交甘如醴」

に由来するようです。

「君子の交わりは淡きこと水の如く、小人の交わりは甘きこと醴(甘酒のようなもの)の如し」
と読まれるこの語句はつまり、真の友とは、順風満帆のときにあっては招かれたときにのみ現われ、逆境にあっては招かれずとも現われるものである、ということを意味しているそうです。

メールをくれた友人はまさに、私の知らぬうちにそのような真の友人と呼ぶに足る、必要不可欠な友となっていたのでしょう。

続きは次回。では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
水と緑の淡くはない交わり方

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