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2013年12月31日火曜日

語学に王道なし

12/26、準一級の試験結果が届いた。結果は 79 / 120 で合格!今回の合格点は67点。合格率は26 %。ってごめん、ガッツポーズはすでに、ネットで結果を知った四日前に済ましてたよね。さすがに四度目の受験ともなれば、喜びよりも安堵のほうが大きい。それでも4度目にしてようやく、十分な実力を持って一次試験を突破したのは紛れもない事実だ。もっと胸を張ろうぜ。

思えば2008年に二級合格してから丸5年が経っている。2009年には難しすぎると一度飛ばして、2010年からは毎年受験。その都度獲得点数は上がるもあと少しのところで合格を逃していた。去年はようやくやってやったと思ったら、試験用紙を捨てられてるし。ね?今回三度目(4回目)の正直で受かってほっとしている。

で、ここで少し自分の勉強法を振り返ってみようかと。今後二次試験、仏検1級を目指す自分自身にとって、あるいはこれから語学の習得を目指す人にとって、反面教師としてでも役に立てれば幸いだ。

ここ2年半、勉強した時間は大体記録をつけていた。 aTimeLogger ってアプリ優秀だよね、ってこれはステマ。その間にフランス語に費やした時間は、去年一昨年でおよそ1200h、今年が600h の計1800h 。あれ、多くね?――うん、どう考えても去年、一昨年の数字が間違ってるとしか思えないんだが。まあ、ここ3年は大体、1年のうち600h をフランス語の学習に費やしていた、と考えてもらえればよろしい。

これが多いか少ないかは別として、その 1800h の内訳を見ると、もちろん細かいのは残ってないんだけれど、ざっとした感じ、原書を読んでいた時間がおよそ 700h、1000h 弱が問題集を解いたり、italki.com に書き込んでた時間。残り100h がRFI なんかのラジオを聴いてた時間になる。

まあ、ぶっちゃけ時間だけかけて内容が薄いよね、って突っ込まれたら返す言葉がない。準一級の試験は1000h もかけるものじゃない、っていう人も多いだろう。でも、事実として私はこんだけかかった、ってことだ。人と比較してもしゃあないってことを学ばなければ、社会人をやりながら勉強を続けていくことなんてできない。他になにを学ぶにしてもね。

これだけやって私の学んだことは次の3つ

・ 原書100万語読んだからってスラスラ読めるようになるわけではない
・ 勉強の成果は問題集を解くのは比較的早く、書いたり読んだりが上達するのは遅い
・ 時間を決めてやるより内容を決めてやったほうが効率がいい

当たり前過ぎる?まあ、仕方ない。これが私が2年半ちゃんと勉強してみて得た結論だ。ただ、一番最初のものについてはちゃんと言っておきたい。世の中には100万語読めば原書が読める!みたいな本があふれているが、そして辞書は使わなくてもいずれ自然に意味がわかってくるなんて書いているが、あれは嘘だと。

平均的な本一冊(200pくらい)でおよそ5万語、20冊で100万語になるのだが、そんなのこの5年間毎年それ以上読んでるよ、といいたい。だからといって読む能力が飛躍的に上昇することはなかった、と断言する。

はっきり言って、原書を読む行為は外国語運用能力を維持こそすれ向上することにはあまり益していない。とりわけ量に重点を置いて、文法や単語の意味をないがしろにして読む場合には。日本語でもそうなのだから、当たり前の話だろう。私だって、難しい本(日本語)は続けて2回読む。でないときちんと意味が掴めないし、内容が頭に残らないからだ。

私なりに語学学習(2級以上のレベルを目指す)の要点をまとめると以下のようになる。

・ 原書・原文は読んで当たり前。でもだからってすぐに上達することはない。過度な期待は×
・ 問題集を数多く、何度もこなすのが一番上達が早い
・ 結局大事なのは辞書を引くこと。どれだけ辞書を使いこなせるかが語学上達の秘訣。原書を読んでてわからない単語があったら辞書を引こう(2級以上のレベルになれば調べる単語もそこまで多くないはず)。それも仏和だけじゃなく、仏仏も使って。できれば2つ以上で調べるのが望ましい。とにかく出てくる単語、表現を全部覚えるつもりでやる。だって、試験範囲はすべてだもの

やばい、むっちゃ普通やん。「語学に王道はなし」を地でいってますな。まぁ、そういうことなんでしょう。私もこれからもコツコツ継続して勉強を続けたいと思います。慌てず、くらべず、あきらめず。コツらしいコツといえば、たぶんこんなところでしょう。

では、みなさんよいお年を。来年もこのブログをどうぞよろしく。

Au revoir et je vous souhaite une bonne et heureuse année !


2013年6月23日日曜日

脱・乱読宣言!

