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2014年10月18日土曜日

稲葉のいた日本ハム、谷のいなかったオリックス。

秋の風が吹くと、今年のプロ野球シーズンも終わりだなぁ、と感じさせられます。

残る4チームで熱戦が繰り広げられているCSファイナルステージ、その一方で惜しくも「あと一歩」が届かず、一足先にシーズンを終えたオリックス。

少し時間が空いた今だからこそ、CS1stステージ最終戦を振り返ってみたいと思います。

本当に紙一重の差で日本ハムに敗れたわけですが、敗因はなにか。一素人ファンが勝敗を分けたポイントを、勝手に批評していきます。

1.第一戦で松葉&中山を僅差ビハインドで試せなかったこと
延長10回、イニング跨ぎの平野が打たれ敗戦したわけですが、たとえそこを乗りきったとして、11、12回はどうしたのか?比嘉が2イニング?森脇監督の信頼度からして、一番現実的な判断だと思います。
その一方で、もとより少ない左の中継ぎを、一度も試さなかった(第一戦、中山は1/3投げてますが)ことが、「信頼度の高い選手から逐次投入」せざるを得ず、結果として追い込まれていった要因ではないかと。ファイナルを見据えた場合でも、敗れた一戦目にこれができなかったことは大きいと思います。

2.稲葉がいた日本ハム、谷のいなかったオリックス
ここぞの場面で出せる代打の切り札がいた日ハムと、それがなく、ほぼスタメンのみで戦わざるを得なかったバファローズ。この差が日ハムは6回表1死1,3塁の場面。大引への代打稲葉がコールされ、5回裏1死満塁でこのシリーズ、決して調子が良くない安達に対し、代打谷を出せなかったバファローズとなってしまいました。

3.チームの勝負勘のなさ
シーズンを通して、これがついて回りました。「ここぞ」の場面で打てない打線、打たれてはいけない場面で打たれる投手陣、絶対負けられない試合に負けるチーム…。セ・リーグを制した巨人が、個々の力は十分に発揮できずとも、絶対に負けられない試合はすべて拾っていたのとは対照的でした(その巨人も、CSファイナルは崖っぷちに追い込まれていますが)。

まぁこれらのことを糧に、来年はもっと長い期間オリックス・バファローズの応援をさせていただきたいと思います。

Au revoir et à bientôt !



2014年10月14日火曜日

オリックス・バファローズの2014年が終わった。

2014年のオリックス・バファローズの戦いが終わりました。

シーズン最初に見せた快進撃から、終盤のホークスとの激闘(譲り合い)まで、長く楽しい一年も今日で終わりです。

最後は延長10回、回跨ぎの平野佳が中田にソロホームランを打たれて終戦。今年のオリックスを象徴する、2-1の接戦を落としたゲームでした。

今年は8回観戦に行き、4勝4敗。決して好成績ではありませんでしたが、十分に楽しい試合を見せてもらいました。

シーズンもクライマックスシリーズも、あと一歩、最後の一押しが足りなかった今年のチーム。今から来年のことを話すのは早計でしょう。

とりあえず、オリックス・バファローズに関わっているすべての方々、一年間お疲れ様でした。

Au revoir et a bientot !
CS第一戦。エース金子千尋が先発も、3-6で敗れる


2014年8月10日日曜日

書かれなかった過去を振り返ろう 5/16 ――ほっともっとフィールドに行こう!

