ラベル 比較文化 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 比較文化 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014年8月9日土曜日

書かれなかった過去を振り返ろう 5/6 ――世界の果ての通学路

すごく良いドキュメンタリー映画。「日本に生まれた幸せ」ってよく言われるが、普段実感することはなかなかない。これはそれを感じさせてくれる貴重な映画だ。


学校に行くために、毎朝ゾウに襲われる危険を冒しながら、アフリカの赤銅色の大地を駆ける二人の兄妹がいる。妹と共に馬に乗って通学する、アルゼンチンの12歳の少年がいる。ボロボロの車イスを押して、泥道や川を越えるインドの三人兄弟や、週末だけ家に戻り、週の始めには22kmもの距離を歩いて通学するモロッコの少女がいる。

日本にはない地形、風景。野生のゾウやキリン、サイが利用する同じ道を通って、兄と妹は学校へ走る。ときに野生動物の襲撃を恐れ、岩肌をよじ登って遠回りをし、あるいは草むらに身を隠す。そんなところにも学校は存在するのだ。まず、そのことに驚く。

週に2回、少女は学校までの道のりを歩く。22km、石ころだらけの山道を、近くに住む二人の友達と一緒に。何時に起きる必要があるのだろう?5時にはもう、両親の住む家を離れ、学びの宿舎に向かっている。

馬なんて、日本ではもう神話的生き物だ。街中で見ることはまずない。それはイベント、祝祭的な動物だ。アルゼンチンの12歳の少年にとって、馬に乗ることは日常だ。小さな妹を連れて、馬に跨り、学校に向かう彼の姿は、日本に住む私には少年神のように見える。

インドでは、まだ日本的にも見慣れた光景がある。3人の兄弟が電柱の並ぶ道(そういえば、最近では電柱もあまり見なくなった気がする)を、車椅子を押して進む。
長男は脚が悪い。でも二人の弟は兄のことを誇りに思う。だって彼は勤勉で、頭がいいからだ。自慢の兄を、二人は毎朝車椅子に乗せていく。舗装されていない道を行くことは困難だ。彼らにとって通学は、毎日冒険だ。

映画だから描かれていない事実もある。同じように苦労して学校に行っているからといって、みながみな彼らのように勤勉で意欲的に学んでいるわけではない。それは映画の外にある事実だ。パンフレットではその事実は隠されていない。

映画に映る彼らはみな、まぶしい。自分の勉強が、未来に繋がっていることを強烈に信じている。それは、今の日本にはない。選択肢の多様さが、活力を奪っている、という面もあるように思う。

学校は嫌いだった。でもこの映画の、喜びを全身から発散する子どもたちの姿を見ると、あらためて、学ぶことは止めないでいようと思う。もう学校に行くことはなくても、図書館へ、書店へ、職場へ、世間へ、学びに出かけよう。馬の代わりの自転車に乗って。

Au revoir et a bientot !

2014年4月24日木曜日

スペインと昭和の貧しさ

今って平成何年だっけ?24年、それとも25年?え、26年?ha ha ha 、面白い冗談だ。

なんにしろ、これは確かだ。もうしばらく前から新入社員は平成生まれが当たり前で、昭和生まれの新卒なんて、ほとんどいない。そして、これからこれからもそうだ。時間の逆行はありえない。昭和を経験したものはみな、若者でなくなってしまった。昭和生まれの若者なんて、もういない。

昭和が街から消えてどれくらい経つのだろう?昭和50年代後半に生まれた私が、正確に測ることはできない。私の中に残っているのは、昭和の汚さだ。平成はキレイだ。潔癖に近い清潔さに私はしかし、少し居心地悪く感じてしまう。

時代の大きな転換点、というものは実際にあって、日本ではそれが1950年代後半(昭和30年代)に訪れた。家電の三種の神器と呼ばれたテレビ、冷蔵庫、洗濯機の登場は、人々の暮らしを根底から変えた。

どれぐらい変わったかって?応仁の乱(1467-1477)以来、大きく変更されなかった生活様式が変わったのだ、といえばその激変ぶりが理解できるだろう。人々が使用する道具は、幾度も改良が成されたとはいえ、基本的に同じものだった。これはつまり、1950年代の主婦が1500年ごろにタイムスリップしたとして、多少の戸惑いはあるにしても、普通に生活できるということだ。これってすごくね?

平成と昭和の境目が、これほどの大変動であるかは、後世の検証を待つ必要があるが、小変動であったのは確かだ。平成生まれが昭和に戻って生活できるか?平成生まれを貶すのでなく、それだけの変化があった、ということだ。

ミゲル・デリーベスの『ネズミ』を読んだとき、同じような時の断絶を感じた。

舞台は1955-56年のスペイン。カスティーリャ地方の一寒村。石ころだらけで作物もまともに育たないこの土地で、主人公のニーニ少年は、おじさんの「ネズミ捕り」と一緒に洞窟で暮らしている。川のネズミを捕って生計を立てている彼らの生活のみならず、他の村人たちの暮らしもおしなべて貧しい。村には電気もガスもなく、あぜ道を未だロバが闊歩している。そのロバでさえ、特権者の証だ。

死が暮らしのすぐそばにあって、その暗い深淵を覗かせている。人々はそこを覗き込み、自分のほうを見つめ返す深みからの眼を感じながら暮らしている。現実からは目を背ける。他に方法がないからだ。その局面を打開するための、財も、策も、才覚も、なにもない。貧に縛られ、人々はただ、死に頭を食いちぎられるのを待つ。それすらも救いの一種だと捉えかねない諦念とともに。

このような貧しさは、現在の日本では見られない(おそらくはスペインでも)。先進国では貧しさは、別の次元に移行した。全員が平等に叩き落され、よじ登る見込みのない底なし沼のような貧困から、やっかみと嫉妬の渦巻く、ところどころに開いた落とし穴に。落とし穴に巻き込まれる途中幾度も、普通の暮らしをおくる人々の姿が見えて、それがいっそう自分の陥った悲惨に自覚的にさせられる。人は他人をひがみ、自らを卑下する。現代の貧しさは心を蝕む。『ネズミ』はそれ以前の、貧しさの中にも高貴さを保った人が(も)いた、そんな時代の物語だ。

Au revoir et a bientot !