今日もまた、書店でレーモン・クノ―・コレクションの前を通り過ぎた。

20代後半の五年間でようやく、この世のすべての本はおろか、自分が読みたいと思っている本ですら、そのすべてを読むことは不可能だと悟った。

こればかりはどうにもしようがないことだ。本は限りなく、人の一生は短い。20代の頃に較べて、読書に費やす時間もお金も減った。20歳頃には年間300冊近く読んでいたのが、昨年はついにその数が100前後にまで減少した。フランス語の原書を読むようになったことを加味しても、顕著な数字だ。今年も去年と同等か、それを下回るペースになっている。

だが、読む時間が減ったのは遺憾だが、冊数が減るのはそんなに問題だろうか?

もとより30歳を境に乱読は卒業するつもりだった。
そもそもひと月に20冊以上読んでいた頃は、本の内容云々よりも、それを「読んだ」事実が欲しくて、やみくもにページを繰っていたところがある。実際、どれだけ内容を掴んでいたか、はなはだ心もとない。

これからは一冊一冊を楽しむ、大人の読書をするとしよう。

そのためには方法論が必要だ。どれだけ「早く」読むか、ではなく、どれだけ「深く」読むことができるか、その方法が。

一番いいのはやっぱり二度読みだろう。読み終えた本をその足で間を空けず、再度読み直すやり方。以前にも何度かやったことのある方法だが、はっきり言って理解度が格段に違う。正直、一回読んだだけとは雲泥の差だ。小説、人文科学、原書、その他を問わず使える最強の手法である。

この読み方の欠点はやはり、どうしても時間がかかってしまうことだろう。同じ本を二回読むわけだから、二倍とは言わないまでもそれに近い時間がかかる。一日8時間を仕事に拘束されている社会人にとって、時間はなによりも(はっきり言ってお金よりも)貴重な資産だ。

これを解消する画期的な方法はないが、気休めはある。一度読んだだけでは理解できないのだから、一度読むだけの読書は糞だ、と割り切ってしまうこと。もちろんこれは、これまでの読書経験を否定するもろ刃の剣だがそこは、まあしゃあないやん?という思い切りで乗り切るしかない。

もっと実用的な方法としては、読み方を工夫する手もある。小説では使いにくいが、実用書や哲学書では、一度目にさっと目を通し、二度目に読み込むやり方が有効だ。それなら、つまらない本ならば、一度目で止めればいいし、二度目は一度目で大事だと思ったところ、わからなかったところだけ読むことも可能だ。

さあ、本を読む準備はできた。あとはそれをこなす集中力だけだ。もっともこれこそが、歳をとって一番失われてしまう能力なのだけれど。

Au revoir et à bientôt !
神戸の観光地、異人館うろこの家。
 


2013年6月15日土曜日

習慣をなくした今、僕はこんなありさまだ。

いくらなんでも、久しぶりすぎ。

5月は順調に18日まで書いていた。3日に1本のペースは、「月10本」と自分に課したノルマに一致していた。

更新が途絶えるのは突然だった。

理由なんてないさ。ただ書けなくなっただけだ。

今日は6月15日。空白の期間はおよそ一カ月。ブログを再開するためにこれだけの時間を要した。

理由なんてないといいつつも、言い訳めいたことを言わせてもらうと、契機は5月20日から3日間続いた研修にあった。普段のルーティンと異なることをするのには、いつもより余計に活力がいる。そんな余分な活力が、梅雨時の私にあるはずがない。

そもそも一日のノルマを取り戻しにくい日々を送っていることにも要因がある。たとえば、一週間の勉強量。これは1日4時間×7日間=28時間と決めている。これは、休みの日にゆっくりできる一方で、平日の負担が大きいこと、2,3日やらなかった場合のリカバリーが難しい。

人によってはこの時間を、平日2時間、2日の休日には9時間ずつの計28時間にする人もいるだろう。この場合は簡単だ。休日に気張ればいい。平日何日か休もうと、他の日でカバーすることは簡単だ。

2,3日やらなかったら、もうめんどくさくなっちゃうんだよ。投げ出して、投げやりになってしまう。あげく、なにもしない。今回はこの期間が二週間続いた。その後少しずつ以前の習慣に戻ろうという反発力が働き出し、現在はその回復途上にある。それゆえこんな駄文も仕方がない、と思っていただければ幸いだ。

なんにしろ、今日から再開だ。こんなときにいつも思い出す、堀江敏幸氏の言葉を引用して、再びやり直そう。準備はいいかい?オレはできてる。

気持ちよく遊び、いちばん身体にあったリズムで精いっぱいの仕事をする。そういう自由を手にする権利は誰にでもある。しかし一生懸命やったから負けてもいいと試合の前に悟ってしまうのは見当ちがいだし、かといって是が非でも勝たなければと自分を追いつめるのもおこがましい。このふたつの矛盾のあいだでじっと動かずに待つときの気持ちの匙加減はとても難しいのだが、正吉さんの表現をいくらか変形するなら、普段どおりにしていることがいつのまにか向上につながるような心のありよう、ということになる。…変わらないでいたことが結果としてえらく前向きだったと後からわかってくるような暮らしを送るのが難しい…
『いつか王子駅で』(p.155-156)

Au revoir et à bientôt !
 