※ お客様はファウルボール等がお体に当たらない様常時ご注意ください。お子様連れのお客様は特にご注意下さい。

岸田投手、2014年最後の先発登板も、はかなく散る。
初回を0点に抑えるも、その後テンポよく失点を重ね、5回で3,4失点して降板。打線も昨年と同様の反発力のなさで、なすすべもなく敗れた試合。まるで、4/9の対ロッテ2回戦のようだった。この日も先発は岸田。この日までの私の観戦成績は0勝3敗と、散々なことになっていた。

この日を境に岸田は中継ぎに配置転換、主に僅差ビハインドの試合で好投を見せてくれている。以降今日まで一度も先発として投げていない。

あ、ごめん、よくよく考えたらこれ、5/1 の試合ですわ。5/16はエース金子が先発し、首位を争うソフトバンクに完勝した試合。OSAKA CLASSIC と題して、両チームが近鉄と南海のユニフォームを着て試合をしたんだった。Tシャツを貰ったので良く覚えている。

そんなわけで、「書かれなかった過去を振り返ろう」シリーズ、通称KKKシリーズは3回目にして早くも当初決めた約束事を破ったわけだが、それも記憶の成せるワザと、諦めるのが容易だろう。オレはなんも悪くねぇ!

話を野球に戻そう。
よく、「どうしてオリックスがすきなの?」と聞かれるが、およそ求められる答えに行き着いたことがない。たぶん、「~選手が好きだから」とか、「友達(あるいは父や兄弟)がファンだったから」とかいった答えが求められているのだろう。

残念ながら期待にはこたえられない。いつもそうなのだ。自分にとっては当たり前の考えが、多くの人には異常に映る。それゆえについた嘘が、より自らの立場を危うくする…。人は因果、理由を探す。たとえそれが荒唐無稽なものに見えても、「理由なく」ファンになったとのたまう男に比べると、危険ではない。ある日突然、「よし、オリックスを応援しよう」と思ったなんて、誰に言ってもバカにされる。

だから誰にでも通用する理由を探そう。後付けだとかそうじゃないとか、そんなことは問題じゃない。「どうしてオリックス?」と、半笑いで聞いてくる阪神ファンの目を見てこう答えよう、「オリックスの、寄せ集め集団なところが好きなんです」と。

プロ野球の世界でもてはやされる「生え抜き」という思想に、これほど染まっていない(しかし無縁ではない)チームも珍しい。強くなるために、血の入れ替えを積極的に行う。成績を残せない選手はどんどんと首になる。だが、セ・リーグの金満球団のように、金でかき集めようにもお金も、人気もない。オリックスに来たがる一流選手など、聞いたことがない。

結局、チームにはあぶれ者ばかりが集まる。能力はあるが契約交渉でもめたもの、結果を残しながら生え抜き主義に押し出され、チームを追われたもの、そもそもチャンスが与えられず、戦力外になったもの、はたまた誰かの「おまけ」として、複数トレードでやってきたもの…。そもそも、チームの成立過程からして、近鉄とオリックスとの歪な合併という、誰も得しない経緯がある。

そんなオリックス・バファローズが私は好きだ。どの選手にもなんらかの因縁があり、物語性がある。選手も監督も、果ては球団までも、みんなよそ者。どちらを向いても敵敵敵…。いや、そもそも敵としてすら認められていないかもしれない。

そんなチームが今年は大正義、ソフトバンクホークスと首位争いを繰り広げている。8/9 現在、首位と4ゲーム差の2位につけている。去年は平均10000人くらいだった観客数が、今年は20000人を超えている。実に二倍。関西の阪神人気を苦々しく思っている人が、こんなにもいるんだぜ。

頑張れ、オリックス・バファローズ。男なら、ドカンとぶつかり星となれ。どんな結末になろうと、その散りざま、とくと見届けてやろう。

Au revoir, et à bientôt !

2014年4月10日木曜日

プロ野球顧客満足度調査 2014

オリックス・バファローズの8連勝をかけた試合を見てきました。結果は3-6 で敗戦。プロ野球は年間144試合。いつかは負けるものだから、そう落ち込むこともないでしょう。まぁ、一言言わせてもらうなら――岸田、投球テンポ悪すぎぃ!

