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2014年4月8日火曜日

追悼 ジャック・ル・ゴフ

ジャック・ル・ゴフはみずからが中世を発見した日を覚えている。

1936年、フランスの南東部、地中海に面する軍港の町トゥーロンに住む十二歳の少年は、イギリス中世を舞台にした、ウォルター・スコットの歴史小説『アイヴァンホー』を読むことで、中世と出会ったのだった。

1936年は結集した反ファシズム勢力がフランスで選挙に圧勝し、人民戦線内閣が誕生した年。ル・ゴフも、『アイヴァンホー』の描くノルマン人のユダヤ人に対する仕打ち、とくに美しいヒロイン、レベッカの苦難を読むとただちに、当時のユダヤ人排斥と人種差別に反対する運動に加わろうと決心したようだ。それは母親をひどく心配させたが。

1924年にトゥーロンで生まれたル・ゴフはその後、パリの高等師範学校に進学、ヨーロッパ各地の大学で学ぶ。その後はアナール学派第三世代のリーダーとして、フェルナン・ブローデルの後を継ぐことになる。2014年4月1日、90歳でその人生の幕を閉じた。

アナール学派とはなにか。相変わらずWikipedia に頼らせてもらうと、

旧来の歴史学が、戦争などの政治的事件を中心とする「事件史」や、ナポレオンのような高名な人物を軸とする「大人物史」の歴史叙述に傾きやすかったことを批判し、見過ごされていた民衆の生活文化や、社会全体の「集合記憶」に目を向けるべきことを訴えた。この目的を達成するために専門分野間の交流が推進され、とくに経済学・統計学・人類学・言語学などの知見をさかんに取り入れた。民衆の生活に注目する「社会史」的視点に加えて、そうした学際性の強さもアナール派の特徴とみなされている

機関紙『アナール』の創刊が1929年であることを考えると、ずいぶんと長い歴史を持つ学派ということになる。アナール派で特に有名なのが、フェルナン・ブローデルの『地中海』だろうが、不幸にして私は未読のため、語ることはできない。

「大人物」や「事件」を中心にした歴史記述でなく、「民衆」に視点を当て、「集合記憶」を呼び覚ます手法は、ル・ゴフの著作にも現れている。それはほぼ同じ時代を生きた、ドイツ中世史家の阿部謹也氏にも同様の感覚が見受けられる。

ル・ゴフ氏の著作で読んだことがあるのは、『中世の高利貸』と『子どもたちに語るヨーロッパ史』だけだが、歴史学の門外漢である私にも刺激的な作品だった。一般の人々にも十分訴えかけるだけの内容を持つ著作であり、生き方の再考を迫るものだと思う。

本と出合い、人と出会う。ル・ゴフ氏にとっての『アイヴァンホー』のように人の生き方を変える力が、彼の著作物にもある。ご冥福をお祈り申し上げる。

Je prie pour l'âme de Jacques Le Goff...

参考書籍:子どもたちに語るヨーロッパ史 ちくま学芸文庫

2014年3月31日月曜日

記憶が僕を… / L'oubli me pousse et me contourne

記憶が僕を… / L'oubli me pousse et me contourne

記憶が僕を押しやり、忘れ去る
その滑らかな両脚で。
忘却もまた沈黙のほうに押しやられ
互い違いに取り囲む
お互いの考えは知り尽くしていて
今この瞬間を犠牲にし
互いの輪郭を取り違え
競い合ってやり直すのは
今この時を解きほぐす試み、
完璧な明晰さに近づけようと。
それらの試みすべてが心を重くし、
歩みを止めさせる。
ほら、ほら、また!また冷たくして!
それが彼らのやり口。
あぁ、遥か彼方に輝く星の
その脚に触れられぬものか。

前半から中盤にかけてがこの詩の主題を成す。もちろんテーマは忘却であり、ときにそれに伴い、ときに相反する沈黙である。忘れたから黙っているのか、あるいは覚えているから喋らないのか。この二つのあいだの差異を、表現しようとしている。

といっても、翻訳が上手くない。全体の意味がきちんと取れておらず、詩にまとまりが感じられない。これは勿論、私の反省点。

「語られないもの」のテーマは、次回 『不死身のバートフス』 でも取り上げる。今回はここまで。

Au revoir et a bientot !

2014年3月17日月曜日

LA TERRE / 大地

LA TERRE / 大地

たくさんの果物に目移りして
昼も夜も気が散ってしまう
オレンジがひとつほしいなら、
ここにはオレンジの木ばかりだし、
苗木が一本ほしいなら
果樹園だからよりどりみどり。
君はバラを摘みとろうと
手を伸ばした
大地はそれに無関心で
君は不問に付された。
彼女が胸のうちに思うのは
新しいバラのこと、
泥だらけの栄光の中には
幾千の色が隠れていて
そこでは未来の花々が
まだ色づかぬままに眠っている。

前回の『La Planete』 と同様、こちらも同名タイトルの詩がほかにも存在する。『Gravitations 』 とその前作 『Debarcaderes / 船着場』 に収められた2作は、それぞれに趣が異なって面白い。後者は短いので翻訳して、こちらのブログで紹介できるかも知れない。

この詩にも、シュペルヴィエルに忍び寄る老いの影、死の影が感じられる。11行目、「彼女」とあるのは、もちろん大地のことだ。大地 la terre は女性名詞。前回の惑星も女性名詞であるがゆえに、「彼女」と受けるところがあった(翻訳では生かしていないが)。永遠に生と死を繰り返す大地=惑星に対し、一度きりの人生の終着点に差し掛かっている自分の対比。詩人自身が感じたに違いないであろう心境を、残酷なまでに美しく切り取っている。

Au revoir et a bientot !