2013年2月24日日曜日

肉と体

肉体は悲しい。ああ!私はすべての書物を読んだ
――ステファヌ・マラルメ 『潮風』
 

今日はフランス語のお勉強といこう。

上に引用した詩人マラルメの文章、「肉体」にあたる単語は2つほど考えられる。ひとつは一般的によく使われる男性名詞、corps 。もうひとつはあまりなじみのない、女性名詞の chair のという単語。ここでは後者が使われている。上記の文を原文に戻してみると、

La chair est triste, hélas ! et j'ai lu tous les livres.
となる。

それぞれの単語の意味を個別に見ていこう。

chair をロワイヤル仏和中辞典第二版で調べると、次のような意味に当たる。
 
① 肉(体) ② ひき肉 ③ 果肉 ④ 肌(色) ⑤生身

chair の概念を最もよくあらわしているのが、「la chair et les os / 肉と骨」という使い方。つまりchair とは、体から骨を除いた部位のことだといえる。なんとまあ、実にニクニクしい単語だろう。

一方の corps 。これも同辞書で調べてみると、
 
① 物体 ② 身体・肉体 ③ 胴体 ④ 死体 ⑤ 身柄 ⑥ 本体 ⑦ 団体 ...

といった具合だ。
要はこちらの単語はそのまま日本語の「体」に当てはめることができそうだ。その抽象性も含め、実にしっくりとくる対応だろう。

ここからは余談。このchair という単語、どうやら象徴派の詩人たちに好んで使われていたらしく、マラルメと同時代の詩人、ヴェルレーヌも1896年に同名の詩集を出版している。おそらくは、使い古された身体(corps)に対する反逆なのだろう。

一方で、同時代の小説家、アナトール・フランスは、corps を使ってこんな風に書いている。

L'ame [...] est la substance ; le corps, l'apparence.
精神とは本質であり、肉体とはうわっつらのものである。

うーん、なんという肉体と精神の二元論。また、少し下った時代の天才少年、レイモン・ラディゲの長編処女小説のタイトルは、『Le Diable au corps / 肉体の悪魔』だった。ここでも、corps が暗示する精神 esprit âme との対比が生き残っているようだ。

最初に引用したマラルメの文章元は、詩 BRISE MARINE / 潮風 から。逃避を主題にしたこの詩を書いたマラルメ、逃れたかったのは、使い古された「身体」のあり方だったろうか。

Au revoir et à bientôt !
Le chaire / 説教壇。日本で見ることはまずない
 
参考辞書:ロワイヤル仏和中辞典 第二版(旺文社), Wictionnaire
 

2012年8月17日金曜日

アンダードッグの憂鬱

おはようございます。

前回、才能とは二つの時期によってその最低限の輪郭が示されるのではないか、と話しました。

ここにもう一点、付け加えるのなら、その人を取り巻く「環境」がものをいうでしょう。

これはひとつ目の(物事を)始めた時期に深くかかわるものですが、同時にそれ以上の要素でもあるでしょう。

たとえばここに一人の子供がサッカー少年になることを夢見ていたとして、その目標を実現するためになにより必要なことは「実現するまで続ける」ことなのは言うまでもないわけで、要はどうすれば継続できるか、であって、それを支援してくれる親なのか、良い指導者はいるか、サッカーに興味を持ち続けられる状況か、これらの要素がすべて環境要因だといえます。

さて、ここまで読んでいただいた方にはお分かりいただけるかと思いますが、私は基本的に生まれ持っての才能、というやつをほとんど信じていません。

その一方で、その人の自由意思の外で決まっていることが、その人の人生に大きな影響を及ぼすことは大いに認めています。

では、決定論者であるか、といえばそうではない。

要はこの二回にわたって書いてきたことは、それを持ち得なかったものの僻みにすぎないのですよ。自分の意志でなにかをやろうと思い立ち、実際にやってみるのだけれど、「あの人にはとてもかなわない」という人たちがなんとたくさんいることか。

でもやるしかない。やらなきゃ舞台に上がった意味がない。いや、もしかすると同じ舞台上で語ることがおこがましく、そもそもスタート地点に立ってすらいないのかもしれないけれど、それでも自分の意志で続けることだけが、アンダードッグの矜持であり、また憂鬱なのでしょう。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
アンダードッグ?カピバラだよ!


