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2015年11月8日日曜日

移転します。

お久しぶりです。

前回、更新宣言をしてから、また半年ほど経過してしまいました。

その間、何をしていたかと言いますと、結構いろんなことがありました。
書きたいこともボツボツと溜まっています。

今回更新する目的は、ブログ移転のお知らせのためです。
次回より、新しいブログでの更新となる予定です。完全に移転が完了した時点で、このブログは閲覧不可の状態にさせていただきます。

新しいブログタイトルは、『Le Vent et L'Herbe / 風と草』。またしても Claude Simon 氏の小説より拝借しています。

・・・と言いつつ、新しいブログでなにをするか。具体的に決まっているわけではありません。が、少なくともこのブログよりは、より読みやすい文体、内容を意識したいと思っています。

新しいブログのアドレスは、http://a-nancy2.blogspot.jp/ です。現時点では場所だけとっている状態ですね。

それでは、みなさん。次に会うときまで。

Au revoir et a bientot !

2015年5月13日水曜日

再開 / 最下位――借金11、首位ファイターズと8.5ゲーム差

お久しぶりでございます。

半年ばかし、更新を怠っておりました。今月より再開したいと思います。

なんですが、まずは記事の書きためをすることにします。なので、定期的に更新できるようになるには、もう少し時間がかかりそうです。ある程度の分量が溜まれば、ボツボツ、とブログにあげていこうと思います。

それでは、また近日中に。

Au revoir et a bientot !


2014年8月7日木曜日

書かれなかった過去を振り返ろう

人間は経験する自己よりも記憶する自己に固執する。

誰の受け売りかって?2002年ノーベル経済学賞受賞のダニエル・カーネマン。彼は人間にとっては経験そのものよりも、その記憶のほうが大切だと喝破した。

そのための思考実験として、カーネマンは次のような例を挙げる。

休暇の終わりに、撮影した写真やビデオをすべて破棄するとします。さらに、休暇の記憶をすべて消してしまうような薬を飲むとします。
事前にこれらのことがわかっている場合、あなたの休暇のプランに影響はありますか?
記憶に残るふつうの休暇と比べた場合、記憶が消失される休暇にいくら払いますか?

カーネマンの結論によると、記憶の抹消は経験の価値を大きく損なってしまうようだ。ある人は記憶がなくなってしまうなら、わざわざ出かける必要はないという。気持ちはよくわかる。ところで、経験と体験の違いってなんだろう?

4月末からブログをほとんど更新しておらず、ブログの開設三周年を自分で祝う機会も逃してしまった。その間、いろんな場所に行って、いろんなものを見聞した。その記憶を、手帳に残された僅かな手がかりをもとに、再構成する。そんな企画を今月はやろうと思う。経験した自己を、記憶する自己に変容させるのだ。

以下のようにルールを定めよう。
・ 5月~現在までの手帳に残された記録を元に、時系列で書く。
・ 本や映画の感想は、その本を読み返さず、残っている記憶と記録だけを頼りに書く。
・ 自分の残したメモを引用する――自己引用の悪癖!

次回は、アンドレアス・グルスキー展(5/2)について。

Au revoir et à bientôt !
2014年の手帳。ボールペンはuni のJETSTREAMを愛用。

2014年6月30日月曜日

ペルソナ漬けの一ヶ月

4月末から6月頭まで、約一ヶ月に渡ってPS2のゲーム『ペルソナ4』をやっとりましたよ。

そんなわけなので、5月にブログの更新が出来なかったのは致し方ないとしても、6月も一回もしてないってどうよ?

そもそもが個人的なブログで、閲覧する人の数もしれてるし、たかが1、2ヶ月更新をしなかったところで、誰かの迷惑になるわけでもないし…。中途半端に書き残した記事が、新たな記事を作る邪魔だてをし、どうでもいいやと投げやりな感情が、それに拍車をかける。新しい記事を投稿したのでもないのに、勝手に増える  view 数が、誰かが読んでくれている、という幻想を、これ見よがしに打ち砕く…。

とまぁ、ゴタゴタと書きましたが、今日から再開です。今後も一定期間書いては休止し、を繰り返すことになるでしょうが、どうぞよろしく。

次回は、そのペルソナ4のお話から。

Au revoir et à bientôt !