2014年3月16日日曜日

LA PLANÈTE / 惑星

LA PLANÈTE / 惑星

大地は行ってしまう 僕らの下で
その速度を感じたまえ
僕らを置いてどれほど早く
行ってしまうことだろう。
窓から眺めようとしても、
誰かが鎧戸を下ろしてしまっている。
別の窓を開けようとしても、
すでに日は沈んでしまった。
こっそりと軌道から逸脱して
僕らを巧みに避ける君よ、
動かない振りを決め込んだのが
より大きな過ちだった。
死んだ振りをしていた雌ギツネが
突然、前脚を使って
僕らを穴に突き落とす
すべての非は僕らにある。

Planete / 惑星 と題した詩を、シュペルヴィエルは詩集『Gravitation / 万有引力』に収めている。1925年出版の同作と、1949年出版の『Oublieuse memoire』に収められた上の詩を比べてみてほしい(以前にこのブログで翻訳しているのでよければ参考に 『Planete / 惑星』)。

「惑星の運行」は、若かりし頃の詩人にとって酩酊や興奮のミューズであったが、年を取るにつれ、それは流れ行く時間の宿命から逃れんとする、人とのどうしようもない距離を感じさせる存在となっている。ここで詩人は朽ちゆく自らの肉体と、永遠を感じさせる惑星との懸隔を、否応なしに感じている。

ちなみに、最初のバージョンでは最後の4行は以下のようになっている。

そして僕ら水から出た魚のように
真空の中で喘いでいる
漏れやすい空気が
墓石になると思っているのか。

Au revoir et à bientôt !

2014年3月3日月曜日

ソネット ――妻に

ソネット / SONNET
―― Pilar に

永遠を一人で過ごさぬために
君のそばで未来の伴侶のことを考える
いつになれば涙は瞳なしに流れ、僕らは生活を楽しみ、
互いの誠実さの上で、安らうことができるだろう。

冬や夏を切望せずに済むように
巨大な郷愁に押しつぶされないように
今ここで、新たな生を耕そう
僕らの怠け癖のある雄牛を駆り立てよう

どうやって入れ替わるのか、確かめよう
友が、フランスが、太陽が、子どもたちが、果実が
そして頑固な夜がどうやって 素敵な朝に変わるのか

目を使わず見て、指を使わず触って、
言葉も、声も使わずに話して、
身動きもせず、少しだけ場所を移して。

妻である Pilar に贈った詩。ここにはシュペルヴィエルらしい小宇宙と、愛の発露がある。ここにはシュペルヴィエルの小宇宙の中を共に漂う、夫婦の姿がある。

最終段落は「確かめよう」という動詞が隠れている。3段目で「どうやって(様々なものが)入れ替わるのか」と問いかけ、4段目で「こんな風に確かめよう、二人一緒に」と妻に語りかける。

夫婦といえど人間同士、隠し事や失敗もある。ときにお互いを疑い、信じられなくなることもある。それでも二人、共に生きていこう、永遠を一人で過ごさぬために。う~ん、ロマンティックすなぁ。

Au revoir et à bientôt !


2014年2月24日月曜日

その日太陽はいつもより深く沈んで / Le jour en profondeur...

その日太陽はいつもより深く沈んで / Le jour en profondeur bien plus que de coutume

その日太陽はいつもより深く沈んで
一人で夢の中の空ろに入り込んだ
そこでは移ろう紺碧だけが見えて
束の間の空は僕らを探し歩いた
それは僕らが定めた空の境界の、あちら側での出来事で
遠すぎたから、むしろ怖くなったんだ
だから僕ら目を伏せて、裸足のつま先で
惑星の振動を感じていたんだ

いかにもシュペルヴィエルらしい詩、という印象。ciel / 空、planète / 惑星、などは初期の詩集から繰り返し現れているモチーフだ。ここでもシュペルヴィエルは、一人の人間のミクロコスモスと彼を取り巻くマクロコスモスとが重なり合う瞬間を描くいているように思う。それは彼の、昔から追求してきた主要なテーマだ。

Au revoir et à bientôt !


2014年2月23日日曜日

夢に見るんだ / Je rêve que je rêve ...

夢に見るんだ / Je rêve que je rêve et je suis là pourtant

夢に見るんだ 君を あぁ、若さの極みにある女よ
ぼくは夢の中 君の前にいる
でも君は、現実の時の中にいて
誰かが君に言い寄り、ぼくは忘れられる
靄のこちら側で、明かりも場所もないところで
ぼくは見るんだ まじまじと、君の視線がこちらに
ぼくのほうに向かってくる、それは秘密の小舟のように
からっぽで、ぼくの心だけ乗っていて、体は乗せられないんだ。
*
君は人生のように美しい
その君が今隣の部屋にいる
扉の鍵はかかっているけれど
君の動く物音は聞こえるんだ。
廊下を歩く君の行き先が
僕らのとこでないのはわかってるけど
廊下に擦れるその足音が
忘却が消しゴムで消すような
きれいな消しゴムで全部消し去るような
君の足音がよく聞こえるんだ。

前々回の詩より、『EURYDICE』をはさんでこの詩。二行目「ぼくは夢の中 君の前にいる」は別のバージョンでは「ぼくは夢の中 君のそばにいる」 (Devant vous → Près de vous )となっている。こちらのほうが日本語としては収まりがいい気がする。

後半部は特に意訳した部分が大きい。シュペルヴィエルの詩は(彼に限らないだろうが)、韻を踏むことを重要視していることもあって、主語や動詞が抜けていることが多い。その部分を自分なりに補っているため、詩人の意図したところと大きく意味が変わっている可能性もある。

Au revoir et à bientôt !

2014年2月18日火曜日

君を想っている Je vous rêve ...

君を想っている / Je vous rêve de loin, et, de près, c'est pareil...

