2014年4月8日火曜日

追悼 ジャック・ル・ゴフ

ジャック・ル・ゴフはみずからが中世を発見した日を覚えている。

1936年、フランスの南東部、地中海に面する軍港の町トゥーロンに住む十二歳の少年は、イギリス中世を舞台にした、ウォルター・スコットの歴史小説『アイヴァンホー』を読むことで、中世と出会ったのだった。

1936年は結集した反ファシズム勢力がフランスで選挙に圧勝し、人民戦線内閣が誕生した年。ル・ゴフも、『アイヴァンホー』の描くノルマン人のユダヤ人に対する仕打ち、とくに美しいヒロイン、レベッカの苦難を読むとただちに、当時のユダヤ人排斥と人種差別に反対する運動に加わろうと決心したようだ。それは母親をひどく心配させたが。

1924年にトゥーロンで生まれたル・ゴフはその後、パリの高等師範学校に進学、ヨーロッパ各地の大学で学ぶ。その後はアナール学派第三世代のリーダーとして、フェルナン・ブローデルの後を継ぐことになる。2014年4月1日、90歳でその人生の幕を閉じた。

アナール学派とはなにか。相変わらずWikipedia に頼らせてもらうと、

旧来の歴史学が、戦争などの政治的事件を中心とする「事件史」や、ナポレオンのような高名な人物を軸とする「大人物史」の歴史叙述に傾きやすかったことを批判し、見過ごされていた民衆の生活文化や、社会全体の「集合記憶」に目を向けるべきことを訴えた。この目的を達成するために専門分野間の交流が推進され、とくに経済学・統計学・人類学・言語学などの知見をさかんに取り入れた。民衆の生活に注目する「社会史」的視点に加えて、そうした学際性の強さもアナール派の特徴とみなされている

機関紙『アナール』の創刊が1929年であることを考えると、ずいぶんと長い歴史を持つ学派ということになる。アナール派で特に有名なのが、フェルナン・ブローデルの『地中海』だろうが、不幸にして私は未読のため、語ることはできない。

「大人物」や「事件」を中心にした歴史記述でなく、「民衆」に視点を当て、「集合記憶」を呼び覚ます手法は、ル・ゴフの著作にも現れている。それはほぼ同じ時代を生きた、ドイツ中世史家の阿部謹也氏にも同様の感覚が見受けられる。

ル・ゴフ氏の著作で読んだことがあるのは、『中世の高利貸』と『子どもたちに語るヨーロッパ史』だけだが、歴史学の門外漢である私にも刺激的な作品だった。一般の人々にも十分訴えかけるだけの内容を持つ著作であり、生き方の再考を迫るものだと思う。

本と出合い、人と出会う。ル・ゴフ氏にとっての『アイヴァンホー』のように人の生き方を変える力が、彼の著作物にもある。ご冥福をお祈り申し上げる。

Je prie pour l'âme de Jacques Le Goff...

参考書籍:子どもたちに語るヨーロッパ史 ちくま学芸文庫

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