2014年4月25日金曜日

バリアフリー 2014

ガルシア=マルケス死去のニュースを聞いてから、追悼文を書こうと思いつつ、早一週間。もうちょいしたら書く予定なんで、もうしばらくのお待ちを。

久しぶりに福祉の話題を。

4月の17、18、19と大阪のインテックス大阪ってところで、「バリアフリー 2014」なる展覧会が開催された。職場の同僚に勧められて(ごり押しされて?)、片道1時間半かけて行ってきたのであります。

このいかにも福祉してる名前の通り、様々な福祉用具が展示されていたのだけれど、そんなん関係なしに面白い。展覧会ってやつのお祭りの雰囲気ムンムンで、出店がたくさんあって、出展者は売る気満々で、「福祉」よりも「資本主義」を強く感じる現場。これまでの福祉にはない、「金を稼ぐ」ことを前面に出したこの空間に、好感を持った。

個人的に一番印象的だったのは、ベッドや車椅子の進歩よりも、そうした企業の本気度具合だった。いやー、トヨタやホンダが本気できとるやん。食品業界でもキューピーなんかが参入してきていて、これからの福祉業界にどれくらい金が入ってくるか、まざまざと見せられることとなった。

こんな風に競争が激化すれば、これまで法外な値段設定をして安穏としてきた、福祉用具業界の尻に火がつくだろう。消費者としては、ありがたい限りだ。その一方で、これだけ大企業が進出してくると、中小の企業にはかなり厳しいだろう、と推測も立つ。まぁ、多少事情が異なるとはいえ、介護の現場も他人事ではないだろうが。

団塊の世代が高齢者になって、福祉も新しいフェイズに移行したなと感じる。これまで社会の一隅に押し込められてきたものが、社会の中心に位置する。人口における高齢者の割合を考えたとき、これは当然の動きだろう。この動きがどこまで加速していくか、注目したい。

その一方で懸念もある。同じ福祉に属していても、身体障害者や精神障害者はこの流れの恩恵を受けられるだろうか?これまで以上に社会から置き去りにされないだろうか。高齢者福祉に携わる身でありながら、そんな危機感と不安がぬぐえない。

それにしても…どんだけ「福祉」言うねん!

Au revoir et a bientot !


2014年3月4日火曜日

球春到来!

観客数4502人、先発の西は3回を4失点といまひとつの内容、打線も4回以降は淡々と凡退を繰り返し、3-5で敗戦。オリックス・バファローズは本拠地開幕戦をなんともいえない試合で破れた。

個人的にもなんともいえない観戦内容だった。バスが遅れ、1回の攻防を見逃すわ、京セラドームの空調があまり効いておらず、観客数も相まって寒々しい雰囲気だわ、せっかくネット裏に座ったのに、後ろの客がアホ丸出し5人組だわ、4回の肝心の得点シーンは席を離れていて見れないわ…。

良かったこと。ドラフト1,2コンビの吉田と東明の投球が見られたこと、T-岡田が変わらず好調を保っているようだったこと、安達の二盗、三盗が見られたこと、相手チームとはいえ、ブランコのホームランが見られたこと。

そんなわけで、今年はオリックス・バファローズの応援に足繁く通います。観戦記をこのブログでやるのは、場違いな感じが甚だしいので、あまりに書きたいことが溜まったら、別のブログを立ち上げるかもしれません(可能性0.1% )。

文芸批評家蓮見重彦に『スポーツ批評宣言 あるいは運動の擁護』という一冊があるが、もしかするとそのノリでこのブログに書くのが、一番面白いかもしれん。

というわけで、今日はここまで。今後もこのブログは、世界のマイナー文学をこよなく愛する管理人がお送りいたします。

Au revoir et a bientot !
先発は西。今日の出来はイマイチ


2013年11月26日火曜日

受かったッ!第3部完!(一年ぶり2回目)

今年も恒例、仏検準一級試験を受けてきました。

なんの前フリもなしに答え合わせいっちゃうぞ、コノヤロー。

第一問、名詞化。(1)と(2)以外は正解で 6/10

第二問、多義語。全問正解で5/5

第三問、前置詞。全問正解。5/5

第四問、動詞と活用。(3)、(5)のみ正解で 4/10

第五問、長文問題(1)。(5)を間違えて 4/5

第六問、長文問題(2)。全問正解。16/16

第七問、長文問題(3)と第八問、和文仏訳は採点ができないので保留(29 点)

筆記問題は第七、八問を除いて、40/51 。

続いて書き取り・聞き取り。

書き取りも採点不可(20点)。聞き取りは第一問、まさかの6問ミスで 4/10 も、第二問は全問正解で10/10

あぁん?合計何点よ?40+14= 54点でしょ、得点率8割近いでしょ。どう考えても受かってますがな、これ。採点不能な箇所で多少こけてたって、80点を切ることはまずない。これまでの合格ラインは2008 からの5年間、68-73-65-71-74 と推移。一般には合格ラインが60~70% とされており、これは得点に直すと72~84点。あれ、もしかしてやばい?といったって、これまでほとんど常に6割前後が合格ラインだったわけだし、今年に限って80を越えることはありえねぇ!、と信じたい。あとは試験官の裁量次第なんだよなー。

というわけで、三度目の正直(四回目)にしてようやく、仏検準一級一次試験を突破した体で話をすすめることにして、ちょっと今後のこのブログについて話をしましょう。

9月はまったく書かず、10月に再開宣言をしたものの、11月はこの記事まで音沙汰なしと、かつての継続ぶりはなりを潜めているわけですが、どうにもこうにも、旧型パソコンを使用している限りは以前のような更新頻度はきびしいものがあるかもしれません。当面は、心優しい友人がパソコンを払い下げてくれるのを待ちつつ、細々と続けていきたいと思っています。

とりあえず、今後の予定としてーー

・ 金沢懐古(今回試験を金沢まで受けに行ってきたので)
・ 前置詞の勉強法を振り返る(前回0点から今回5点満点になったのに浮かれて)

の二つを近日中に書き上げようと思っています。その後はちょっと仏語原書、日本語で読んだ本の紹介をしたいなぁと。

もしこれで落ちてたら?俺は勉強をやめるぞ!ジョジョーッ!!