2014年4月12日土曜日

ヴァンセンヌの新しい動物園

もっと野生的に、もっとディズニーランドから遠く離れて。

4月12日、5年間の改修工事を経て、パリ近郊の都市、ヴァンセンヌの動物園が再開する。

約15ヘクタールの土地は大きく5つのゾーンに区分けされている。パタゴニア、スーダン、ヨーロッパ、ギアナ、マダガスカルの5つだ。それがさらに細かく180に分類される。

注目すべきは、その「展示」方法だ。

20世紀の動物園の目的は「コレクション」だった。博物館や美術館と同様に、動物園もまた珍奇なもののコレクションとして、より多くの動物を見る=鑑賞することが優先された。

21世紀の動物園が目指すところはなんだろう?日本では北海道旭川市の旭山動物園が有名だ。行ったことがないので、具体的に語ることはできないが、ニュースなどで見た限りでは、いかに「見せる=魅せる」かに重点を置いているように思える。動物園もエンターテイメントのひとつとして位置付けようという試みだ。

一方、ヴァンセンヌの動物園において、動物たちはより自然な環境に身をおく。そこでは動物が本来生活している環境をできる限り再現している。ゆえに欠点もある。入園者たちは動物を探さなければならず、もしかすると見えないこともあるかもしれない。それでいいのだ、というのがヴァンセンヌ動物園の考え方だ。

園長のThomas Grenon 氏の目的は、動物園をただの娯楽施設でなく、教育の道具とすることにある。来園し、限りなく自然に近い環境で暮らす動物たちを見て、自然保護の必要性を自覚する。そうなれば素晴らしい、と彼は言う。

どちらがいい、悪いの話ではない。ただ、これからの動物園はより差別化されたものが必要だ、ということだ。もちろんそれは、動物園に限ったことではない。植物園や水族館などの公共施設しかり、遊園地やデパートなどの民間施設しかり。そして、ブログのような個人的情報発信サイトも、また。

Au revoir et a bientot !

2013年12月26日木曜日

可能性としての自分

ちょっと間が空いたけど、前回途中になっていた分身と時間について話を進めよう。

といっても論旨は単純だ。直線的時間を生きる西洋人(その終着点では最後の審判が待ち構えている)にとって、生まれ変わることは日本人に較べてはるかに難しい。

というのも多くの日本人は、人生を繰り返される一年の連続として捉えているからだ。いってみればそれは、薄く重ねられた螺旋形をしている。一年で一周しながら、31日から1日の連結点において転生が行われる。

毎年この季節に、一年の終わりを感じない日本人はいない。年末は一年の決算日としてあり、年始は新しい年が始まる清らかな日だ。31日から1日にかけて、除夜の鐘とともに時間は一度殺害され、その後蘇生される。と同時にわれわれもまた、新たな時間へ移行するのだ。われわれは一年ごとに死に向かう螺旋階段を一歩ずつ上っている / 下っているのだといえる。

西洋的な時間ではどうだろう。それを十分に語ることができるほど、直線的時間に精通してもいないし、実感してもいない。あくまで推論だ。

時間が直線的に流れる以上、他の位相と交わる機会はない。線上に入学や結婚といった区切りは存在するとしても、それはあくまで線上の一点に過ぎない。時間は前後には延びていても、上下には伸びていないのだから、上下と見比べることもできない。繰り返される時の流れのなかで、意図的にしろ無意識にしろ、混交することも少ない。

となると、可能性としての自分を見つけるためにはこう考えるしかない。自分が住んでいる世界線と平行に、何本も別の線が走っていて、今のこの世界と限りなく似た時間が、少しずつずれて繰り返されている。その平行世界からの闖入者として、分身やドッペルゲンガーは存在しているのではないだろうか。

分身小説の系譜は長い。まぁ、今思いつくだけでもたくさんある。イギリスではスティーブンスンの『ジキル博士とハイド氏』。アメリカはトウェインの『王子と乞食』。ロシアにはゴーゴリの『鼻』やドストエフスキーのそのまま『分身』なんてタイトルも。先日紹介したナボコフの『絶望』はこれらに対する反・分身小説と位置づけられるだろう。

そんな風に考えを進めていくと、今度はこんな疑問にぶち当たる。「もしや西洋人と日本人の記憶の仕方は全く異なるのではないか?」考えてみれば当然だろう。記憶とは、時間をどのように折りたたんでいるかの結果であり、時間の概念が異なる以上、記憶の仕方が違っても驚きはない。

この問題には様々な方面からアプローチが可能だろう。文学上の参考文献を挙げてみると、日本からは明治・昭和の私小説にアンチ私小説としての大江健三郎の小説群。南米代表はガルシア=マルケスの『百年の孤独』やボルヘスの『アレフ』などは必読だろう。そしてフランスからはプルーストの『失われたときを求めて』。

Au revoir et a bientot !

2013年12月20日金曜日

ぼくらは中世を生きている

いやー、早いもので今年も一年終わりですね。ついこの間1月だったのが、気がつけば3ヶ月、半年が経ち、今はもう12月も20日…なんてクソみたいな定型文を書き散らしてる場合じゃないよね。

あけましておめでとうございますから始まった一年が、よいお年をで終わり、そのあいだを様々な定型文が埋めていく。人生ってそんなもの?って疑問を抱きながらも、解決せぬままいたずらに年老いていく。おいおい、もう30だぜって、半笑いでごまかしているあいだに人は死ぬ。

要は阿部謹也を読まないで生きてるってやばいよね、ってことだ。たとえるならそれは、レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』を読まないで青春を過ごすのと同じようなもんだよね。つまり青春の大事な一部分を知覚せぬままに過ぎてしまうことだ。

ごめん、私もついこのあいだまで名前と中世の専門家ってことしか知らなかった。その経歴なんかは Wiki や本の末尾にある略歴なんかを読んでもらうとして、いやいやそれが人生と何の関係があるんだって質問に答えるなら、大アリでしょ。氏の文章を読めば、われわれがなんの疑問もなく従ってきた生活習慣が、決して自明のものではないと気づかされるから。

たとえば次のような一文、

私たちには一年単位で物事を測る習慣があります。年末には支払いをすませ、忘年会を開き、気分を一新して新しい年を迎えます。ところがこのような時間の測り方はヨーロッパにはないのです。…一年をくぎりとして物事を処理する考え方も中世初期まではありましたが、中世以後はなくなってしまったのです。新しい年を迎えるにあたっての心構えとか、禁煙の決心なども特にみられないのです。【甦える中世ヨーロッパ p.16より引用】

マジでか。これは大変なことだと思うよ。もしここに書かれていることが事実とすれば、西欧人とわれわれ日本人の時間の概念はまったく異なることになる。1年という区切りは存在せず、新年の目標を立てることもない。それが当たり前って、やばくない?