2012年5月23日水曜日

仏検準一級考察 ③

おはようございます。

仏検にせよ、他の試験にせよ、試験を受けるひとつのポイントとして、「合格点を取るため(合格する)に勉強するのか」あるいは「自分の実力を確かめるために試験を受けるのか」を自分の中で明確にしておくことが必要だと思います。

前者の勉強が必要なのは、「その資格を取得すれば、その資格を活かした仕事ができる」ような状況。一度資格を取得し、仕事をしてみないとわからないことも多いですから、その資格を取れば新しい道が開ける状況であれば、試験に受かる事を目標に勉強するのは間違っていません。

後者の勉強は、「その資格を取ったからといって、すぐに仕事に繋げられるわけではないが、有用である」というような場合です。TOEICや仏検など、語学の勉強は基本的にこれに当たるでしょう。この場合は、受かるために勉強するのは少し、本分から離れているでしょう。多く語学を勉強する人にとって、大切なのは試験に受かること、ではなくその言葉を使えるようになる、ことでしょうから。

さて、両者の違いを明確にしたうえで、あえてそれに反したことを言わせてもらうと、試験に合格することで、モチベーションが維持できる+成功体験が得られるわけです。これは語学の勉強という、先のない勉強を続けるものとしては、非常に大きいことと言えます。そんなわけで、今回は仏検準一級で80点を取る戦略、を考えたいと思います。

仏検で一番勉強するのが難しいのが、「前置詞」でしょう。というか、これまで一度も前置詞をまともに解説している参考書にであったことがない。5問で配点も5点と決して高くなく、普通に考えた場合、捨て分野といえます。

一方で、名詞化と動詞の活用が各10点、これがどれだけとれるかが、合格の分かれ道だと思います。

前回に書いた配点をもう一度おさらいしてみると、①名詞化 10点、②多義語 5点、③前置詞 5点、④ 動詞 10点、でここまでが30点になります。筆記は80点満点ですから、残り50点が読み取り、仏文和訳となります。

書きとり・聞きとりのリスニング問題が40点満点中7割(28点)を取るとしたら、筆記で必要な点数は最低で52点。これをどのようにとるかが問題になります。

後半の読み取りでできるだけ点を取りたいのですが、やっぱり満点は難しい。というかほぼ不可能でしょう。頑張って40点取ったとしても、残り12点を前半部30点満点で取らなければならない。前置詞は今のところ有効な勉強法がないので、0点の可能性もある。となると、「前半部は配点が低いから勉強しないでいいや」と考えてると、ほぼ確実に落ちるわけですね。

要は、まだ時間のある今なら、「試験に受かる勉強」をするのでなく、「自分の実力をつける勉強」をすべきだ、ということですね。

今回はひどい文章でした。読み返してみて、なんだこれ?と思いましたが、あえてスルーで。次回からまた普段通りのブログになる、はずです。

では、また。
Au revoir, a la prochaine fois!
どんな道も一歩一歩。それが一番近道です。

2012年5月17日木曜日

仏検準一級考察 ②

おはようございます。

さて、前回の続きで今回も仏検対策の勉強法を。前回2級の話ばかりだったので、今回こそ準一級の話をしますよ。

まず、準一級の問題構成から。

①名詞化、②多義語、③前置詞、④動詞、⑤長文(文章完成)、⑥長文(内容一致)、⑦長文(日本語要約)、⑧和文仏訳、となっています。配点は筆記が80点、書きとり・聞き取りが40点の計120点となっています。ちなみに、去年の合格ラインは71点、得点率59%となっています。
(合格点は大体60~70%といわれますが、おそらく準一級に関しては、80点(=66.7%)とればまず落ちることはないでしょう)

さて、基本的には前半 = 語彙に関する問題、後半 = 長文読解の構成は変わりません。大きな変化といえば⑦の要約と⑧の和文仏訳でしょう。

ここでも大切なのは語彙に関する正確な知識になります。要は、如何に単語を多く、正確に知っているか、という、実に当たり前なことです。これがないと、前半で点を落とすのはもちろんのこと、長文の読み間違いで大きな点を落とすことになりかねない。

特に準一級から出題される⑦の要約は想像以上に難しい。

まず配点が15点と高く、ここを落とすとかなり厳しい。最低でも3問中2問、10点は確実に取りたいところです。そのためには出題された長文を正確に読み、日本語に訳す(これが重要)ことが必要となります。

この要約、という作業が中々難しいんですよね。辞書で調べて、ひとつのフランス語をひとつの日本語と結び付けていると、変な日本語、意味が上手く通じない文章になることが多々あります。常日頃から仏語和訳を意識付けすることが大切といえます。

もうひとつ、⑧の和文仏訳。これも配点が14点もあります。これも普段からフランス語で書く練習をしていないとできない問題です。これに関しては、「とにかくフランス語で書く!」という作業を継続して続けるしかありません。そうすることで、自分の得意な表現ができ、また知らない表現を意識して使うことで、幅を広げることができます。