Au revoir et à bientôt !
尾山神社前

2013年10月18日金曜日

ブログ再開

10/13 ケアマネージャー試験を受けてきました。

結果は今日のところは脇において、ちょっとした雑感を。

ケアマネ試験を受験するには5年の実務経験が必要。いやー、5年って本当に早い。

当時見上げていた人たちと同じような年齢になって、あるいはその年齢を越えて、いつしか自分にも後輩や部下ができて、少しだけ見上げられる立場になって、そうやって見上げる人の視線が、人の成長を促すものだと気づき、日々頑張っています。

このブログも始めてから2年が過ぎて、その間に書いた記事の数も255を数えます。

その全部を読んでくれた人も、一部だけの人も、通り過ぎただけの人も、それぞれの視線がこのブログの原動力です。

今後も1つ1つ地道に続けていきますので、どうぞよろしくおねがいします。

Merci a tous, et au revoir, a bientot !

2013年10月9日水曜日

ブログの更新再開予定について

お久しぶりです。一ヶ月以上ブログの更新が出来ませんでした。

現在これまで使用していた自宅のパソコンが使えない状態であり、ブログの更新が難しい状態となっています(この文章も携帯から作成)。加えて、試験が今月・来月と続いており、その勉強に追われる日々が続いております。

今後は状況が落ち着き次第、ブログを再開しようと思っています。旧型パソコンを使用すれば、今月の中旬あたりから細々と再開できるのでは、と思います。

もしこのブログを楽しみにしてくださっている方がいらっしゃいましたら、これからもよろしくお願いします。

2013年8月9日金曜日

近況報告――2013年8月

今年はけっこうマジで忙しい。

5月から6月にかけて計8日間、ユニットリーダー研修があったし、明日明後日は夏祭り、その責任者が私だ。10月にはケアマネの試験がある。

この試験、難しくて手に負えない、とは言わない。先月に一度過去問5年分を解いてみたが、これから勉強しても十分に間に合う範囲だ。懸念すべきは、受からないとやばいという社内の空気と、問題数が少なく、4,5問わからない即不合格となりかねない点だ。選択式で、その全部があっていないと得点にならないのもつらい。
要は正確な知識が必要とされる。なんとなく消去法、ではしのげない、なかなかにシビアな試験だ。

11月には仏検準一級の一次試験がある。さすがに今年受からないとやばい。って、去年も言ってたじゃねーかなんて突っ込みはなしだ。

正直、今年はいけるやろ、って安直に考えている。つーか、受からなホンマにあかんでぇ。すでにフランス語に400h以上注力している今年、これでダメなら本当に、語学学習業界から引退だ。まぁ、それもしゃあないか。だって4度目だもの。今年31だもの。


そうなったら、そのときには熱狂的な野球ファンになってやろうか。年間4,50 試合は現地に行って、ビール片手に観戦するのもいいじゃない。自分ではどうにもならないチーム状況に一喜一憂して、幸福や不幸を贔屓チームの運命と重ね合わせる。なんて、ガラじゃないか。

自分の性格上、そんなことにはならないだろう。たとえ今月、パ・リーグTVに有料登録して、日々オリックス・バファローズの試合をネット観戦してるとしても、それとこれとは話が別だ。これまでの人生、机に向かってなんやかんや続けてきた。そうしないと落ち着かないし、罪悪感のようなものさえあった。「あぁ、今日もなにもせずに一日が終わったな」って、なにを理由にそんな自分を正当化すればいいんだい?

このクソ忙しい7月末から8月にかけても、暇を見つけては小説を書いていた。そんな必要ないだろう?せやな、まったくその通りだ。他人からみればおそろしく無駄な時間。でもそれが、自分で選んだ生き方なんだろう。

有意義なものより無意味なものに愛着を。たぶんこれからもそんな風に生きていくだろう。
―― 『肉詰工場』、今月末より当ブログで連載開始だ。

Au revoir et à bientôt !
バファローベルと駿太ユニのおじさんのハイタッチ
 


2013年6月25日火曜日

昨日は仏検をサボった。今日から研修だ

リハビリ中。今はそんな感じだ。

フランス語の勉強はなかなか机に向かって、というわけにいかず、今はとにかくフラ語体質に戻そうと、なんとか原書だけは読んでいる。それも、日によってやったりやらなかったりだけど。

そんな風だから必然、ブログもこんなのばかりになってしまう。本の感想を書くのはいいにしても、自分の近況ばっかりなのはいかがなものか?