円環的時間と直線的時間。この感じ方の相違を突き詰める途中には、19世紀以降西欧文学で好んで扱われた「分身=ドッペルゲンガー」のテーマがあるのではなかろうか。まあ、これは別の機会で。

自分が属する共同体の習慣や規律を客観化し、絶対的なものから相対的なものの相へ移行させること。そのための比較対象として、氏は時間も場所も異なる中世ヨーロッパを選んだ。さて、もうすぐ2014年、ぼくらはなにを目印にして、自分の暮らしを見つめなおそうか?

Au revoir et a bientot !

参考文献:『甦える中世ヨーロッパ』 / 阿部謹也 著
氏の本は他にもいろいろあるが、これが一番面白く、読みやすくなおかつ氏の業績を広範に捉えている。特に中世ヨーロッパを専門に学ぶのでなければ、この一冊を読めばいいのではなかろうか。

2013年5月2日木曜日

メーデー スペインからの救難信号

5/1 はメーデー(May Day) 、ヨーロッパでは夏の訪れを祝う日である一方、労働者が統一して権利要求と国際連帯の活動を行う日である。

昨今の日本では存在感が薄く感じられるが、その一番の理由は、ゴールデンウィークとかいうふざけた大型連休の最中に、働くことを真面目に考えるやつなんていない、この一点に尽きると思う。

そもそも日本は国際的に見て、5/1 が祝日ではない、珍しい国の一つに数えられる。祝日化の動きはこれまでに何度かあったようだが、実現はしていない(このあたりの経緯はWiki を参照させていただいた)。つーか別に勤労感謝の日があるじゃん、と言われればそれまでだ。

ここに面白いデータがある。

タイトルはずばり「世界の祝日ランキングベスト10」。祝日を含めた年間有給休暇数を比較したものだが、日本はヴァカンス大国フランスから1日少ないだけの、年間35日で世界9位にランクインしている。アメリカの25日、ドイツの29日、有休がすべて使えるわけでないことを差し引いても、かなり多い。

さて、肝心のメーデー。水曜日は世界各地で労働組合による運動が繰り広げられ、ヨーロッパではとりわけ、緊縮財政と失業率の悪化に抗議するデモが盛んに行われた。

その中でも気になったのは、先日就任したばかりの第266代ローマ教皇フランシスコが出した声明だ。

「若者だけに限らず、人々が就業するのが困難ないくつかの国がある」と教皇は言う、「エゴイスティックな経済原理が根底にあり、それが今日の状況を生み出しているではないかと思っている。これは社会的正義の観点から逸脱した精神だ」。このように述べて失業と、それを生み出している社会に警鐘を鳴らした。

この発言で教皇が念頭に置いていたのは、スペインの悲惨な就業実態だろう。

昨年10~12月期のスペインの失業率は、過去最悪の27.2%。これは国民の4人に1人が失業しているきわめて異常な状態だ。更に若者(16~24歳)に限ればこの数値は57.2%にまで跳ね上がる。リーマンショックが起きる直前の2007年の数字が8.6% 。失業者の総数は当時が190万人、現在は620万人にまで膨らんでいる。

スペインの年間有給休暇数は日本より1日多い、36日(フランスと同率6位)。羨ましくなんかない。今やスペイン国民の大半にとって毎日がヴァカンスだ。もちろん、無給だ。国民的スポーツであるサッカーも、先日チャンピオンズ・リーグでレアル・マドリー、バルセロナともに、ドイツ勢を前に敗退した。経済だけでなくサッカーでも負けちまうのか?

ここ数年のあいだ、世界最高のサッカーチームであり続けたFCバルセロナが、2試合合計 7-0 でバイエルン・ミュンヘンに敗れる姿は衝撃だった。もしかするとあれは、スペイン経済が発するメーデー(*救難信号)だったのかもしれない。

* mayday は世界共通の救難信号。フランス語の "Venez m'aider / 助けに来て" に由来する。
 
Au revoir et à bientôt !

2013年2月15日金曜日

人肉 馬肉 あるいは猫肉

なんの小説だったか、必死に記憶を手繰り寄せても思い出せないが、馬の肉を食べた男の裁判が開かれる場面から始まる物語があった。あったはずなんだが、思いだせないぜ。

今ヨーロッパで馬肉の偽装問題が日々大きく報じられている。

「牛肉100%」と表示された加工食品の一部に、様々な比率で馬肉が混じっていたらしい。中には「馬肉100%」の肉もあったとか、なかったとか。

もちろんここで問題になっているのは、偽装表記の問題であって、「馬を食べる」ことの道義性ではない(はずだ)。だが、馬を食べることを禁忌と思う文化がヨーロッパ圏にはあることも、われわれ日本人は知っておいて損はない。あくまで推測だが、彼らにとって馬肉を食すことはすなわち、ペットの犬や猫を食べることに限りなく近い行為なのではないか。

Le Point.fr のC'est arrivé aujourd'hui がそれに関連してかしないでか、面白い記事を載せている。

1779年の2月14日はイギリスの海洋探検家、James Cook / ジェームズ・クックがハワイ島で命を落とした日だそうだ。そしてその死骸は、原住民たちによって肉が骨から削ぎ落とされ、焼かれた。

最終的に乗組員らの懇願によって、遺体の一部は返還され、海軍による正式な水葬に伏されたようだが、では婉曲に表現された残りの肉は、となるとおそらく、原住民によって食されたのであろうと推測される。

だからといって彼らを野蛮だとか、文明人でないとか非難するのは間違いだろう。それに反論するには、カニバリズムが人類の誕生から地球上のあまねく土地で行われていた(もちろんヨーロッパ大陸も例外ではない)習俗であることを指摘してもいい。

一つの文化で禁忌であるからといって、別の文化でもそうであるとは限らない。当然のことだが、一つの文化圏でしか生活していないと、その当たり前が見えてこない。中国の一部に存在する猫食文化を「野蛮」だと非難するのも的外れだろう。スイスの農村でも普通に食ってるみたいだぜ?アルプスの聖少女ハイジやペーターも食べてたかもしれないな。おじいさん?彼は間違いない、顔を見ればわかる。だからといって、それが「ハイジ」のアニメ化を阻止するものにはならないのだ。