⑦、⑧の対策を簡単にまとめると、「仏文和訳」と「和文仏訳」を日常的に行うことが大切、ということになります。まったく新鮮味のない答えですが、語学に関しては地道にやる以外に上達の手段はないと思います。特に、一級合格を目指す人のように、ただ通じるだけでなく、使い分けることを目指すのならなおさらです。なんかだらだら書きましたが、次回も仏検対策をもう少し書きたいと思います。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
なんか良い写真ですね。好きだ。

2012年5月15日火曜日

仏検準一級考察

おはようございます。

前回仏検に向けての勉強をはじめたと書きました。準一級は今年が三度目の受験、流石に失敗は許されません。なわけで、自分なりの対策、勉強法をここにまとめておきたいと思います。半年後に読み直してみて、「全然やってないやん!」となるか、「こんなやり方じゃあかんわ!」となるか、はたまた「さすが自分!完璧!」となるのかは、神のみぞ知る / Dieu seule le sait. ところです。

実は昨日、仏検2級の問題(模擬問題)を解き直してみました。結果は7~8割といったところ。これまで準二級、二級と続けて合格ラインぎりぎりで受かったので、今ようやく自信を持って、二級程度の実力がついている、ということが言えるでしょう。今二級を10回受験すれば、10回受かる、はず、です。

それでも、逆に言えば8割しかとれないのは何故か、ということです。

2級は①前置詞、②語彙、③動詞、とあって、④~⑦は会話、長文読解問題という構成です。この筆記が68点満点で残り32点が書きとり、聞き取り、となります。書きとり・聞き取りは基本的に簡単なので、25/32は堅い。となると、筆記で45/68とるのが最低ライン、ということになります。

④~⑦は配点も計40点と高く、ここで取りこぼしをするとかなり厳しい。というわけで読解に力を入れる、というのは戦略として間違っていません。実際私も2級合格時はそのような対策で挑みました。

しかし、2級の試験を準一級に繋げようと思うなら、①~③の勉強がかかせない。

今回2級の問題を解き直してみて、①~③で躓いたことといったら、甚だしい。これらは言ってしまえば、「どれだけ単語を広く、深く理解しているか」 という問題です。読解と異なり、文の中にヒントはなく、「知らなければ答えられない」 問題ばかりです。
わからない表現がでたら、それでおしまい、白か黒か、二つに一つです。

時間対効果としてはこのあたりを勉強するのは割に合わない。しかし、準一級、ひいては一級を目指すなら避けては通れないところです。

試験直前になって慌てて勉強をするのなら、読解に特化した勉強をするのが望ましい。しかし、時間に余裕があるのなら、語彙・表現のストックを増やすことが結局遠回りに見えて一番の近道だと思います。ではどうやってそのストックを増やしていくか?次回はそのあたりを話したいと思います。今回準一級についてまったく書いていないですし…。

では、また。
Au revoir, a la prochaine fois!

2012年5月11日金曜日

挫折に気付かないほどの緩やかさ

おはようございます。

仏検準一級試験まであと半年、本格的に試験勉強を始めました。
半年前とはいえ、決して早すぎる、とうことはなくむしろ、遅いくらいだとさえいえるでしょう。

といっても、これまで勉強を、していなかったかというとそんなことはなく、主に「書く」ことを中心として、読んだり翻訳したりしていたわけです。

そうした、どちらかといえば趣味の、比重が大きい学習方法から、明らかに試験に向けた、嫌々やる勉強にシフトする。もっともこれは正確ではなく、趣味の学習を土台として、試験勉強の時間を上に積み上げる、といった次第。

すべては焦りの産物です。

4年――仏検2級に合格してからそれだけの歳月が経ちました。4年ですよ、4年!その間、一年目は受かるはずがないのでパスして、2年目3年目は不合格。そして今年です。

もう一度言いますが、4年です。大学に行っていれば卒業できる月日です。その間私は、といえばフランス語に関してまるで成長していない。焦りもするでしょう。これではあまりに情けないではないですか。

もちろん仕事はしているわけで、その勉強も並行して行っていたのですが、言い訳にすぎません。

今この時点から振り返ってみると、自分は非常に密度の薄い勉強をしてきたな、と。それこそ、挫折したことに気付かないで済む程度の緩やかさで。

だからこそ続けてこれた、というのもまた真理です。しかし、それではそもそもの目的を見失っている。続けるために学んでいる、のではなく、身につけるために学んでいる、はずなのですから。

これから一年、来年の六月にある一級試験を見据えた勉強を続けて、来年に、フランス語の勉強はこれで一区切り、といえるようにしたいと思います。

では、また。
Au revoir, a la prochaine fois!