といいつつ、今日も変わらず近況だ。

実は昨日は仏検1級の一次試験日だった。私も試験を申し込み、そして、受けなかった。

だって時間がなかったんだもん。ごめん、それはウソだ。100%落ちるのがわかってる試験を受けに行くのが、正直面倒くさくなっただけだ。

逃げだって?好きにとってもらって結構。自分の人生だ、好きなようにすることに決めたんだ。人がどう思おうかなんて、どうでもいいことだ。

だからって、このブログがこんなしょうもない内容でもいいって理由にはならんだろ。つーか、こんなことが書きたかったのでなく、今日から5日間の研修が始まりました、またブログの更新を怠る日々が続くかもしれません、とお伝えしたかっただけです。

果たして今月中にブログは更新されるのか?それは研修の忙しさ次第だ…。

では、また。
Au revoir et à bientôt !
こんなつらい毎日、フランスの景色に癒されよう…。
 

2013年6月15日土曜日

習慣をなくした今、僕はこんなありさまだ。

いくらなんでも、久しぶりすぎ。

5月は順調に18日まで書いていた。3日に1本のペースは、「月10本」と自分に課したノルマに一致していた。

更新が途絶えるのは突然だった。

理由なんてないさ。ただ書けなくなっただけだ。

今日は6月15日。空白の期間はおよそ一カ月。ブログを再開するためにこれだけの時間を要した。

理由なんてないといいつつも、言い訳めいたことを言わせてもらうと、契機は5月20日から3日間続いた研修にあった。普段のルーティンと異なることをするのには、いつもより余計に活力がいる。そんな余分な活力が、梅雨時の私にあるはずがない。

そもそも一日のノルマを取り戻しにくい日々を送っていることにも要因がある。たとえば、一週間の勉強量。これは1日4時間×7日間=28時間と決めている。これは、休みの日にゆっくりできる一方で、平日の負担が大きいこと、2,3日やらなかった場合のリカバリーが難しい。

人によってはこの時間を、平日2時間、2日の休日には9時間ずつの計28時間にする人もいるだろう。この場合は簡単だ。休日に気張ればいい。平日何日か休もうと、他の日でカバーすることは簡単だ。

2,3日やらなかったら、もうめんどくさくなっちゃうんだよ。投げ出して、投げやりになってしまう。あげく、なにもしない。今回はこの期間が二週間続いた。その後少しずつ以前の習慣に戻ろうという反発力が働き出し、現在はその回復途上にある。それゆえこんな駄文も仕方がない、と思っていただければ幸いだ。

なんにしろ、今日から再開だ。こんなときにいつも思い出す、堀江敏幸氏の言葉を引用して、再びやり直そう。準備はいいかい?オレはできてる。

気持ちよく遊び、いちばん身体にあったリズムで精いっぱいの仕事をする。そういう自由を手にする権利は誰にでもある。しかし一生懸命やったから負けてもいいと試合の前に悟ってしまうのは見当ちがいだし、かといって是が非でも勝たなければと自分を追いつめるのもおこがましい。このふたつの矛盾のあいだでじっと動かずに待つときの気持ちの匙加減はとても難しいのだが、正吉さんの表現をいくらか変形するなら、普段どおりにしていることがいつのまにか向上につながるような心のありよう、ということになる。…変わらないでいたことが結果としてえらく前向きだったと後からわかってくるような暮らしを送るのが難しい…
『いつか王子駅で』(p.155-156)

Au revoir et à bientôt !
 

2013年2月28日木曜日

2月、200回、2度目の別れ

何年も働いていると、季節の変化には鈍感になるくせに、人との別れには敏感になる。これが20年、30年と働き続けていればまた感じるところも変わるのだろうが、それはどうやらまだ先の話になりそうだ。

今日、職員が一人退職した。仕事上では決して、有能で、誰にも代わりが務まらない、なんて人ではなかったけれど、独特のムードを持っていて、そうした意味では変えのきかない人だった。

その人も私と同様異動組で、私より一足早く今の職場で働いていた。そして今回、一足先に去っていった。2度目の別れ。3度目を期待するには少し歳をとりすぎた。これでおしまい、同じことは3度続かない。

このブログも今回で無事200回を迎えた。100回の時には記念号を書いたけれど、今回はなしだ。まぁ、これがそんなものだけれど。「100回書いたからといって世界が変わるわけでもない」し、200回書いたって自分自身でさえそんなに変わらないが、300回、400回を目指して書き続けるのが、このブログのスタンス。