明けて今日、面白いニュースをネットで見つけたので紹介を。

慶大理工学部の鈴木秀男教授が今季開幕に合わせて、「プロ野球のサービスに関する満足度調査」なるものを発表した。なんでもこの調査、2009年から毎年行われているらしい。

当然のようにオリックスは最下位を獲得。総合満足度からチーム成績、チーム・選手、球場、ファンサービス・地域貢献、ユニホーム・ロゴ、応援ロイヤルティー、観戦ロイヤルティーと計7項目あり、いずれの値においても、オリックスは下位を低迷した。もちろん、毎年10~12位を死守し続けている。

「顧客がなにを求めているか」を知るのはどんな業界でも大切なことであり、この調査も有用だと思う。個人的には「経験価値」なる概念が非常に面白く、ためになった。

ただ、この調査に関して言わせてもらうなら、結局のところ「強いチームが高い数値を出す」という、当たり前の結論に行き着いてしまっているように思う。だって、パ・リーグは公式ホームページを全チームで統一してるのに、オリックスの満足度がほかに比べて低いってどうよ?

もちろん、強いだけでは駄目なようだ。巨人はセ・リーグを連覇したが、それでも満足度は5位にとどまった。ここには「毎年日本一になってほしい」「人気すぎてチケットが出に入らない」といった、強くて人気があるが故の不満も散見される。あるいは、この項目でいえば「応援ロイヤルティー、観戦ロイヤルティー」といった項目を高めることで、たとえ順位が低くても、満足しやすい環境づくりができるようだ(広島など)。

やはり満足度を向上させる最大の要因は、勝利だ。かつて落合元監督が語ったように、「勝つことが最大のファンサービス」といえる。

というわけで今のところ好調なオリックスも、今後も勝ち続けることで、ファンの数が増えていくのではないだろうか。もっとも、7連勝中にもかかわらず、昨日の観客数は12653人に過ぎなかったのだけど。

ちなみに、上記の調査でオリックスが1位を獲得した項目は、「チケットの手に入りやすさ」でした。

Au revoir et a bientot !

2014年3月4日火曜日

球春到来!

観客数4502人、先発の西は3回を4失点といまひとつの内容、打線も4回以降は淡々と凡退を繰り返し、3-5で敗戦。オリックス・バファローズは本拠地開幕戦をなんともいえない試合で破れた。

個人的にもなんともいえない観戦内容だった。バスが遅れ、1回の攻防を見逃すわ、京セラドームの空調があまり効いておらず、観客数も相まって寒々しい雰囲気だわ、せっかくネット裏に座ったのに、後ろの客がアホ丸出し5人組だわ、4回の肝心の得点シーンは席を離れていて見れないわ…。

良かったこと。ドラフト1,2コンビの吉田と東明の投球が見られたこと、T-岡田が変わらず好調を保っているようだったこと、安達の二盗、三盗が見られたこと、相手チームとはいえ、ブランコのホームランが見られたこと。

そんなわけで、今年はオリックス・バファローズの応援に足繁く通います。観戦記をこのブログでやるのは、場違いな感じが甚だしいので、あまりに書きたいことが溜まったら、別のブログを立ち上げるかもしれません(可能性0.1% )。

文芸批評家蓮見重彦に『スポーツ批評宣言 あるいは運動の擁護』という一冊があるが、もしかするとそのノリでこのブログに書くのが、一番面白いかもしれん。

というわけで、今日はここまで。今後もこのブログは、世界のマイナー文学をこよなく愛する管理人がお送りいたします。

Au revoir et a bientot !
先発は西。今日の出来はイマイチ


2014年1月13日月曜日

『マネー・ボール』片手に球場入り

「流行りモノだから」読まない、聞かないって態度は、自分の関心と流行を作り出すメインストリームとの距離がしっかり掴めている限りにおいて、役に立つ。

人生の限られた時間のなかで、自分の好きなものを追うだけでも十分でないのだから、まずは「捨てる」ことが優先される。大多数のものを切り捨てた後に初めて、自分が関心のある分野にどっぷりと浸かり、なにを読むか吟味する。正しい判断だ。