2012年5月6日日曜日

限られた時間で無限の知識を

おはようございます。

今年は仕事では認知症ケア専門士の資格に挑戦しようと思っています。現在勉強している限りでは、介護福祉士よりも範囲が狭く、専門性も低い、感じです。要はいらん資格ですね。もっともできて間もないので、今後に期待、といったところでしょう。私もこんなことを言っておいて落ちたりしないよう、しっかり勉強します。

さて器用貧乏な私、ですが裏を返せば好奇心旺盛、とも言えるわけで、予定していた目標が思ったより近くにあると、また別の目標を設定したくなる。

それとともに、最近の自分に関して思うところがあります。それが、新しい知識に対する意欲に乏しいこと。
今やっていることすべて、このブログにしても、フランス語にしても、認知症ケア専門士にしても、いずれも自分の中にあるものでなんとかなる(なってしまう)ものばかりです。

インプットに対してアウトプットの側に偏り過ぎているんですね。

これも歳のせい、にしてしまえば簡単です。確かに年齢と経験を得るにつれ、良くも悪くも あるものでなんとかする 技術が磨かれ、ぴたりと合うものを探索することがおろそかになってきたように感じます。

その最たる例が仏作文で、自分の言いたいことに合致する文法、表現が見つからなくても、手持ちの表現で済ますことが非常に多い。もちろん良いことでもあるのですが、反面表現の、言いかえれば自分の幅は、広がらない。

だからといって、むやみやたらと学ぼうとするのも考えものです。殊に自分の選んだ、分野に微妙に重なる範囲を学ぶ際には注意が必要です。必要なことをやっていると思って気がついたら本筋から全く逸れてしまっている、なんてことはよくある話です。

これ以上やることを増やしてみても、器用貧乏はおろか、なにもかもが中途半端に終わってしまうことは目に見えてますから。
新しい知識に対する欲は見せはじめると尽きませんが、時は有限、しっかりと自分のヴィジョンを、見据えて無駄をそぎ落として、いかねばなりませんね。

ま、人生なんてそのそぎ落とされた断片にすぎず、またそうであることに矜持と、満足を覚えればいいと思わない、でもないのですが。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
おいしいコーヒーの淹れ方。本筋はおろか傍系ですらない。

2011年12月27日火曜日

ほんに申し訳ねぇ・・・

おはようございます。そしてお久しぶりです。

二週間以上もブログの更新をさぼってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです。気持ちだけは焼き土下座をしています。気持ちだけは。特にシュペルヴィエルの翻訳を楽しみにしていてくれた友達、ほんに申し訳ない。

こんなにも更新に間があいてしまったのには理由がありまして、最近 italki.com というサイトを見つけてしまったのが原因です。
このサイト、いわゆるSNSなのですが、特筆する点として、『語学学習者のための』ということがあげられます。
要は、様々な外国の言語を学びたいと思っている人が集まっているわけです。

で、なにができるかというと、facebook のように現実の友達を探すというよりは、「目的が合致している相手を友達にする」ことができます。
例えば、私のようにフランス語を学びたいと思っている人は、日本語を学びたいと思っているフランス語話者を探すわけですね。これが意外とたくさんいるのです(実にアニメや漫画の影響は大きいと最近痛感させられています)。その人たちとコンタクトをとり、友達になれば、あとは普通の友達のようにチャットするもよし、メールするもよし、Skype を使って会話するもよし、といったところです。

あるいは、自分が書いた文章を見て直してもらう。私はこれを一番使っています。というか、最近ブログに書くネタをフランス語でこっちのサイトに書いてしまってます。
もちろん全員がプロの教師というわけではないので(教師の人もいて、その人たちはお金を取って教えています)、その添削が完璧とはいかないでしょうが、これまでほとんど独学で勉強してきた私のような人間には願ってもない勉強場所です。以前に書いた独学の限界もこれで乗り越えられる気がしてきました。

と、ここまで書いて気付いたのですが、このブログで仏検の結果報告をしてませんでしたね。結果は、駄目でした!!4点足りなかった。でも去年に比べると格段の進歩です。今回はあと少し運があれば、という感じでしたが、来年は満点くらいとってやろうと思ってます。気持ちだけは。

なんか italki のまわし者みたいなブログになってしまいましたが、今回はこのあたりで。これからもこのブログは続けていきます。あと、途中になっていたシュペルヴィエルの翻訳もブログには挙げていないものの、自分では続けているので、また挙げていきたいと思います。とりあえず12月中にきりのいいところまでやって、あとは良い詩に出会ったとき、あるいは気が向いたときにブログにのせていきたいと思います。

今回は実に中身のない投稿でした。本当に申し訳ない。次回までに必ずジャンピング土下座のイロハを習得しておきたいと思います。

では、また。
Au revoir, a la prochaine fois!
神戸ルミナリエに行ってきたんです。

2011年11月22日火曜日

終わったー!!で、結果は?