君を想っている 近くにいても離れていても変わらずに
しっかりものの君はいつだって 返事をしないけれど
ぼくの穏やかな眼差しの下で 君は音楽に変わる
目で見るように、耳で君の存在を聞こう。

君は贈り物の、美しい鼓動のハートを持っているから
目の前にいるように、ぼくの中に居座って
君が、こめかみの中でそっと、脈打つのが聞こえるんだ、
君が、ぼくの中にそっと、滑り込み、消えていくのが。

表題なし。久しぶりに Jules Supervielle の詩集 『Oublieuse mémoire / 忘れがちな記憶』 から。プレイヤード叢書によると、1946年、第二次大戦後シュペルヴィエルがウルグアイからパリに戻ったあとに書いたとされる晩年の作品。

ここで出てくる「vous / 君(本来なら「あなた」が適当か)」は女性名詞。単純に思いを寄せている(いた)女性に対する詩としてもいいが、第二次大戦中、ウルグアイに逃れていたシュペルヴィエルが、フランス( la France )に向けていた郷愁を読み取るのも面白い。

Au revoir et à bientôt !

2014年2月8日土曜日

君が死ぬ理由、ぼくの死なない理由

今となっては当時の熱狂を思い出すのは難しい。2008年11月4日、民主党から推薦されたバラク・オバマ上院議員が、共和党のジョン・マケインに勝った瞬間、アメリカで初めての黒人大統領が誕生した。

『Une bonne raison de se tuer』 はそんな熱狂の大統領選当日を生きた、二人の人物に焦点を当てる。一人は Laura 。人生嫌気が差した彼女はその日、特に理由もないのに死ぬことを決意する。もう一人は Samuel 。別れた妻とのあいだにできた一人息子が自殺し、苦悩する男だ。

現代フランスの作家、Philippe Besson はそんな二人の一日を交互に交えて描き出す。文学的手法に凝っているわけではない。二人がそれぞれに生きた一日を淡々と描き出す。

Laura の自殺願望には理由がない。40代後半~50代の彼女の子供は既に成人し、夫とは別れて今は一人で暮らしている。勤め先での仕事は順調だが、これといった変化もない。自分の人生に満足も不満もない、といっては嘘だが、まあそれなりの、人並みな生活を送ってきた。今彼女はそのことにうんざりしている。死ぬ理由は特にないが、これ以上生きている理由もない。

そんなとき、手元にある拳銃の、人間性を離れた卑劣さは魅力的だ。それは容易に生と死のあいだに横たわるためらいを乗り越えてくれる。朝、彼女は夜に死のうと決意する。

Samuel の息子の死には理由がある。そしてそれは、より理解しやすいように思える。彼は自分の好きな子に級友の前ですげなくされた。その恥辱は思春期真っ只中の彼にとって耐え難いものだった。そう彼の級友は主張する。

だがそれは、一人の大人を納得させない。たとえそれが、息子にとっての真実だったとしても、父親である彼は、別の真実を求めざるを得ない。そんなことで死ぬなんて!

物語の最後に二人は出会う。河の向こう岸にむかうフェリーの中で。互いにかすかな共感を覚えるが、話しかけはしない。当然だ、二人はそれまで一度も出会ったことのない、赤の他人同士なのだから。お互いがお互いに、相手の生に干渉するだけの力を持たない。アメリカ初の黒人大統領誕生を祝う爆竹の音の背後で、銃声が鳴る。だがそれは、誰の関心も惹き得ない。ついさっきまで一緒にいた Samuel さえも。

これは生と死の物語だ、もちろん。人の人生を語る以上どんな物語だってそうだ、と人は言うかもしれない。なるほどそうだ。だが、この作品のように、生と死が人の想像するよりはるかに身近で、曖昧なものであると指摘する物語は少ない。彼ら二人の物語が交互に紡がれるように、人の一生にも死の瞬間が幾度となく顔をのぞかせる。Laura は死を選び、Samuel は死ななかった。だが二人にどれだけの違いがあったろう?たまたまだ。たまたま彼女は死に、彼は生きた。

物語の背景に流れる大統領選の熱狂と華やかさが、ひどく虚しく思えてくる。「私になんの関係がある?」そう叫ぶ彼らの声に、誰か答えてくれないか。

Au revoir et a bientot !

2013年7月7日日曜日

人生の守護天使たち

5年前ならたぶん、大いに讃嘆してたろう。でも今はもう30歳、与えられた人生の3分の1は優にすぎて、ものの見方も大きく変わった。

帯には「日本ウリポ史上最大のシリーズ刊行開始!」と銘打たれている。ウリポ / Oulipo とは、1960年11月24日に数学者のフランソワ・ル・リヨネーを発起人として設立された文学グループ。正式名称は「Ouvroir de littérature potentielle 」(潜在的文学工房)。アルフレッド・ジャリ、レーモン・クノー、レーモン・ルーセルらの文学を理想とし、言語遊戯的な技法の開発を通して新しい文学の可能性を追求した。(参照: Wikipedia ウリポ ) 他にもジョルジュ・ペレックやイタロ・カルヴィーノなど、20代の私を終始興奮させた作家たちが名を連ねる、まさに先駆的文学実験工房といえる。

その中でも師範格を占めたのが、レーモン・クノ― / Raymond Queneau。詩人であり小説家でもある彼の、代表作といえば『地下鉄のザジ』だが、他にも『文体練習』『百兆の詩編』など、遊び心溢れる作品を数多世に送り出している。それらの作品はここで内容を紹介するよりも、手にとって読むことをオススメする。どれも一読してすぐ、その面白さがわかるものだ。個人的には『はまむぎ』が好きだ。

『イカロスの飛行』はそんな彼の遺稿にあたる。小説家ユベールの書き始めたばかりの小説から、主人公イカロスが逃げ出した。困ったユベールはイカロスの捜索を探偵モルコルに依頼して…そこからはじまるドタバタ劇を、軽快なリズムの会話の積み重ねによって描いていく。200p の分量が瞬く間に飛び去っていく。ここでは文体自体が飛翔して( voler )いるのだ。

単語 voler の持つ「飛ぶ / 盗む」の二重性が執筆のきっかけになったのだろう。冒頭で逃げ出したイカロスを、ユベールは「盗まれた / volé 」ものとして同業者を非難する。あげくユベールは3人の同業者らと決闘するはめとなる。イカロスが「盗まれた」とする筋が一本、小説の中を通っている。