2月も今日で終わり。新年もだいぶ埃をかぶってきたけれども、元旦に立てた願いや目標は、まだ古びてないだろうか?――私の目標はまだピカピカで、新品同様だぜ。

さて、明日から3月。今日去った人に代わって、新たに別の人がやってくる。新しい月に、新しい出会い。なんでも新しいものがいいわけじゃないけど、やっぱり少し期待する。何度目だろうと、何歳だろうと、その期待も持てなくなってしまうほど、まだまだ歳とっちゃないだろう…。

Au revoir et à bientôt !
日本の春、といえば桜。春ももうすぐ
 


2013年2月19日火曜日

フランス語学習者のための Kindle

Playstation も iPhone も、はじめはクソだったじゃねえか。
重要なのはその時点での完成度ではなくて、未来にかける可能性だ。

とにかく文字がキレイ。これマジです
とまあ、御託を並べてみたところで、私に各種ハードの将来性がわかるはずもない。そもそもKindle の発売元は世界最大の書店、Amazon.com なわけで、ゲーム業界に新規参入したSONY のPlaystation とも、携帯音楽プレイヤーでは圧倒的シェアを誇っていたものの、スマートフォン市場では後発だったApple の iPhone とも状況は違う。インフラ整備が完了しているKindle の一人勝ちは発売前から決まっていたようなものだったろう。

まあ、そんなことはどうでもいいだろう。一般の消費者にとって重要なのは使いやすさだ。それも「どれだけ自分に合っているか」なんて、横暴な価値観によって下される評価だ。なるほど、クソミソに言ったところで、おそらくなにも変わらない。だが、その商品をくさす権利がなくなるわけではないのだ。

Kindle Paperwhite を買ってまだ3日。早急に結論を下すのはよろしくないが、とりあえず現時点における、フランス語学習者から見た良い点、悪い点をそれぞれあげてみよう。誰かがこれを読んで、購入の参考にしてもらえれば幸いだ。

まずは良い点。

・ 「紙のように読める」という謳い文句が誇大広告になっていない、圧倒的読みやすさの e-ink ディスプレイ
・ 仏仏辞書が内蔵しており、ある程度のフランス語学習者であれば、Kindle だけで完結する
・ 20世紀以前の有名作家の作品はほとんど無料か、ただ同然で手に入る
・ 簡単に持ち運べる大きさ。普通のペーパーバックの大きさより少し小さいくらい

次に気になった点、悪い点。

・ 微妙に重い。正確には軽い(213g)のだが、重く感じてしまう。カバーをつけるとより一層だろう
・ 内蔵の仏仏辞書があまりよくない。個人的は Le Robert を使いたいのだが、Amazon.jp では未発売(使用する辞書を選択する機能があり、辞書の普及によってこの点は改善されると思われる。仏和辞書を使用することもいずれ可能になるだろう)
・ 著作権の切れた作者の本が多い代わりに、現代作家の作品はほとんどない
・ ページ送りや単語を調べるなど、一つの動作を行う際に画面が暗転する
・ カバー使用を前提とした作り。Kindle だけを持ち運ぶのは少し怖い

とまあ、こんな感じだろうか。

で、結局のところどうなの?買いなの?と聞かれたら、いろいろと不満点を挙げたものの、「絶対買いだね」と私なら答える。もっとも相手が「移動中でもずっと本を読んでいたい」、活字中毒な人間に限らせてもらうが。

明らかにこれは「移動中の使用」にこそ、最大の能力を発揮する製品であって、家なら普通の本が良い、って人も多いだろう。かく言う私もそんな一人だ。だが、e-ink の技術には圧倒された。この画面で読めるのなら、いろいろ不満はあるにせよこれで読んでもいいな、と思わせるだけの説得力がある。

フランス語学習者にとってはどうか。これは学習レベルや目的によるだろう。私が初学者なら、Kindle で本を読むのは間違いなく投げ出していた。だって、仏和辞書がないんだぜ?今も電子辞書を併用して使用しているものの、その機会はまれだ。残りはすべて Kindle 上で済ませられるからこそ意味がある。

あるいはフランス語上級者であっても、仏文学に興味のない場合はスルーだろう。バルザックだったり、モリエールだったり、サン・シモンだったり、ネルヴァルだったり、ドーデーだったり、ゴーティエだったり、ピエール・ロティだったりに興味がないのなら、避けた方が賢明だ。だって今のところ、そんなのしかないんだもの。

つまるところ、Kindle を買うべきフランス語学習者は、中級から上級レベルのフランス語を習得(仏仏辞書の使用に差支えがないレベル)しており、なおかつ仏文学(それも19世紀までの)に興味のある活字中毒者、ということになる。

そんなのニッチな市場だって?そんなの私だって、Amazon.com だってわかってる。だが「ニッチな市場」の獲得、それこそがネットの普及で最大限にまで拡大された、未来にかける可能性なんだろう。

Au revoir et à bientôt !
 