だからといって、馬肉を牛肉と偽ることが許されるかって?それとこれとはまた別の話だろう。

Au revoir et à bientôt !
おし~えて、おじいーさん!――なにをだい、ハイジ?――ネコの食べ方をさ!
日本語のニュースサイトでも「馬肉」「偽装」で検索すればヒットする。適宜参照させていただいた。
 

2013年2月6日水曜日

決闘の様式美――プルーストの場合

先日AKB48の峯岸みなみ丸刈り騒動に対するフランスでの反応を紹介した。そのうちの何人かが、彼女の行動を「名誉(あるいは面目)」の観念と結び付けており、中にはそれがフランスでは失われた観念だ、と皮肉たっぷりに述べているのもあった。

それじゃあ君たちは名誉をどんなふうに考えているのか。一つ見てみようじゃないか。

Le Point.fr に"C'est arrivé aujourd'hui" という記事がある。毎日歴史上で起きた同日の出来事を振り返るもので、要はフランス版「今日はなんの日?」だ。

それによると1896年のこの日、若きプルーストがMoudon の森で決闘をした。

相手のJean Lorrain は当時42歳の批評家兼劇作家で、19世紀末フランスデカダンスの代表的人物であったようだ。その筆先は鋭く残酷で、それが因果でこれまでにも何度か決闘沙汰を起こしたことがある。うん、うぬぼれ屋の完璧なステレオタイプだな。

事の発端はこの批評家がプルーストの同性愛について記事の中で言及したことにある。

ジャン・ロランはLe Journal 誌上で、プルーストの最初の小説、『Les plaisirs et les jours / 喜びと日々』をこきおろしている。

その中で彼はプルーストのことを「弱虫」だとか、「希少種」などと揶揄しているわけだが、それが決闘の理由ではない。彼はプルーストの次作にアルフォンス・ドーデーが序文を書いたことに対して、「(ドーデーの)息子のリュシアンのために断れなかったのだろう」と書いている。これは読む人が読めば、プルーストとリュシアン・ドーデーとの同性愛関係の仄めかし、と了解される。

これにプルーストが激怒した。決闘は規定通り二人の介添え人とともに夜明け前に行われた。

ところでなぜ、ロランはそうまでプルーストに突っかかったのか?――最も可能性の高い仮説は、プルーストに対する嫉妬だ。

プルーストは Robert de Montesquiou という紳士から庇護されており、対してロランはといえば、相手にされず、あろうことか軽蔑されていたのだ。そのことに彼は嫉妬していたのだという。

…くだらないぜ。実にしょうもない、どうでもいい話だ。ニュースのタネとしては、先日の丸刈り騒動と同等、あるいはそれ以下の価値しかない。

さて、決闘はおよそ文学的な結末に終わった。二人はお互いにピストルを地面に向けて打ち合うことで同意(!)し、その後プルーストに至っては、仲直りの握手さえしようとしたのだ!

プルーストの傷つけられた名誉とは一体、どこに行ってしまったのだろう?なるほど、確かに誰をも傷つけない解決法だ。だがそれならば、そんなあらかじめ了承された決闘の真似事などして、何の意味があるのだろう?そんなものははた迷惑でしかないだろう。

答えは前回の丸刈り動画と同じことだ。二つの出来事の根底には、「命を懸ける」ふりをすること、パフォーマンスとしての丸刈り(切腹の代替行為?)、決闘がある。はたから見れば愚かしいとしか思えないその行為が、意味記号(=Signe)を共有する社会の中では、立派に命がけの行為として通用する。する側と見る側の共犯関係。

プルーストはこの記号論的行為を生涯誇りにしていた。これが彼の「最も男らしかった」記憶であり、彼の名誉は、この行為によって回復されたのである…。Ha ha ha, なんて素晴らしい名誉観!

Au revoir et à bientôt !
Marcel Proust (à gauche), a provoqué en duel Jean Lorrain.© DR

参照URL:Le Point.fr C'est arrivé aujourd'hui 6 février 1897


2013年2月4日月曜日

そんな名誉は犬の糞みたいに持ち帰れ

コンセプトは「腹を切れるアイドル」。

AKB48の Minami Minegishi / 峯岸みなみ が先日、恋人との一夜をスクープされ、l頭を丸刈りにして謝罪する動画をネットにアップし、話題になった(2/4 付けで削除)。

――って、誰だよそれ!

ごめん、私はまったく知らなかった。ニュースによると、AKB48の最初期から在籍しているメンバーなのだそう。へぇ。テレビを全く見ない私と比較するのもあれだが、一部のコアなファンを除けば、一般の人の反応はそれよりも少しまし、くらいなもんだろう。

自分がまったく知らない・興味のない分野のニュースにぶっ込むのも、このニュースがフランスでも配信され、少なからぬコメントがついていたからだ。やや軽めのニュースサイト、20minutes.fr 2/4 付けでFacebook のいいね!を791と、同ページ上で33のコメントがついている。
参照:20minutes.fr Une popstar japonaise se rase la tête après avoir passé la nuit avec son boyfriend

これは、先日北海道の十勝地方で観測した震度5強の地震に対するコメントが0、安部総理の隣国に対する断固たる姿勢を報じたニュースに対するものが1しかないことに較べれば、いかにフランス人の興味をそそったか、よくわかる数字だ。

報道内容と反応を見ていこう。

「L'acte de contrition ultime. / 悔恨の究極の形」と題し、彼女が丸刈りにした理由を述べている。
AKB48内では恋愛が禁止されており、それに違反したことに対する謝罪として、「誰にも相談せず」頭を剃ったのだという。
「Au pays du seppuku / 切腹の伝統がある国で」、13歳の頃からアイドルとしての活動を始めた彼女が、このような公的な辱めを自ら選んだのにはどのような脅迫観念が存在していたのか。
プロデューサーの秋元康は金曜日、彼女のメンバー降格を言い渡した。これは比較的マシな処置だという。同様の状況において、多くの少女たちがこの冷酷な男によって追放された。

この「吐き気を催す」行為に対する反応として至極当然なのが、「20歳の女の子に恋愛禁止なんてありえない!」というものだ。おそらく、多くの日本人もこれに同意するだろうし、そもそも彼女らが恋愛していようがいまいが、どうでもいいことだ。