もちろん一方で、ギリシャ神話のイカロスの墜落のエピソードをなぞることも忘れない。その際イカロスの創造者ユベールは父ダイダロスに重ねられる。小説家 / 父によって生命 / 翼を与えられたイカロスは、外の世界に飛び出す。はじめはおどおどしながら、やがて大胆に。彼は恋をし、仕事を見つける。だが人生は順風満帆とはいかず、terrain 「決闘場 / グラウンド」で乗っていた凧が墜落し、命を落とす。

この話に教訓なんて存在しない(もちろん!)。そして物語はあまりにもそつがない。
(イカロスの原稿を閉じながら)すべては予測どおりに起こった。ぼくの小説はこれでおしまい。
最後にユベールがこう述べて、物語は円環を閉じる。完全すぎて、予測された結末。完璧であるがゆえの、物足りなさ。

歳をとってものの見方も変わる。しかつめらしい顔をして叡智を求めるダイダロスと、大それた望みではなくとも、絶えずなにかを求め続け、あげく命を落とすことになる、イカロスと。

どちらが正しいなんてない。いずれも自分の生を生きた。ならばわれらもそうしよう。そうすれば彼らは、思い通りにいかない人生の守護天使であり続けるだろう。

Au revoir et à bientôt !
ピーテル・ブリューゲル作 『イカロスの墜落』 ベルギー王立美術館蔵
 
『イカロスの飛行 レーモン・クノー・コレクション ⑬』 / 石川清子 訳 水声社刊

2013年2月12日火曜日

DEEP BLUE / ディープ・ブルー

――一つ忠告してもいいですか?
――どうぞ。
――チェスで黒が先手を取るのはルール違反ですよ。

『Le Club des Incorrigibles Optimistes』 が面白い。800p近いヴォリュームの、まだプロローグと第一章しか読んでいないが、この雰囲気、会話、文章のリズム。大好きだ。2009年の高校生が選ぶゴンクール賞を受賞したこの作品、あらすじを簡単に紹介すると、

1959年、パリ。 12歳になる Michel は、パリのカフェやビストロで、親友の Nicolas と共に、ベビーフットに熱狂する毎日を送っていた。 学生相手には無敵の強さを誇る Michel-Nicolas のコンビは、気が向くと、Denfer-Rochereau 広場にある、大人達がたむろするBalto という Aubergne 地方の料理を供するビストロに、足を運ぶ。 Balto の常連には、1対2で、相手をしても決して負けたことのない、ベビーフットの名手の Samy がいたからだ。  
Balto の奥には、ビロードのカーテンがかかったドアがあり、時折、中年の男達がドアの向こうへ消えて行ったが、Michel のベビーフット仲間に、その部屋で、何が行われているのかを知る者は、いなかった。

ある日、飲み物を給仕したウェーターの Jacky が、ドアを開け放しにした折に、Michel は、ドアに近づく。 カーテンをめくるとドアに、『Le club des incorrigibles optimistes』と書かれた札が、掛けられていた。 好奇心に駆られ、その部屋に足を踏み入れた Michel は、チェスを挟み向かい合った男達の中に、ジョゼフ=ケッセルとジャン=ポール サルトルの姿を認める。
その部屋は、鉄のカーテンで遮られている東ヨーロッパ共産圏の国から来た、亡命者達が集る、チェスクラブだったのだ…

(『フランス語の本の読書記録』さんから引用させていただきました。URLは一番下にあります)

物語のスイッチは、12歳の早熟な少年 Michel がそのチェスクラブで受け入れられ、亡命者達からチェスを教わりながら東の話を聞くことで入れられる。チェスが物語の様々な場所で重要なファクターとなっているのを見るにつけ、またチェスと深い関わりのあったヴラジーミル・ナボコフのような亡命作家のことを思うにつれ、東ヨーロッパとチェスの深い相関性に思いを馳せずにいれない。

ガルリ・カスパロフ
さて、今日も Le Point.fr の『C'est arrivé aujourd'hui 』から。

1996年2月10日はIBMが開発したチェス専用スーパーコンピュータDeep Blue / ディープ・ブルー が、当時のチェス世界チャンピオンGarry Kimovich Kasparov / ガルリ・カスパロフを破った日である。もっとも、最終戦績はカスパロフの3勝1敗2分。人類の頭脳が1秒間に2億手の先読みを行うスーパーコンピュータに勝利したわけだ(翌年はディープ・ブルーがカスパロフに勝ち越している)。

この記事を読んで、Wikipedia でいろいろと調べていたのだが、これが面白い。カスパロフの経歴もとんでもないし、世界最強のコンピュータチェスプログラムを作ろうという試みは、ヒドラプロジェクトとして続いているらしい。チェスの世界ではプログラムが人間に負けることはほとんどないところまで来ているようだ。

あるいは将棋の世界では、プログラムはまだそこまでで強くない。取った駒を使用できる性質上、打つことのできる手がチェスに較べて圧倒的に多く、その分プログラミングにも複雑性が要求される。だが、そう遠くない未来に、機械が人間を凌駕することだけは間違いないようだ。

Deep Blue
特に面白かったのが、ディープ・ブルーの先駆者 Deep Thought / ディープ・ソートの名前の由来(これについては後日書く機会があるだろう)と、ディープ・ブルーの出現が、Arimaa / アリマアと呼ばれる新しい遊びを人間が創り出す契機となったこと。

アリマアの面白い点は、可能な手を端から検索するなど、いわば「力技」ともいえる従来の方法は通用せず、強いアリマアプログラムを作成するためには違ったアプローチが必要になると考えられる点にある。つまり、これまでのチェスプログラムとはまったく発想の異なるアプローチをしなければ、人間の頭脳を打ち負かすことはできない。

そう、これは新しい思考の発見であり、人間とコンピュータの新しい可能性の発見である。なんともわくわくする素敵な挑戦ではないだろうか。



Au revoir et à bientôt !
 