ときに自分の関心の先が流行りモノに向いていることがあるだろう。そんなときはよく考えてみたほうがいい。「流行りモノだから」といって、無差別に切り捨ててしまうのはおろかだ。それではその分野の最良のものを見落とすことにもなりかねない。流行はときに、その分野の最良のものだけを取り出し、持ち上げることがある。

まあ、そんなことを考えながらってわけじゃないんだけど、先日ようやく『マネー・ボール』を読んだ。やばいね、面白いわこれ。(著者:マイケル・ルイス)

日本のプロ野球およびそのファンのあいだでもようやく、マネーボール理論ひいてはセイバーメトリクスが重要視されるようになってきている。偉そうに書いている私も、そもそもそんなデータがあることすら、ごく最近まで知らなかった。これは、セイバーを球団経営に先駆的に取り入れた、、2000年代前半のオークランド・アスレチックスの快進撃の物語だ。

アスレチックスのGM(ゼネラル・マネージャー)に就任した元メジャーリーガーのビリー・ビーンは、「どうしたら少ない投資額でたくさん勝つことができるか(=大きな見返りが得られるか)?」と考えた。

多くの人間が抱くこの疑問に、ビリー・ビーンはこれまで重要視されてこなかった数字にスポットを当てることで解決しようとする。多くの球団が選手獲得の目安としていた打率や打点、盗塁数といった数字に着目する代わりに、出塁率や長打率といった、これまでおざなりにされていた数字の重要性を見出し、結果としてこれまで正当な評価を得られていなかった選手たちを格安で獲得し、チームの勝利に結び付けていく。その発想の根本には、野球を「27のアウトを取られるまでにどれだけ得点できるか競うスポーツ」と定義付けられる明晰さがある。

ここまでが『マネー・ボール』の内容。原書は2003年に出版されており、それから10年が過ぎた現在、状況はまた変化している。
たとえば出塁率重視の傾向。この考え方の有用性が明らかになった今、出塁率の高い選手は以前ほど格安で取ることはできなくなった。それはつまり、金満球団と同じ土俵で争うことに等しい。それでは、勝てない。そんなわけで現在のアスレチックスはこの本ではあまり肯定されていない盗塁やバントも使っていく戦い方にシフトしていっている。マネーボールはまだ進化の途中にある。

もうひとつ、本書でも触れられているが未解決な問題がある。守備や走塁がセイバーメトリクスではあまりに軽視されている。明らかにここには議論の余地がある。結局のところアスレチックスがポストシーズンで勝てていないのは、そこに要因があるとも考えられるのではないか。

なんにしろこれは実に刺激的な本だ。「最良のビジネス書」と評した書評もあるくらい、他の分野でも役に立つ。もっともその評価は転じてみれば、「ビジネス書なんておしなべてクソだ」って言っているようなものなのだけれど。まあ、それには私も全面的に賛成だ。

Au revoir et a bientot !

2014年1月6日月曜日

野球フランスリーグ、今年の参加チームを発表

先月、野球フランスリーグの Classement Elite、サッカーで言うところの1部リーグに参加する8チームが発表された。

Chartres-French Cubs, Rouen-Huskies, Senart-Templiers, Beaucaire-Chevaliers, Paris UC, Savigny sur Orge-Lions, MVC-Barracudas, Toulouse-Tigers, 以上の8チームで2014年のチャンピオンシップは争われる。

各チームの名前は前半部分が地名、後半部がチーム名になっていて、それぞれカタカナに直すと、

シャルトル・フレンチカブス
ルーアン・ハスキース
セナール・テンプリエ
ボウケール・シュヴァリエ
パリ・大学クラブ
サヴィニー・ライオンズ
モンペリエ・バラクーダ
トゥルーズ・タイガース

となる。

で、FFBS(Federation Francaise de Baseball et Softball / フランス野球&ソフトボール連盟) の公式ホームページを見たんだけど、やる気なさすぎ!