あるいは「machisme / 男性優位主義、男尊女卑」の観点から見たコメント。恋愛禁止といった馬鹿げた規則を作った人間の「machisme」が非難している。その一方で、「アイドルは大衆の理想像であるべき存在。男性アイドルであってもそれは一緒」といった、悟ったような意見も見られる。

気になるのはこれを「日本人の国民性」だと解したコメントが少なくなかったことだ。

いや、日本人から見ても異常です。記事自体が「seppuku / 切腹」を引用しミスリーディングを誘っているところもあるが、この行為を日本人の「l'honneur / 名誉」の観念としているコメントも多い。中には、「フランスではこのような名誉の観念は失われて久しい」と嘲笑的ととれるコメントもある。

こんな吐き気を催す名誉の観念が、今も日本に残っているのか?表に出ることは少ないが、やはりあるのだろう。道端で犬の糞を見かけることは少なくなったが、犬が糞をしなくなったわけではないように、日本人の精神性を読み解く上で欠かせない、裏の文脈として生き延びているのだろうか?私にはわからない。
なるほど、日本人にも理解しがたい精神性が、パリの街中至るところに落ちている犬の糞(merde du chien)を踏んづけて、「Merde ! / クソがっ!」と叫ぶフランス人に、理解できるはずもない。

Au revoir et à bientôt !
パリは脱糞天国。
 

2013年2月1日金曜日

自由をドングリと引き換えにして

妻が家を買う気になっている。

確かにそろそろ家を買うのもいいかな、なんて話をした。ネットでいろいろ調べて、あれがいい、これがいいとか言いはした。でもあくまで購入は2,3年後の話であって、今はそのために必要な資金を貯めるのが先決だと思っていた。

――どうやら、私の思い過ごしだったようだ。今やすっかり今年中、いや3ヶ月以内に購入しようという勢いになっており、先日はついに物件を見に行きさえした。この案件はもはや私の手から離れてしまった。もうどうしようもない。私はただ唖然として、成り行きを見守るだけだ。

もっとも個人的には、風雨をしのぐ壁と天井があって、本を収納するだけの十分なスペースがあれば、それ以上はなにも言うつもりはない。投げやりなのではない、精神の自由を保持し続けているだけだ。

人間の居住への執着心には驚くべきものがある。これが古来からのものなのか、といえば居住に関してはそうかもしれないが、定住に関してならNon だ。

『古代文明と気候大変動』の著者、ブライアン・フェイガンによると、人間の生活スタイルは気候に大きく左右されているという。これまで幾度となく大小寒暖様々な気候の波が地球上に押し寄せ、そのたびに人類はその生活形態を改めてきた。

人類が本格的に定住生活を始めたのは前13000年以降、2000年に渡って降雨量が飛躍的に増加した結果である。急速な温暖化に伴い大型動物の多くがこの期間に絶滅した(マンモスなどはその最たる例だ)。代わりに、ドングリやピスタチオといった食用可能な実をつける樹木が勢力を拡大し、人類は安定した食料となるそれらを求めて、森林の近くに居を構えた。

安定した食糧源を得る代償として、人々はそれまで最大の長所だった能力、すなわち環境に合わせて移動する柔軟性や社会の流動性を失った。ドングリを食用とするには、膨大な時間を加工作業に割かねばならなかったのだ。人間はドングリと引き換えに自由を失ったのである。

先日日本の東京で、4000年前の縄文時代の人骨が発見されたとニュースで報じられた。そのニュースの報道の仕方が、あまりに現代東京史上主義であったのには思わず笑った。「およそ4000年前の東京人。縄文時代の骨が見つかったのは都会のど真ん中…」と言ってのけるには、よほどの厚顔さが必要だろう。4000年の昔から、そこには高層ビルが建ち並んでいたようだ。
(引用:テレ朝NEWS 4000年前の生活は?新宿区で縄文時代の人骨発見

ここには今に腰を据えて安住する傲慢さがあるだろう。40万~25万年前まで遡るホモ・サピエンスの進化史や、約7万年前から住んでいたと考えられる日本列島民の存在はここでは考慮されておらず、最大限遡行しても江戸時代からのたかだか400年の歴史を中心に据えた、狭隘な視界しかない。

誰だって生まれる時代や場所を選ぶことはできない。だが大人になれば、どこに視座を置くかは自由だ。その位置すら固定してしまったら、それこそ人間に残された最後の長所すら、自ら放棄することになる。ホモ・サピエンスが最後まで持ち続けてきた心の自由すらも、精神的保守主義と交換してしまうのか?それは、ドングリと交換された移動の自由よりなお悪いだろう。

移動の自由は失ったとしても、考える自由までは手放さない。今に腰を据えて安住せず、どこまでも歩いて見て回る。そうすれば気候の変化も狩の獲物も、ドングリだって見つかるだろう。そんな風に自分の足で頭で考えて見て回る、それが大人になるということだ。

Au revoir et a bientot !
エズの街並み。人類はこんなところにも住むんです
参考文献:『古代文明と気候大変動』ブライアン・フェイガン著 河出文庫 2011年第7版

2012年6月17日日曜日

心構え、門構え

おはようございます。前回からの続きです。

「君が代」において、石と苔は長く続くものの象徴として扱われています。さざれ石から巌になる、その過程自体、そもそも長い年月を包含しているのでもあります。

にもかかわらず、日本の建築様式に目をやってみると、伝統的に「建てかえる」ことを前提に造られているように、素人の私には思われます。

その代表例として、やはり伊勢神宮があげられるでしょう。20年に一度という、決して長くはないスパンで、そのすべてを全く新しく作り直す。そのような伝統が「継続して」古来より受け継がれているのは、他に類を見ないのではないでしょうか。

一方の西欧、「A rolling stone gathers no mosse」の諺に限っていえばイギリス、アメリカですが、そこでは石が様々な建築物に使われているのを目の当たりにするでしょう。

それらの堅固な建物を見ていると、この石、とてもじゃないが転がるような代物には見えない。

そんな堅さを象徴する石を、転がせる頭の柔らかさに、西欧文明の懐の深さを感じる、といっては言い過ぎな気がしますが、とにかく、それでも石の象徴する建物、そこに住む家族、国を捨てて、アメリカに転がっていった人々が、この諺を肯定的に捉えようとするのは、心境として非常によくわかるように思うのです。