参照URL:  Wikipedia 各ページに名前から飛ぶことができます。
フランス語の本の読書記録 日本語でのフランス現代文学紹介はここが一番では?というくらい充実しています。オススメ。 

2013年1月16日水曜日

痛みはどうだい?――シニカルに、されどユーモアを込めて

時機を逸してしまうと二度と思い出せない記憶があるのとは反対に、時宜を逃したからこそ書ける記事もあるだろう。と自分に言い聞かせて、今日は現代フランスノワール小説の作家、Pascal Garnier の紹介といこう。

Pascal Garnier / パスカル・ガルニエ (1949-2010) はパリ生まれのフランスの作家。若い頃には放浪し、職を転々とする。ロックンローラーを志していたこともあったようだ。35歳のときに作家になることを決意、以降多数の作品を出版。ミステリーから若者向けの小説まで幅広く書いていた。彼の書く登場人物は、「シメノン風の」ブラックユーモアが特徴。

今回読んだ彼の作品は、『Comment va la douleur ?』 。私が訳すなら『痛みはどうだい?』

ちなみにこの表題には対になる表現、"Comment va la santé ? / お元気ですか?" が存在する。これは現在、口語でのみ使用される表現だ(本来は、"Comment ca va ?","Comment vas-tu ?" など)。パスカル・ガルニエはこの表現を念頭に置いていたと思われるが、果たしてどうか。


――なんと言うか、ハードボイルドだぜ。

ほんの少しだけ内容を紹介しよう。
若くて世間知らず、純真無垢なベルナールは、ある温泉街で自称ネズミ駆除業者のシモンと出会う。ベルナールのことが気に入ったシモンは、彼を短期間の臨時運転手として雇うのだが、実はシモンには秘密があった…。

私が気に入った場面は二つ。一つは小説の冒頭場面。
シモンに呼ばれたベルナールは、部屋で首吊り死体を見つける。なんとなく彼は、机の上にあった食べさしのリンゴに手をつける。

ひどい味だった。近頃はまともなリンゴなんてめったにお目にかかれない。また、くしゃみが出た。この一週間、雨が降り続きのような気がする。彼は部屋を出、後ろ手に扉を閉めた。死体にさよならを言うのは野暮だろう。廊下の突き当たりにあるエレベーターは満員だった。ベルナールは階段で下りた。

もうひとつは、シモンの仕事が人殺しと判明したときの二人の会話。

「あなたの仕事ってのが、ようやく僕にもわかりましたよ」
「それで?」
「どうもないです。なんにしろ普通じゃないのだけは確かですが」
「必要悪さ。注文がある限りはやらなきゃならん」
「それでも僕からすれば、あなたがネズミの駆除だけしてるほうが良かったですけど」
「ネズミと人、どこが違う?どちらも殺してもまたすぐに湧いてくる」

 全体を紹介していないのでわかりずらいのは承知だが、ここには明らかにレイモン・チャンドラーの人物造形に連なるものがある。シニカルさとユーモアのないまぜになった男たちは、今の時代を生き抜くには、少しばかりカッコ良すぎるだろう。

 Au revoir et à bientôt !
Pascal Garnier / パスカル・ガルニエ (1949-2010)

2012年12月23日日曜日

月刊、なんて言わずに全集

去年の12月には『月刊 万有引力』と銘打って、シュペルヴィエルの詩集の翻訳をしていたものだが、今年はなにやら忙しさにかまけて、うやむやに終わってしまいそうだ。
 
そこで今日は、Gallimard 社から発行されている Bibliothèque de la pléiade / プレイヤード叢書 に収められているシュペルヴィエル全詩集を少し紹介しよう。
 
そもそもプレイヤード叢書とはなにか。まずそこからはじめよう。
 
一言でいってしまえばそれは、「世界文学名作全集」である。国籍を問わず優れた作家はすべて、この叢書に収められているといってもあながち過言ではない。
 
もちろんフランス語に翻訳されている、という制約は付きまとうが、それでも作家としてこのシリーズに名を連ねることは、アカデミーフランセーズ会員になることより名誉であると言え、また、ノーベル文学賞?たかが一ダイナマイト技術者の作った賞なんていらないね――なんて一笑に付すことだってできる(かもしれない)。
 
この叢書は翻訳の際に底本として使われることも多い。それはこれがしばしば死後確定された決定稿としての扱いを受けていることを意味するとともに、異同のある別稿の有無についても触れている点において他を凌駕しているからでもある。
 
さて、シュペルヴィエルの全詩集にざっと目を通すと、このシリーズの面白さがよくわかる。
 
ひとつひとつの詩に解釈が付けられ、巻末にある索引を使えば、同名の詩の存在や類似したテーマの詩を調べることができる(Offrande / 贈り物 と題された詩を生涯にいくつ書いているか、君は知っていますか?)。
 
つまりは作者の持つ語彙の幅や嗜好をよりよく知ることができるツールなわけだ。
 
まあ、ここまで書いていうのもなんですけど、この前自分の誕生祝いとして購入し、その勢いのまま嬉しげにこのブログを書いた、というわけ。
要は自慢したかっただけだろう?――そうですが、なにか?
 
Au revoir et à bientôt !

写真編集ツールを使用してみた。

2012年12月11日火曜日

嘘つきの恋

イェーツ?知ってるよ。詩人だろ?

と私も思ったのだが、今回はまったくの別人、Richard Yates / リチャード・イェーツについて紹介したい(ちなみに詩人のほうは、William Butler Yeats / ウィリアム・バトラー・イェイツ。1923年にノーベル文学賞も受賞している。日本では岩波文庫から対訳詩集が出ているので、それを読むことをお勧めする)。

Richard Yates / リチャード・イェーツ(1926-1992)。3歳のときに両親が離婚。高校の頃からジャーナリスト志望で、高校卒業後は軍隊に入隊、第二次世界大戦に従軍する。1946年、ニューヨークに戻りジャーナリストとして活動を開始。ゴーストライターとして、ロバート・ケネディ司法長官のスピーチ原稿を書いたりもしたらしい。

文学界に現れるのは1961年の『Revolutionary Road  / La fenêtre panoramique(仏題)』によって。この作品、サム・メンデス監督の下、レオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットのタイタニックコンビで2008年に映画化されている。ケイト・ウィンスレットはこの作品で、第66回ゴールデングローブ賞主演女優賞 (ドラマ部門を)受賞。