おはようございます。

仏検準1級試験受けてきました。
結果から先に言うと、うーん、微妙な感じ。
自己採点したところ、70点前後。合格点がどのくらいになるのかちょっとわかりませんが、たぶん70点前後でしょう。要は試験前と同じ、五分五分ということです。

一番ショックだったのは、試験の最中は手ごたえあったと思い、今回は受かったなと半ば確信していたのですが、採点してみると全然できていなかったこと。一体なんでそんなにできたと思ってたんでしょうね?

しかし、勉強した成果はほとんどなかったですね。前回は筆記試験 33/66 だったんですが、今回は
34/66 。つまり1点しか上がってないわけです。勉強のほとんどの時間をそこに費やしたにも関わらず。まぁ、他の部分で前回よりとれたので、総合では前回より15点くらい上がってるんですけど。

自己採点した直後はもう勉強するの止めようかなと思いましたが、翌日問題を解き直してみて、これが今の自分の実力と思い直しました。とにかく頑張るしかない!というわけで、今後もフランス語の勉強は続けていきたいと思います。それにまだ、合格不合格もわからないわけですしね。

ただ、独学はそろそろ限界かなという気もしています。特に前置詞の使い方と仏作文は専門の先生に付かないとどうしようもない。こればっかりはどんなに一人で頑張っても、できることには限りがあるなという感じです。

じゃあどっか学校に行くの?というと、今のところまだ未定です。時間とお金の都合がつくか、自分のこれからの人生の目標など、そのあたりの兼ね合いでしょうか。

これからは、フランス語の勉強を中心にしながらも、本を読んだり、仕事の勉強をしたり、仏語原書を読んだり、もちろんこのブログを更新したりしたいと思います。これからは以前と同じくらいの頻度で更新したいと思ってます。なかなかやりたいことがたくさんです。

では、また。
Au revoir, a la prochaine fois!
家の近くの川。神戸は公園がたくさんあっていいですね。

2011年11月19日土曜日

試験前日――準備OK!?

おはようございます。

いよいよ仏検の準一級一次試験が明日に迫りました。

去年は完全に力不足で、10回受けても10回とも落ちるだろう実力でしたが、今年はいける気がします。たぶん、10回受けたら半分以上は受かるんではなかろうか、と思ってるのです。

今年の途中から自分に課した目標は、試験までに500時間の勉強でした。

これをなんとか今日達成しました!それで今このブログを書いてる次第です。

半年間、自分でもなかなか勉強したな、と思います。というか、仕事しながらこれ以上の勉強はきついなぁという感じ。できなくはないけど、続かない。他にもやりたいこと、やらなきゃいけないことがたくさんあるので、一か月100時間弱が今後も続けていく上で目安となるペースでしょうか。明日の試験、受かったにしろ駄目だったにしろ、仏検一級に合格するまではこのペースを維持したいものです。

さて、明日の試験、やることはやった!はず。なので、後はほんの少しの運を味方につけて、頑張ってきます。結果はまたこのブログ上で報告したいと思います。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
Chartres の大聖堂。ファサードは修復工事中。残念

2011年10月6日木曜日

近況報告 10月

おはようございます。

今日は個人的な話、近況報告を。

・ 仏検準一級の試験まであと50日を切りました。

・ 新しい職場が決まりました。今月12日初出勤です。

そんなわけなので、ブログの更新頻度が遅くなるかもしれません。逆に早くなっていたら、現実逃避をしている状態です。


さて、せっかくなので私が仏検対策で行っている勉強法を書こうと思います。

今やっている問題集は全部で4冊。以下に挙げると、

① 仏検準一級公式問題集(2009年度版) / 財団法人フランス語教育振興協会

② 仏検合格のための傾向と対策(準一級) / エディションフランセーズ

③ 仏文和訳の実際 / 大修館書店

④ 日常フランス語会話 ネイティブ表現 / 語研

+文法、表現などの参考書や辞書3,4冊を参照しながら、やっている感じです。①と④は既に4,5回やってるのですが、③が難しくてなかなか進まない。②はこの前買いました。
① と ② で仏検特有の問題対策を、③ では日本語 → フランス語訳の勉強を、④ で一般に良く使われる表現の丸暗記+聞き取り対策、といったところ。①は2011年度版を買えよ、というとこなんですが、解説があまり詳しくない+問題数が少ないので悩みどころ。②が同じような内容で問題数も多いので、これを残り1カ月とちょっと、やり込むつもりです。

課題はやっぱり、「単語力」ですね。こればっかりは時間をかけて覚えていくしかない。この地道な作業をやるかやらないか、一つの単語を知っているか知らないかが明暗をわけるんです。