二つの文化、箴言を比較して、面白いのは外面的に見られる文化はまさに正反対をなしている点です。継続を唱える日本文化は何度も建て替えが可能な、可塑性に富んだものを作り、一方の西欧文化は、変化を求めながらも、200年を超える歳月に耐え得るほど、堅固で不変なものを建てる、この矛盾。

これを矛盾とはせず、理にかなったものとするためには、もうひとつ別の次元を導入する必要があるでしょう。精神、心構えの次元を。

曰く、日本は技術、伝統を継承することで、可塑性を獲得しており、西欧は異なる思想の積み重ねと変遷をもってして、普遍性を得た、という風に。

まさにこれは各々の「スタイル」の問題でしょうが、これについてはまた、別の機会に。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
変わるとは、変わらないとはどういうことか。

2012年6月13日水曜日

Like a rolling stone

おはようございます。

洋の東西には正反対の諺があって、その違いがすなわち考え方の、ひいては行動の違いといえるでしょう。

私の好きな対立に、「見る前に跳べ」(日本)と「Il faut réfléchir avant d'agir / 行動する前によく考えよ」(フランス)があります。

これを以前にも紹介した(男らしく生きる)不在を追求する心理だと捉えれば、日本人は考えすぎて時機を逸し、フランス人は考えなしに動いてし損じる、というタイプが前提とされていることがわかります。

一方で、この不在追求型の心理の突き詰めた先にあるといえる、理想追求型の格言の比較もあります。

それが今回のテーマ、転がる石です。

A rolling stone gathers no moss. 日本語に訳せば「転がる石に苔はむさない」ですね。

本来、この諺には「落ち着きなく動き回っているものには能力は身につかない」の意味と、「いつも活動的に動き回っている人は持っている能力を錆び付かせることはない」の正反対の意味があります。ここでは、前者の意味で捉えて、話を進めたいと思います。

この語を聞くと、日本国歌の最後の一節、「苔のむすまで」を思い出すのは私だけではないはずです。

この二つの表現を較べると、前者が苔が生えることに否定的であるのに対し、後者が肯定的であることは一目瞭然です。

転がり続ける、変化し続けることで常に新しくいられる、という思想と、同じ場所にとどまり続ける忍耐が、巨大なひとつの塊になる、という発想。どちらが良い悪いの問題でないだけに、なおさら考え方の違いに惹かれます。

さて、あなたはどちらのタイプの石でしょうか?

では、また。
Au revoir, a la prochaine fois!
転がらない石の集積。この話は次回に

2011年10月19日水曜日

集まる、散らばる

おはようございます。

随分久しぶりの更新な気がしますが、いつものように。

「日本は道を基準に町が作られ、ヨーロッパは広場を中心に町ができる」という話を以前どこかで読んだ記憶があります。

日本が道中心の社会であることは言を俟たないと思います。地方都市においては殊にそうで、一本の主要な道路があって、その道沿いにどんどん大型店舗ができて繁栄する一方、その道から外れた商店街などはさびれていく…公共交通機関の発達している都市部以外では例外なく見られる光景、現象でしょう。それが一昔前の政治家が選挙に勝つために道路の敷設を公約に掲げた理由であり、地方都市の驚くほどの画一的風景の要因だと思われます。

一方、ヨーロッパでは、確かに広場というものが大きな中心を占めていると思われます。村、町の構成単位として、広場(と教会)は欠かせない要素なのでしょう。

二つを比較した場合、広場は放射線、あるいは同心円的に、一方の道路は直線がだんだんとその幅を広げていくように拡大していくことになると思われます。

その結果どうなるのか?

道路型では人間が拡散して住み、広場型では集束することにならないでしょうか?

仮にこれが事実だとすると、非常に面白いと思います。なぜなら、可住面積の狭い日本で拡散型の道路社会が成立し、可住面積の広いフランスなどのヨーロッパにおいて集束型の広場社会が発展しているのですから(ヨーロッパと括るとあまりに広すぎるので、フランスのみを考えてます)。

更に一般論に展開すると、人間は、狭いところでは離れたがり、広いところでは集まりたがる性質を持った生き物だということになります。

私の個人的な感覚では理解しやすいのですが、社会というそれぞれ性質の異なる人間の集積が、一個人と同じ感覚を有しているというのは、それもまた不思議な気がします。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
コンコルド広場。人によってはModern Jazz Quartet の同名アルバムの印象が強いかも。

2011年9月30日金曜日

隣の芝生はこんなにも青い!?――反省文

おはようございます。

今日はこれまで自分が書いたものに対する反省を。

このブログは基本的に私がフランスに行って考えたこと、感じたことを中心に書いている(はず)のですが、昨日久しぶりに自分の書いた文章を読み直しました。

で、気にかかることが。
それは、フランスと日本の比較の結果、優劣が付けられてしまっている、あるいはそれを前提に書かれている、ということです。

多くの場合それは、フランスの美点、日本の欠点という構図をとることになっているのですが、それを読んで思わず、「だからなんやねん!」と突っ込みたくなる内容でした。

こんなことを書いたのも、最近デンマークの福祉に関する本を読んでいるのですが、まさに同じ感想を持ったのですよ。理由を考えてみると、

・ あちらの良いところだけを挙げている。それに対してこちらの悪いところだけを挙げている。

・ あちらの悪いところを見ない。対してこちらの良いところを見ない。

・ その中間点(あるいは第三地点)があるはずなのに、それに関して情報がない

・ 改善策が提示されない

とまあ、こんなところでしょうか。

もちろん、問題提起をすることは非常に重要で、問題となっているテーマについて読者に考えさせる、というのは文章を書く上で大きな動機の一つです。

しかしながら、想定される「読者」像がどんなものか?という設問に対する書く側の想像力の欠如が、読者の関心を殺いでしまっています。

自分の住んでいる国や、自分が一生懸命取り組んでいる仕事を軽視するような視座に立った人の言葉に耳を貸す人は、よほどの聖者かマゾヒストでしょう。

要は、「読者を意識して書け」と言いたいわけです。自分自身をそう戒めたわけです。

もう一点、二点間の比較はどうしても視野が狭隘になってしまいますね。これもかなり反省してます。フランスと日本を較べるにしても、その中間点、もしくは第三観測点の必要性を感じます(例えばモロッコ、例えば中国、例えばオーストラリア、例えばベトナム。もっと大きな範囲で言えば、ヨーロッパとアジアに対するアフリカ、オセアニア、アメリカ、などなど)。うん、まだまだ勉強です。