生前彼の小説は、批評家からは絶賛されるものの、世間からはほとんど無視された状態だった。評価され出したのは死後のことで、Stewart O'Nan が1999年、Boston Review に寄稿した"The Lost World of Richard Yates: How the great writer of the Age of Anxiety disappeared from print" が再評価の始まりである。
 ここまでWikipedia(fr)から抄訳。URL: http://fr.wikipedia.org/wiki/Richard_Yates_(auteur)

略歴を見ると同世代の作家、レイモンド・カーヴァーの影がまとわりついて離れないが、まあそれはいいだろう。一日に煙草4箱を吸うヘビースモーカーであり、アルコール中毒であった彼が書いた作品の登場人物にはいつも、敗北者の雰囲気がまとわりついている。儚く散った幻や中途半端に終わった宿命、上手くいかない人生に諦めてしまった野心…。

過去は苦く、未来はどんずまり。そんな冴えない人物が主人公の小説が、面白くないわけがないだろう。

人生には失敗と断念と、そして苦しみしかない。そう語りかけてくる彼の小説はホッパーの絵を思い出させる。人々はカップルだったり、集まっていたりするのに、どこかいつも寂しげだ。イェーツは絵の中に、ウィスキーの瓶を付け加える。飲まずにはいられないのだ。

これは人生の敗残者の物語だ。そして彼の失敗は取り返しがつかない。おそらく作者自身の生が色濃く投影されているのだろう。それはただひたすらに、苦い。

これが飲まずにいられるかい?
Au revoir et a bientot !
『夜更かしの人々
 
 
<注>今回のブログの内容のほとんどは上記参照サイトの翻訳に過ぎないことをここでお断りしておく。これは1981年発表の« Liars in Love » のフランス語訳 "Menteurs amoureux" 発売に合わせた記事である。現時点でRichard Yates の小説の邦訳はなく、Wikipedia の記事も日本語版は存在しない。私個人としては近いうちにフランス語で読んで、感想をかければと考えている。


2012年11月22日木曜日

Sous la pluie / 雨の下で

L'ecole de loisir 社から青少年向けシリーズ、"Medium" の一冊として刊行されている本書。

著者は Olivier Adam / オリヴィエ・アダン。
1974年パリ郊外に生まれ、現在はブルターニュ地方に住んでいるフランスの若手作家。2004年には Passer l'hiver / 冬を越す でゴンクール短編小説賞を受賞。2006年に来日し、京都のヴィラ九条山に滞在していたが、日本語訳はまだなされていない。

それにしてもひどい話だ。

語り手の僕は学校でいじめられ、父親は20年ローンで購入したばかりの一軒家に後悔しきり、母親に至っては少しばかり頭がどうかしてしまっている。これを読んだ子供たちが人生に絶望しても不思議でない。

もっともこれは通過儀礼 の物語だ。その点、これを青少年向けとするのは全くもって正しい。

ただし、その対象は彼ら家族全員だ。彼らはみな、それぞれにぶつかった困難と、まともに向き合うことができずにいる。

いや、それができないのは大人たちだけなのかもしれない。なにしろ語り手の僕の行動力は、強引なハッピーエンドさえも正統化する力と率直さに満ちている。

新居に引っ越してから近所付き合いもなく、友達もいない母親。そんな彼女をもどかしく思いながらも責めることしかできない父親。なんてありふれた光景。それでいて、解決困難な難題。

結局その状況を好転させたのはなんだったのか?正直いってよくわからない。それは私の語学力不足のせいでもあり、おためごかしのハッピーエンド志向のせいでもあるだろう。あるいは、そういった状況に馴致してしまった、惰性的な生を積み重ねてきたためかもしれない。

それでも子供たちは、最後の場面を、この先ずっと続く人生を照らし出す、希望の光の下に読むに違いない。

Les derniers rayons du soleil viennent s'échouer sur mon visage.
夕暮れの最後の光が僕の顔の上で座礁する。

それはきっと、雨の下で一夜を過ごした一家にとっても、新しい夜明けを予告する残照だろう。

Au revoir et à bientôt !
Olivier Adam
 

2012年11月17日土曜日

Les feuilles d'automne / 文学週間

Oh, je voudrais tant que tu te souviennes,
Des jours heureux quand nous étions amis,
Dans ce temps là, la vie était plus belle,
Et le soleil plus brûlant qu'aujourd'hui.
 
思い出してくれないか
幸せだったあのころを 僕らは恋人同士で
人生は今より美しく、
太陽は今よりもっと輝いていた。
 
Les feuilles mortes / Jacques Prévert
 
 日本語タイトルは、『枯葉』。シャンソンの代表格であり、ジャズのスタンダードナンバーとしてもあまりにも有名。私にとって、このタイトルはすなわち、『Somethin' Else』 内の同曲を意味している。
 
ちなみに英語のタイトルは 『Autumn Leaves』。 日仏英、いずれも「落ち葉」を意味しているが、この英語をそのままフランス語に直すと、Les feuilles d'automne 。つまりは表題に落ち着く、というわけ。
 
それにしても、「落ち葉」を意味する英語が、フランス語では秋の読書週間を指しているのだから、不思議だ。
 
これは、フランス語の feuille の多義性による。この語を仏和辞書で引くと、「葉」、「紙」、「薄片」などの意味が出る。要は、ぺらぺらした物体の総称だ。日本語で、ミルフィーユというお菓子、あれはフランス語の mille feuilles (薄く1000枚重ねたもの)が訛ったものだ。
 
さて、この時期は、フランスの主要な文学賞の受賞発表が重なる季節である。その中でも最も権威がある、といわれているのが、ゴンクール賞。今年の発表は11/7。 Jérôme Ferrari "Le Sermon sur la chute de Rome" (Actes Sud 社) が受賞した。内容は以下の通り。
 