あと基礎はめちゃくちゃ大事だな、とここまできて改めて感じます。全ては文法に則っているわけです。その文法をきちんとやってれば、文章の構成も良くわかって誤訳も減るし、自分で表現するのも容易になる。今やり直してます。

はい、だらだらした文章でした。すいませんでした。次回からまたいつも通りの予定です。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
勉強に疲れたら、フランス関連本を読んでテンションを挙げる。モチベーションの維持は大事なのです。

2011年8月16日火曜日

ブレイクスルー!! / 外国語習得法(3)

おはようございます。

さて、「人は加算的にでなく、乗算的に成長する」という話を前回にしました。具体的にどういうことか、というのを今日は考えたいと思います。

人は、何かを新しく始めるときには、 の状態から始まります。
努力を続けることで、それが になります。

では、そのまま続けていくとどうなるか?

加算的に成長するのならば、3,4,5 … となっていくはずですが、
実際には、乗算的に成長するので、4,8,16 … と、飛躍的に上手くなっていくんですね。

これはつまり、
「ブレイクスルーするたびに以前の倍上手くなる」
ということです(さすがにこれはちょっと過ぎる気がしますが)。

これは、他人を仰ぎ見ている状態の人にとっては非常に勇気付けられる話ではないでしょうか。

例えば、自分が今8の地点にいるとします。
で、128の地点にいる人を見て、これはかなわない、と思う。差は120もあって埋めるには膨大な時間と努力が(=120回のブレイクスルーが)必要だ、と考える。

しかし実際は、乗算的に成長するのですから、

→ 16 → 32 → 64 → 128

と、4回のブレイクスルーで追いつけるんです。これなら頑張れる気がしませんか?
そう、遠くに見える目標も、続けていれば意外と早く到達できるんです。

ちょっとやる気が出たでしょうか?

あ、ブレイクスルーの方法?そんなものがあるなら私も知りたいです。

では、また。
Au revoir, a la prochaine fois!
加速度的に進化するなにか。これはケバブ。うん、全然関係ないよね。

2011年8月15日月曜日

ブレイクスルー / 外国語習得法(2)

おはようございます。

前回に引き続き、外国語習得法のお話です。

これは外国語の勉強に限らない事ですが、「壁にぶつかる」経験は誰にでもあると思います。

「やってもやっても上手くならない」「他の人はもうあんなに先に行っているのに…」と考えて焦り、自分のやり方に自身がなくなり、ついには諦めて投げ出してしまった、という苦い経験もあるでしょう。

でも、やり続けた経験のある人なら、「ここを乗り越えればまた新しい境地が開ける」ということも知っていると思います。

ここで大事になってくるのは、やはり「続ける」ことです。自分のやり方が間違っているかな、もっと良い方法があるんじゃないかな、と試行錯誤しながらも、結局は続ける事がすべてです。

でも、それが難しい。

続けるためにはモチベーション(動機)が必要なのですが、壁にぶつかっているときは、その動機そのものに疑いをかけてしまう時期でもあるわけで、続けるためのエネルギーをどこから捻出するか、というのがこの場合最大の問題であるでしょう。

そこで、少しやる気になる情報を。

最近、脳の海馬を専門的に研究している池谷裕二さんの本を集中的に読んでいたのですが、印象に残ったのが、
「脳(人)は加法(足し算)的ではなく、乗法(掛け算)的に成長する」
というものです。

どういうことか、というのを次回お話したいと思います。

では、また。
Au revoir, a la prochaine fois!
続けているのではないけど、続いていることのすごさ。Paris の Saint- Sulpice 教会。

2011年8月14日日曜日

昔の人は偉かった!? / 外国語習得法

おはようございます。

今週はいろいろと大変だったので更新が遅れてしまいました。
今もぜんぜん片付いてはいませんが、少し余裕ができたので更新したいと思います。

さて、表題のお話です。

そんなものがあるなら私も知りたい、と言うのが正直なころです。

現在仏検準1級の試験に向けて勉強中なのですが、やっぱり実感するのが、

1.時間をかけてやること(近道はない)

2.口を動かす、手を動かす

3.継続する

この三つがすべてということですね。全く新鮮味のない答えで申しわけない…。

さて、今回は二番目の「口を動かす、手を動かす」といことについて話をしたいと思いますが、
「ホムンクルス」というものをご存知でしょうか?

これは人間の脳でどの部位がよく使われているか、その度合いに応じて体の部位を拡大・縮小したものです。

逆に言えばこの図で大きく表されている部位を使えば、それだけ活発に脳が働く、ということでもあります。
見てもらえれば一目瞭然ですが、人間にとって指先と口(舌)を使うことが如何に大事か、ということがわかります。

音読・書き写すといった昔ながらのやり方の有用性がよくわかりますね。

では、また。
Au revoir, a la prochaine fois!