では、また。
Au revoir, a la prochaine fois!
滝に打たれて反省。新神戸駅近くの布引の滝

2011年9月14日水曜日

国民性と美意識

おはようございます。

前回のテーマを引き継いで、今回も日本人の国民性について。

その前に、「国民性」とひとくくりにすることが簡単にできるのか、してしまっていいのか、という思いはあります。

しかしながら、ある程度同一の社会的環境で育った人間が同じような習慣を持つことはごく自然なことと思います。あくまでそれは習慣であって、環境が変われば変わる、後天的なものと言えるでしょう。ですので同じ国内であっても、地域ごとに大きく環境が異なる場合には習慣も変わり、ひいては国民性に違いが出てくることになります。

なにが言いたいか?今の日本社会における(ある程度)共通的な習慣=国民性と呼びたいわけです。

さて、本題。
はじめてフランスに行ったとき、逆に日本を振り返ってみて感じたのが、日本の便利さでした。

とにかくなんでも便利、なんでもやってくれる。フランスにくらべて便利なところを羅列してみると、

・ 地下鉄などの車両が自動で開く
・ どこの駅にもエレベーター、エスカレーターが設置されている
・ 日曜日でもお店が開いている
・ 24時間営業のコンビニがある
・ 空調設備がほぼ完備
・ 安いホテルでも部屋にトイレ・風呂があり、お湯がきちんと出る
などなど・・・。
ようは日本人の国民性として、「利便性」を求めるところがあるんじゃないの?と言いたいわけです。

対してフランスはどうか。一旅行者の視点で見ると、「歴史性」こそフランス人の国民性を表しているのではないでしょうか。

とにかく古い建物を大事にする。パリの街中でもあちこちで年代物の建物を見かけます。というか、新しい建物をほとんど見ない。もちろん外観だけで、中身は現代的、という改装もなされているそうですが、多少の不自由さを我慢してでも、またそちらのほうがお金がかかるとしても、それを望む。その考え方が社会の様々な層まで行き渡っている…。

これは、もはや国民性ではなく、美意識ですよ、と言いたかったのでした。
今回はグダグダでしたが、このへんで。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
古い(?)街並み。これで築何年くらいなんでしょうね

2011年9月12日月曜日

親切な機械、親切な人

おはようございます。

前回は人と人との距離感、それが文化や国籍を明らかにする、という話をしました。今日は特に「他人同士の距離感」について。

日本では他人同士の距離が遠く、フランスでは近い、という話をしました。

そもそも、遠近の考え方が、どこに基準を置くかで変わってくるので、あくまで私個人の意見です。

日本では「他人同士で話す」という機会が非常に少ない。

道で通りすがりの人に煙草の火をもらうとか、知らない土地で道を聞くとか、あるいはレジ係の店員と雑談をするとか、まぁありえないこと。道を聞くのはまだありですが…。

前回挙げた電車でたまたま隣り合った人同士が話をするとか、京都の鴨川で、他人同士がくっついて座るとか、カフェで知らない人と相席して、話が盛り上がるとか…。
いや、私だってそういうことがフランスで頻繁に起こる、といっているわけではなく。ただ可能性としては非常に大きいのは確かです。

じゃあ日本はみんなが他人に無関心で、冷酷で、生きにくい社会なのかと言われたら、うん、そうやねと答えてしまいそうですが、あえていや、そんなことはないと言いたいと思います。他人に無関心であることの利点もありますし・・・。

それを補っているのが日本では機械なんですね。例に挙げるなら、車椅子の人がバスに乗るために、フランスでは乗客が手伝う、日本ではステップを低くする。駅の構内で言えば、階段を他人を集めてかついで登るよりは、エレベーターを設置する。なんでも機械がやってくれる、他人が手伝う機会がなくなる。

どちらがいいか。どうしたいのか。どう生きていくのか。便利さがすべてに優先するこの世の中、今一度考えなおしてもいいのかもしれません。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
ポストが黄色いからって、それがどうした!!

2011年9月7日水曜日

Pourquoi vous me trouvez le japonais? / どうして日本人だとわかるの?

おはようございます。

9月に入って朝夕はだいぶ涼しくなってきました。季節の変わり目は体調を崩しやすいので、気をつけて過ごしてください。

さて、前回のアジア話を引き継いでの今回です。

フランスを旅行していたとき、現地の人に声をかけられたり、話をしたりする機会があるのですが、‘Vous êtes japonais?’ (日本人ですか?)と聞かれることがあります。稀に中国人と間違われる(というより、アジア系の顔の人=chinois と言っているだけなのでしょう)こともありますが、大抵間違われることはありません。

なぜか?

一つには、日本人の観光客が多い、という点があげられると思います。先に挙げたアジア人=中国人の感覚で、アジア人=日本人という等式に当てはめて話しかける、ということもあるでしょう。

日本人に共通の行動原理がある、というのも理由の一つかもしれません。一昔前に海外で流通していたと思われる日本人のステレオタイプと言えば、メガネ+カメラですが、そういった明らかにそれとわかる印でなくとも、ある出来事に対して、日本人がcatégorique な行動をしている可能性はあると思います。これは一つの文化ですね。

私が思うのは「距離感」です。見知らぬ人同士、友人同士、恋人同士の距離、それぞれ国によって違うわけで、それが挨拶の仕方にも表れてきます(逆かな?)。これもまた文化の一種と言えると思います。

私の思うに、日本人は「他人同士ではかなり遠いが、恋人(あるいは友人)同士では非常に近い距離をとる」国民だと思います。これは電車内で顕著だと思いますが、日本ではほぼ確実に二人掛けの座席に一人ずつ座っていきますよね?で、席はたくさん空いてるのに、二人では座れない、といった状態になる。

ではフランス人はどうか?と言われると正直に言ってよくわかりませんが、見知らぬ人同士の距離は確実に日本より近いと思います。特に見知らぬ人同士での会話というものが非常に多い、というより当たり前に交わされている印象です。まぁこれはあくまで旅行者の印象ですから当てになりませんが。

みなさんもぜひ、電車で他に空席があるにも関わらず誰かの隣りに座って、天気の話でもしてみてください。きっと怪訝そうな顔をされること請け合いです。もしかすると、相手が機嫌を損ねることもあるかもしれませんが、そこは自己責任でお願いいたします。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
聖人たちが密着状態。Notre-Dame de Paris にて。

2011年9月4日日曜日

アジアはどこまで広がるか?