コルシカ島の小さな村にあるバー。哲学の勉学を捨て、大志を抱きその寂れたバーを継ぐことにするが、思い描いていたユートピアは悪夢へと変わっていく。人の気持ちとはこんなにもたやすく腐敗していくものなのか?落日のローマ帝国で人間の意志を非常に無力なものとしたアウグスティヌスの思想を絡めた、哲学的思想に満ち溢れた小説です。(欧明社HP より引用 URL: http://www.omeisha.com/?pid=51321885

 

うん、なかなか面白そうだ。
ちなみに、この作家の出身地はコルシカ島。いつの時代も文学はある程度書く人の事故が投影されたものだけれど、いつからかその傾向がつとに強まってきたように思う。それは roman から recitへの回帰、といえるだろう、そのターニングポイントは、ヌーヴォーロマンの旗手、ロブ・グリエが半自伝的三部作を書いたそのときに求められるのだろうか。(そういえば、以前少しだけ紹介したマルグリット・ユルスナールの最後の作品もまた、自伝的三部作だった)。これについてはいつかまた書く機会があるかもしれない。ないかもしれない。
 
それにしても、結局文学賞なんてものは、出版業界が本を売るための手段にすぎないのだなぁ、とつくづく思う。もっとも、日本の芥川賞や直木賞のように、もはや読書好きからもないがしろにされてしまった賞などは、それこそ les feuilles mortes / 死んだ文学(賞)と呼ばれるべきだろう。
 
Au revoir et à bientôt !
 
 

2012年11月3日土曜日

マルグリット・ユルスナール展 言葉のイメージ


Marguerite Yourcenar / マルグリット・ユルスナール(1903-1987)。初の女性アカデミー・フランセーズ会員。20世紀を代表する女性作家で、代表作は『ハドリアヌス帝の回想』や『黒の過程』など。日本では三島由紀夫に関する評論、『三島由紀夫あるいは空虚なヴィジョン』が有名か。2002年に白水社からユルスナールコレクションが全6巻で販売されたが、現在は絶版中。2011年から自伝的三部作が同じく白水社から順次発行されている。

ごめん、ここまで概要を書いたけど名前しか知らない。

読んだことのない作家について、あれこれ知ったような口を利くのはよくない。機会があれば実際に読んで、それから再度彼女についての物語を書くことにしよう。ちょうど、家に唯一あるユルスナールの作品、『とどめの一撃』(岩波文庫)を見つけ出したところだ。これを読んで、それから三部作や他作品に手を出すか、決めるのもいいだろう。

さて、今回はそんな彼女の死後25周年を記念して、フランドル美術館で10月13日から催されている『Marguerite Yourcenar et la peinture flamande / マルグリット・ユルスナールとフランドル絵画』展についての、空想のレビューを。

この展覧会、作家と絵画、どちらに比重が置かれているのか。美術館で、展覧会。なのに作家のほうに重心を傾けているのは間違いない。「絵画は言葉へ向かう」。コンセプトはこれだ。フランドルの画家たちは、作家の創作過程を彩る、色鮮やかな花弁だろう。

しかし、その花の美しさこそが、フランドル美術の底力だ。油絵の技法を編み出し、イタリアを中心とした文化圏が、神の世界や王侯貴族を描いていた同じ頃に、平然と農民の生活を描いていた無体さは、ヨーロッパ絵画の歴史上、特異な位置を占める。フランドル絵画について語るためには、最低でもこのブログ3年分が必要だ。

ユルスナールに同様の地域性が見られるか、なんて問いは論点をずらしてしまう。この展覧会の主眼は、いかにして作家が見るものを言葉に変えたか、ということだ。

Les albums de Marguerite Yourcenar © Laurence Houot / Culturebox

Une exposition étonnante au musée de Flandre à Cassel propose un dialogue entre toiles et romans et montre comment cet immense écrivain, première femme à entrer à l'Académie française, a su déceler ce qui constitue la singularité de la peinture flamande et en extraire l'essence, aussi bien qu'elle a nourri son œuvre, incessant va-et-vient informel entre les images et les mots.

絵画と言葉、そのあいだを絶え間なく行き来することにより、ユルスナールはフランドル絵画の特異性を見抜いており、その本質を取り出し、自らの作品の糧としていたのだった。

A force de contempler ces tableaux, de travailler son regard, elle réussit à pénétrer la singularité d'une œuvre.

それらの絵について熟考を重ね、飽くことなく視線を注ぐことで、彼女は作品の特異点に達することができたのだ。

絵画の中に主題を探し求める姿勢。そんな抽象性よりも私には、旅行する先々で美術館を訪れ、ポストカードを買って行ったという、ユルスナールの姿のほうが、親しみやすく、好ましい。そう、その姿こそ、『世界の迷路』を手さぐりで彷徨い歩いていく、人間らしい姿だから。

Au revoir et à bientôt !


Marguerite Yourcenar le 15 décembre 1980
Marguerite Yourcenar le 15 décembre 1980 © Sam Bellet / La Voix du Nord

参照URLhttp://www.francetv.fr/culturebox/des-images-aux-mots-marguerite-yourcenar-et-la-peinture-flamande

2012年8月18日土曜日

ユマニスム

おはようございます。

ユマニスム / Humanisme とはなにか。それはヒューマニズムのフランス語読みである、だけではない。

Humanisme の英語読み、ヒューマニズムが人道主義的なニュアンスがあるのに対し、フランス語のユマニスムは人文主義の意味合いが強い。

ユマニスムの伝統は古来はギリシャ・ローマ時代にさかのぼることもできるのだろうが、より直系の先祖は、といえばルネサンス期、イタリアの文人ペトラルカになるようだ。それから、フランス思想史において本流ともいうべき位置を占めるようになる。