2013年2月1日金曜日

自由をドングリと引き換えにして

妻が家を買う気になっている。

確かにそろそろ家を買うのもいいかな、なんて話をした。ネットでいろいろ調べて、あれがいい、これがいいとか言いはした。でもあくまで購入は2,3年後の話であって、今はそのために必要な資金を貯めるのが先決だと思っていた。

――どうやら、私の思い過ごしだったようだ。今やすっかり今年中、いや3ヶ月以内に購入しようという勢いになっており、先日はついに物件を見に行きさえした。この案件はもはや私の手から離れてしまった。もうどうしようもない。私はただ唖然として、成り行きを見守るだけだ。

もっとも個人的には、風雨をしのぐ壁と天井があって、本を収納するだけの十分なスペースがあれば、それ以上はなにも言うつもりはない。投げやりなのではない、精神の自由を保持し続けているだけだ。

人間の居住への執着心には驚くべきものがある。これが古来からのものなのか、といえば居住に関してはそうかもしれないが、定住に関してならNon だ。

『古代文明と気候大変動』の著者、ブライアン・フェイガンによると、人間の生活スタイルは気候に大きく左右されているという。これまで幾度となく大小寒暖様々な気候の波が地球上に押し寄せ、そのたびに人類はその生活形態を改めてきた。

人類が本格的に定住生活を始めたのは前13000年以降、2000年に渡って降雨量が飛躍的に増加した結果である。急速な温暖化に伴い大型動物の多くがこの期間に絶滅した(マンモスなどはその最たる例だ)。代わりに、ドングリやピスタチオといった食用可能な実をつける樹木が勢力を拡大し、人類は安定した食料となるそれらを求めて、森林の近くに居を構えた。

安定した食糧源を得る代償として、人々はそれまで最大の長所だった能力、すなわち環境に合わせて移動する柔軟性や社会の流動性を失った。ドングリを食用とするには、膨大な時間を加工作業に割かねばならなかったのだ。人間はドングリと引き換えに自由を失ったのである。

先日日本の東京で、4000年前の縄文時代の人骨が発見されたとニュースで報じられた。そのニュースの報道の仕方が、あまりに現代東京史上主義であったのには思わず笑った。「およそ4000年前の東京人。縄文時代の骨が見つかったのは都会のど真ん中…」と言ってのけるには、よほどの厚顔さが必要だろう。4000年の昔から、そこには高層ビルが建ち並んでいたようだ。
(引用:テレ朝NEWS 4000年前の生活は?新宿区で縄文時代の人骨発見

ここには今に腰を据えて安住する傲慢さがあるだろう。40万~25万年前まで遡るホモ・サピエンスの進化史や、約7万年前から住んでいたと考えられる日本列島民の存在はここでは考慮されておらず、最大限遡行しても江戸時代からのたかだか400年の歴史を中心に据えた、狭隘な視界しかない。

誰だって生まれる時代や場所を選ぶことはできない。だが大人になれば、どこに視座を置くかは自由だ。その位置すら固定してしまったら、それこそ人間に残された最後の長所すら、自ら放棄することになる。ホモ・サピエンスが最後まで持ち続けてきた心の自由すらも、精神的保守主義と交換してしまうのか?それは、ドングリと交換された移動の自由よりなお悪いだろう。

移動の自由は失ったとしても、考える自由までは手放さない。今に腰を据えて安住せず、どこまでも歩いて見て回る。そうすれば気候の変化も狩の獲物も、ドングリだって見つかるだろう。そんな風に自分の足で頭で考えて見て回る、それが大人になるということだ。

Au revoir et a bientot !
エズの街並み。人類はこんなところにも住むんです
参考文献:『古代文明と気候大変動』ブライアン・フェイガン著 河出文庫 2011年第7版

2012年11月13日火曜日

合格ラインをめぐる攻防――仏検準一級試験まであと5日

こんなもの書いてる場合じゃないぜ。でも今さら焦ったところでしょうがないだろう?――そんな気持ちのない混ざった、仏検試験5日前。まさにセンター試験前の受験生の心境。

まずは冷静に自分の置かれた立場を見つめ直してみる。

そもそも仏検を受け始めたのはいつだったか。正確には覚えていないが、2級に合格したのはおそらく、2008年の秋のことだろう。それからもう4年が経つわけだ。

準一級はこれまで二度受験している。一度目は2010年。ダメもとで受けてみて実際に全然ダメで、52 / 65 (獲得点/ 合格ライン)点の惨敗。

二度目は去年、2011年。仏検受験日まで500時間の勉強時間確保を目安に勉強。その目標は達成できたものの、試験のほうは67 / 71 点と4点の不足。

そのときはすでにこのブログをはじめていたので、その記録が残っている。恥を承知で引っ張ってこよう。

去年は完全に力不足で、10回受けても10回とも落ちるだろう実力でしたが、今年はいける気がします。たぶん、10回受けたら半分以上は受かるんではなかろうか、と思ってるのです…(中略)…さて、明日の試験、やることはやった!はず。なので、後はほんの少しの運を味方につけて、頑張ってきます。(11/19)