おはようございます。

台風の影響で三日ほど雨が降り続いています。みなさんの家は大丈夫でしょうか?我が家では網戸が強風で飛ばされた以外は無事です。

さて、先日サッカーワールドカップの3次予選が行われ、日本は対北朝鮮戦に1-0で勝利しました。

で、いつも気になるのが、サッカー界における「アジア」枠。どう考えても広すぎるでしょ!?

なにしろ、東は日本、韓国から西はサウジアラビア、シリアまで、果てはオセアニアブロックからやって来た南のオーストラリアまで、地球上の1/3くらいの面積はあるんではなかろうかという勢い。アジア広すぎだろ!と、突っ込みどころ満載です。

たかがスポーツのブロック分けにそんな目くじら立てるなよ、と言われればその通りなのですが、ヨーロッパやアフリカなんかはきちんと地理的・文化的にも整合した分け方がされているわけですよ、なんか釈然としない。ヨーロッパ、南北アメリカ、アフリカと分けた後、残りは全部アジア的な、FIFAのアジア軽視の臭いがぷんぷんします。考えすぎでしょうか。

もちろん、サッカーのレベルではヨーロッパ、南アメリカが先進国なわけで、その地域が優遇されるのは、サッカーファンとしては文句はないのだと思います。そのほうがレベルの高い試合がたくさん見られるわけですから。

しかし、ですよ。やっぱりアジア予選でオーストラリアと戦ったり、中東のチームと戦ったりするのは私の感覚としては異和感があるわけです。それは私の「アジア人」という意識に関係あると思います。

どういうことかと言えば、ヨーロッパ、私の場合はフランスに行ったときに、どこまでを「同胞」感覚で見るか、ということです。あくまで個人的な意見であることを断わっておきますが、私の中では東アジア、東南アジアあたりまでの人はなんとなく仲間意識を感じますが、インドあたりではやや微妙で、中東の人々に関してはもはや完全に異国の民といった感じです。イスラム教圏の人々はどうしても遠くに感じてしまいますね。キリスト教・ヨーロッパ文化の日本への流入量に較べると明らかに少ないことも影響しているでしょう。

この「分類する」という行為に関しては、良い点、悪い点をきちんと理解しながらしていくことが大切だと痛感します。特に文化といった扱いのデリケートな問題に関しては特に。ある地域を一つの文化に閉じ込めてしまうと、特長は明らかになるかもしれませんが、マージナルなものが見失われるということが多々見られると思います。

そんなことを考えていたのは、家の本を整理していたからなんです。ジャンルごとにわけるか、著者ごとにわけるか、大きさで分けるか・・・。本の整理は悩みが尽きません。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
民博にて。今一番興味のある地域=オセアニアの帆船

2011年9月2日金曜日

日本 → フランス → アジア・アフリカ → 日本

おはようございます。

昨日から九月に入りましたね。仏検準1級試験まであと2ヶ月半です。今年は二回目の挑戦なので、ぜひ受かりたいです。というか受かります。頑張れ、自分!!

今日は雑談みたいなものです。

六月に二度目のフランス旅行に行きました。ブログの最初のほうでも書きましたが、一度目とは違ったところに目が行きました。前回は興味のなかった、Quai Branly 美術館に行ったのなども、その表れだと思います。

自分の視座の変化が大きいのでしょう。
これまでは、自分でも意識しないうちに、欧米讃歌に近い立場からモノを見ていたと思います。

それが、一昨年、今年とフランスに旅行したことでその視点がフラットになった、あるいはそういった立場が意識されるようになってきた、と。

それによって見えなかった部分が見えてくる、興味の対象が広がる。

特に大きいのが日本を含めたアジアへの興味の広がりです。

最近でも、鶴見良行氏や網野善彦氏の著作などを集中的に読んでいますが、日本をアジアの中に位置づけて読み解く作品が非常に面白い。このあたりの作者の本を読むと、自然アジアの文化にも、翻っては日本の文化にも自然と興味が湧いてきます。

さて、突然ですが問題です。「日本」という国名が決まったのは紀元何年でしょうか?正解は一番下に。

海外で日本人であるということは、そういったことにも興味を持ち、日本人の代表として、他の国の人々に自国の正しい情報を発信していく、ということではないでしょうか。

では、また。
Au revoir, a la prochaine fois!
万博記念公園。この中にある国立民俗学博物館は必見
正解:689年。詳しい話を知りたい方は、網野善彦氏の著作『歴史を考えるヒント』をぜひ。

2011年8月20日土曜日

田舎の5km、都会の10km

おはようございます。

先日、所用で実家に戻っていました。やっぱり田舎でした。

今は合併して市になっていますが、以前は一万人前後の小さな町でした(まぁ、合併して枠組みが変わっただけで、ほとんどなにも変わっていないのですが)。

で、家に帰っても特にすることもないので、自転車でいろんなところを走りまわったのですが、なにしろ、遠い。

同じ5kmでも、田舎と都会では全然感覚が異なるわけです。大体表題くらいの感覚じゃないでしょうか?

まず、周りになにもない。そのせいで目的地までのあいだに目印・中間目標がなく、遠く感じます。
加えて、他に歩いている人・自転車に乗っている人は皆無で、それゆえ「(人の歩く)距離ではない距離」として、認識されるのですからなおさらです。

なにしろ、人の数より車の数のほうが多いですから!

それでも、感覚的に短くなった距離もあって、なにかと言えば、思い出の中の道のりで、小学・中学の頃は非常に遠く感じていた場所に、今ではほんの一息、5分10分で着いてしまいます。ものすごい坂道だと思っていたところが、全然大したことなかったり。

でも、これってたぶん、時間の感覚の変化によるものなのでしょう。

距離が短くなった(もしくは速度が上がった)というより、10分という時間感覚が短くなった、と解釈するほうが自然かもしれません。

子供の頃の時間感覚をもう一度取り戻して日々を過ごせたら・・・などと考えることもありますが、夏休みの終わるこの季節だけは、大人でよかったと思います。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
田舎を走る。目的を持たずに走るならば、遠近の概念は喪失する。