ここで最初の問い、ユマニスムとはなにか、に戻ろう。これについて、ツヴェタン・トドロフはその著作、『未完の菜園』で面白い答え方をしている。

人間は自由の代償に何を差し出すか、とトドロフは問う。

自由なんてなくていいじゃない、というのが保守主義者。
自由?そんなものはない。あるのは科学の法則を知る自由だけだ、というのが科学万能主義者。
個人主義者はたとえすべてを失うとしても、人間は自由の中で自我を開放すべきだと考える。
ユマニストはいう、自由は存在し、尊重すべきものである。ただしそれは人々がともに分かち合う価値、他の人々とともにある人生、そして自分を行為の責任者と見なし得る自我のことだ、と。

要はユマニストは、人間の自由意思の擁護者なのだ。

「人間の行為は多くの要因で条件付けられている。しかしだからといってそれで全面的に決定されているわけではない」(未完の菜園 p.98)

確かに人生には思い通りに行かないことがたくさんある。しかしその一方で、自分で決めてやるからこそ、価値があることもたくさんある。

ユマニスムの根底にあるのはつまるところ、人間(の自由意思)に対する信頼なのだろう。それは人間の生活が、「未完の菜園であり、自律性は花開くように世話をしてやらなければならない植物なのだ」(同 p.108) と感じるのであれば、なおさらに。

では、また。
Au revoir, a la prochaine fois!
ユマニスムの殿堂(嘘)。

2012年8月12日日曜日

友情――沈黙の誓約

おはようございます。

前回の続きを書こうと思って、クンデラの原典を探して我が家の本棚を漁っていたのですが、見つからず。あきらめたままに二週間近くが過ぎてしまいました。

どうやらエッセイ集『裏切られた遺言』に入っている気配なのですが、不幸にして我が家に見当たらず、正確な引用ができません。

そんなわけなので今回は仕方なく、私が覚えている限りでクンデラにとって「友情とはなにか」を話したいと思います。もちろん私の記憶に基づいているので、原典に忠実ではありません。正確な内容を知りたい方は是非、『裏切られた遺言』を手にとってみてください。

ある有名な女優と恋仲の噂があった男が死ぬ。人々は大挙してその男のただ一人の友人の下に押し寄せ、こう問いただす、「実際のところ、どうだったんだい?」と。
友人は返答を避ける。イエスとも、ノーとも言わない。ただ沈黙で答えるだけ。

友人の沈黙は、真実(というにはあまりに卑俗だが)を知りたがる人々の不興を買う。「もう彼は亡くなったのだから、言ってくれてもいいだろう」。人がなんと言おうが、友人の沈黙を破ることはできない。秘密は妻に対しても守られ、妻は夫の態度に憤慨し、夫婦の仲は険悪になる。

はたして友人は亡くなった男の秘密を知っていたのだろうか。それはここでは問題ではない、とクンデラはいう。大切なことは、友人が亡くなった男の知られるべきでない秘密を、その死後にいたるまで守り通したことだ。

この話を聞くまで友人とは、なんでも気兼ねなく話すことのできる人間のことだと思っていた、とクンデラはいう。しかしこの話を聞いてから、(あるいは共産主義下のチェコを生きてから)、他の人に対する沈黙の壁となってくれる人物こそ、なにより貴重な友人ではないかと思うようになったという。

友情とは、いわば死後にも続く沈黙の誓約なのだ、そのような考えは、友情というこの人の生において希少な光を放つ存在に、新たな角度から光を当てて、別の光輝を発見させる美しさではないでしょうか。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!


2012年4月16日月曜日

nouveau roman 考察――視覚小説誕生の理由

おはようございます。

少し前にクロード・シモンの新しい翻訳が出て興奮したって話を少ししました。

彼、クロード・シモンは文学史的な流れの中に置いて見ると、いわゆる「nouveau roman / ヌーヴォー・ロマン(新しい小説)」と呼ばれた面々に属します。彼はロブ・グリエと並んで、もっともヌーヴォー・ロマン的な作家だったと、私は思います。

予断になりますが、第二次大戦後のこの頃は、他にも「nouvelle vague」やら「nouvelle critique」やら、果ては「nouvelle cuisine」にいたるまで、とにかくなんにでも「nouveau, nouvelle (新しい)」の形容詞がつけられた時代でした。それもいまや50年以上昔のことになってしまいました。なんともまぁ。

さて、ヌーヴォーロマンのひとつの側面として、非常に「視覚的」な小説だということがあげられます。特に前に挙げた二人は。逆に物語性に乏しく、あまりにも視覚的に突出してるがゆえに、現在(そして過去も)十分な読者を得られなかった、と思われます。今回は、なぜヌーヴォーロマンがフランスで誕生したか、について考えたいと思います。

目に見えているものを淡々と描いていく、それが視覚小説の定義だとすると、どうしてもそこに「見る人」の存在が現れてきます。

その存在を隠そうとすればするほど露わになってきて、その人物が抱く感情の揺らぎが見え方に影響を及ぼす。つまるところ、視覚小説の根本には、「私とは誰か」といった、哲学の基本的命題が横たわっているということができます。

ただこれだけではフランスで、視覚小説が発展した理由にはならない。
思うに、フランスで(フランス語で)視覚的に書くことは、逆説的ですが非常に物語性豊かなのではないかと。なぜというに、フランス語の名詞のすべてには性別があるから。男性名詞と女性名詞ってやつです。

男と女がいるところ、すべからく物語が存在する。例えば「紙上で交わった垂直線と水平線」という文章があるとします。日本語で読むと特になんてことのない文章ですが、フランス語では垂直は男性名詞、水平は女性名詞なわけです。これを代名詞にするなら、人間と変わらぬ彼(il)と彼女(elle)となるわけです。

だから、前の文章を少し変換すると、「彼と彼女は紙上で出会った」と読み変えられる。こうなるとただの情報が物語に変化してる、と言えるでしょう。

ここまでくると、ヌーヴォーロマンや次の世代の作家たちが言葉を問題にしたのも良く理解できます。見ること、それを小説化するときに生じる物語。なんともぜいたくな悩みだと思うのは、私が彼らの文学に陶酔しているからでしょうか。

いずれ近いうちに原書で読み、日本語では隠された物語を読んでみたいものです。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
画像の選択がどんどんいい加減になってる今日この頃。