しかし、勉強した成果はほとんどなかったですね。前回は筆記試験 33/66 だったんですが、今回は
34/66 。つまり1点しか上がってないわけです。勉強のほとんどの時間をそこに費やしたにも関わらず…(中略)…自己採点した直後はもう勉強するの止めようかなと思いましたが、翌日問題を解き直してみて、これが今の自分の実力と思い直しました。(11/22)

と、ここまで書いて気付いたのですが、このブログで仏検の結果報告をしてませんでしたね。結果は、駄目でした!!4点足りなかった。でも去年に比べると格段の進歩です。今回はあと少し運があれば、という感じでしたが、来年は満点くらいとってやろうと思ってます。気持ちだけは。(12/27)

この恥さらしめっ!
一年後の今振り返ってみると、まぁ受かる実力になかったよな、というのが正直な感想。確かに、受かる可能性もあったのだけれど、それでは随分背伸びした結果になっていただろう。というかおそらく、二次試験に落ちていたに違いない。

と、ここまで振り返ってふと思ったことがひとつ。

これって、次落ちたらやばくね?

――うん、やばいよね。つーか、人間失格だよね。

確かに仕事には関係ないが、本来仕事の勉強に割くべき時間をこっちに割り振っているのでもある。要は出世に至る階段を順調に踏み外しながらやってるわけだ。ここまで来て、後戻りなんてなしだろう。またダメでした、なんてへらへら笑ってられるような状況じゃない。この道がリアル=金に続いていようがいまいが、関係ない。今さらそれ以外の選択肢なんてあるはずがない。

これが三度目の正直となるか、二度あることは三度あるのか、それは神のみぞ知る…。いや、努力した時間は裏切らない。才能?そんなものは糞だ。アンダードッグにはアンダードッグなりのやり方とプライドがある。前置詞が未だにわからない?それなら辞書丸覚えでいいじゃない。覚えたページは片っ端から食いちぎる。それぐらいの気概がなけりゃあ続かない。敗れてもなお、続けてきたからこそ与えられたチャンスじゃないか。

それにしても、30近くになろうとも、安泰とはほど遠いこの感じ。まさに戦力外通告を受けたプロ野球選手のトライアウト。一度も一軍で脚光を浴びぬまま戦力外になった男たちの 99.9% 敗退確実の戦い。

たとえ合格したってそれでも、今さら一流選手の仲間入りができるわけでもなく、一軍に上がることすら保証されていない。それなのに、なぜ続けるのか?オレはまだやれる、まだまだこんなもんじゃない。宙ぶらりんになったこの気持ち、中途半端・不完全燃焼のレッテルが貼られた人生を、頭を垂れて平然と生きていけるほど、できた人間じゃないんだろう?

二次試験会場でまた会おう…。

Au revoir et à bientôt !
 

2012年10月6日土曜日

ルーヴル3時間の旅

お久しぶりです。

二週間以上このブログを放置していたことにきちんと触れず、いきなり本題に突っ込むのはいかがなものかと思いますが、今日からフランスに行ってきます。

思えばこのブログを始めたのも、前回フランスに行ったのが機でした。

前回は二回目ということもあり、初めてのときには見えなかったフランス、改めて感じた日本の良さといったものが私にとって書く原動力となりました。果たして今回はどんな発見があるのでしょうか。

さて、出発が5時間後に迫っている今、あえてブログを更新してるのにはちょっとした理由があって、それが表題なわけです。

「ルーヴル美術館をいかに巡るか」これは美術好きがフランスを旅するにあたって、フランスを旅する、というメインテーマに準ずる位置を占めている、といっても過言ではないでしょう。

三十数万点を超える膨大な収蔵作に加えて、現在も継続中の改修工事、世界各地の企画展に貸し出される作品群。「ルーヴルは一日では回れない」とはよく言われることですが、一日はおろか、一年かかってもその全貌をうかがい知ることはできないのではないか。そう思わせる圧倒的な量と質。

にもかかわらず、今回の旅行では3時間しか予定をとっていないなんて、ふざけるのもいい加減にしろ、と叱責されても仕方がないところです。

限られた3時間をいかに使うか、それが今回のテーマです。

私が自らに課したテーマは、「フランス絵画、特に印象派前までを歴史を追って見る」ということです。

具体的に名前を挙げていくならば、フォンテーヌブロー派からプッサン、クロード・ロラン、ラ・トゥール、ロココ芸術を経て新古典派&ロマン派へ。と、なんともエロティシズム溢れるラインナップとなっています。

とりわけ今回絶対観たいと思っているのが、プッサンの『アルカディアの牧人』とクロード・ロランの作品群。この二つは前回完全に見逃していたので、凝視してきたいと思います。

果たして私は計画通りに作品を見ることができるのか?結果は帰国時に・・・。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
行くぜ、ルーヴル!
 

2012年8月2日木曜日

友情――淡交

お久しぶりです。

といっても一週間ほどしか間が空いてないんですね。自分の中ではかれこれ一か月くらいこのブログを書いていなかった印象です。ついでに言えば仏作文も。

じゃあこの一週間、なにをしてたのかといわれると、怠惰の極みであったと答えるしかないのです。普段日常的に行っている読書やフランス語の勉強、このブログのように文章を書くこと、果ては知人から来たメールの返信まで・・・すべてなおざりにしてきたのです。

生活にはリズムがあって、どうしても落ち込む期間が出てくるのは仕方のないことだと思いますが、今回はそのあまりの怠惰ぶりに、自己嫌悪に陥らんばかりです。

さて、今日から八月ということで、心を入れ替えて頑張ろうと思い、久しぶりにItalki.com やFacebook を覗いたわけです。

そこである友人からのメッセージを見つけました。

内容自体は別になんてことはない、普通の近況報告なのですが、この、あまりにも時機にかなったタイミングに思わず知らず笑みがこぼれてしまいました。

ここで思い出したのは友情に関する二つの言葉です。
ひとつは「淡交」。もうひとつはミラン・クンデラによる友人の定義です。今回は前者について。

「淡交」とは、真の友情について語った「荘子」中にある次の文章、

「君子之交淡如水 小人之交甘如醴」

に由来するようです。

「君子の交わりは淡きこと水の如く、小人の交わりは甘きこと醴(甘酒のようなもの)の如し」
と読まれるこの語句はつまり、真の友とは、順風満帆のときにあっては招かれたときにのみ現われ、逆境にあっては招かれずとも現われるものである、ということを意味しているそうです。

メールをくれた友人はまさに、私の知らぬうちにそのような真の友人と呼ぶに足る、必要不可欠な友となっていたのでしょう。

続きは次回。では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
水と緑の淡くはない交わり方

2012年7月15日日曜日

投げ出したところからやり直す

おはようございます。

先日、といっても先月末の話ですが、映画 『星の旅人たち』 を見てきました。

内容に関しては、巡礼の旅を描いたもの、とだけ言っておくとして、これを見て感じたことが二つ。

ひとつは、
「人は自分の人生を選ぶことはできない。ただ、生きるだけだ」
という登場人物のセリフ。もうひとつは 「祈り」 について。

――今回は前者について話したいと思います。

といっても、このセリフについて付け足すようなことが特別あるわけではなく、私が強い共感を抱いたって、それだけの話なんです。

それというのも、この映画を見た数日後、職場で異動の話があって、私が今年新しくできたところに行くことになったのです。

その仕事内容というのが、昨年まで勤めていた職場でやっていたものとほぼ同じ、ついでに言えば施設の形態も、役職も、その報酬もほぼ同じ。加えてその話があったのがちょうど、その前の職場を辞めた日とくれば、なんかしら天の配剤とやらが働いていると感じるのも不自然ではないでしょう。

この一年、いわゆるヒラの職でやってきて、やりがいは大してないけれど、責任も同様にない立場で、実に気楽に仕事をして、定時に帰っては仕事以外の人生を存分に楽しんでいたのですが、どうやらそんな生活にも終止符が打たれそうな予感です。

なるほど、人間にはあらかじめ与えられた「命」があって、それをやらずにはいられないようになっている、そんな気にさせられた出来事でした。

それを運命と呼ぶか宿命と呼ぶか、はたまた天命と呼ぶべきかは、今の私には測りかねているのですが。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!

2012年7月1日日曜日

7/1 認知症ケア専門士試験

おはようございます。

タイトル通り、試験を受けてきました。
手ごたえとしては、9割方受かっただろう、という実感。それほど難しい試験でもありませんしね。

そんなことより気になったのは、受験者の数!まさかこんなに多いとは。私の受けた会場だけで2000人を下らないんではないでしょうか。受験会場を聞いたときにはまさか、と思ったものですが、予想をはるかに上回る老若男女の、人、人、人でした。

それにしても、この資格試験ってやつ、あこぎな商売ですね~。

今回のこの試験なんてテキストが実質一種類しかないので、会場にいる人みんな、ほとんど同じテキストでした。つまり、受験費用+テキスト代+登録代で相当な利益を出しているのは間違いないですね。肝心の試験内容といえば、重複あり、揚げ足取りの問題あり、の実にお粗末な内容でしたが…。

なんだか業界との癒着の匂いがぷんぷんします。

試験を受ける人の知識や技術向上のためでなく、自分たちの利益を最大にすることばかり考えている、そんな印象を持たれても仕方ないのでは?と思ってしまう試験でした。まあ、資格試験なんて、どれも似たようなものなのかもしれません。

しようもない話で七月がスタートです。申し訳ない。次回からまた、いつも通り頑張ります。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
せめてもの償いとばかりにパリの一幕