まず参加しているチームの情報がどこにあるか、全然わからないし、ようやく見つけても情報そのものが少なすぎる。誰が所属しているのか、去年の成績がどんなものなのか、ぱっと見れないってのはいかんでしょ。

ちなみに2013年の結果を見ようと思えば、FFBSのホームページ→Championnats Baseball Division 1 → CNSB Archives-Championnats 2013 → Calendrier,resultats と経由すれば見ることができる。ね、簡単でしょ?

4割打者が誕生していたり、ホームランが1本も出ていなかったり、突っ込みどころは満載だが、ひとつのスポーツがある地域に根ざしていく、その過程を体験しているようで実に楽しい。

週に1度、一年で28試合しかなかったり、チームの本拠地もほとんどが人口10万前後の地方都市だったりと、まだまだ発展途上のフランス野球だが、もともと潜在的にスポーツ好きな国民性。サッカーやロードレースばかりが取り沙汰されるが、ラグビーもようやく根付いてきた。野球がフランス人の気質に合わないと誰が言い切れるだろう?今後の展開に注目だ。

Au revoir et a bientot !
私は今年もオリックス・バファローズを応援しています。
参照URL: FFBS 公式サイト

2013年8月18日日曜日

プロ野球とファン心理

また今日もプロ野球?――まぁ、そう言うなよ。明日からちゃんとやるさ。

6月末に初めて京セラドームに野球観戦に行って以来、すっかりオリックス・バファローズのファンだ。

なぜオリックスかって?近いからさ。

地理的な距離だけでない。神戸に越してきて2年、四国の田舎町に生まれた私にとって、ホームタウンのチームってのは憧れの対象だ。

兵庫には阪神タイガースがあるやん、って違うんですよ。確かに京セラドームに行くより甲子園のほうが近い。でもあれは、神戸のチームじゃない。たとえ地元神戸っこのほとんどが、オリックスブルーウェーブが神戸にあった当時から阪神ファンだという事実を前にしても、私の確信は揺らがない。チームカラーといい、球団を取り巻く環境といい、オリックスが神戸のホームチームなのだ。近鉄バファローズと合併して、大阪がホームタウンだと球団自身が明言していても。

それにしても人はなぜ、プロ野球ファンになるのだろう。アイドル、サッカー選手、もしかすると作家・・・。ある特定の個人のファンになるというのとは、なにか別のものがあるのではないか。

あるチームを応援するとき、人は見返りを求める。チームの勝利を求める。オリックスファンになって以降、さまざまなブログを読んできた。いろんな人が監督の戦術や選手起用を批判する。だが、無意味だ。どれだけ考えても、妙案があっても、それが採用されることはない。球団はファンはチームの一員だというけれど、君の提案は聞こえない。それってむなしくないかい?

そんな感情を超越したところに、ファン心理は存在するのだろうか。あるいはなんともならないこのもどかしさを愉しんでいるのがファンと呼べる存在なのか。オリックス・バファローズの応援を始めて僅か二ヶ月の私には到底知る由もない。

おそらくファン心理とは、必然と偶然、確率と直感が入り混じる混沌とした野球場の中でも、もっとも理解しがたい要素のひとつだろう。

ファン心理は混沌とした数多の素材から成る、スタジアムの外壁である。

Au revoir et a bientot !
次から文学の話。パリのカフェ2009年撮影

2013年8月13日火曜日

VOD とテレビの未来

今日から二回続けてプロ野球の話。

今月から「パリーグTV」なるサイトに有料登録して、毎日のように野球を見ている。

月額1500円(ファンクラブに加入していれば980円 / 月)で、パリーグ主催の試合を全部、ライブで見ることができる。それもテレビじゃなく、パソコン、スマホで。値段面でも「テレビではなくパソコンで
という部分でも、まさにどんぴしゃなサービスだ(我が家には10年来テレビがない)。

このサービスを利用して実感したのは、運営側が利用者がなにを望んでいるか、をきちんと把握してるな、一番大事な部分がわかってるな、と感じた。2013年に行われた試合すべてが、ハイライトやヒーローインタビューだけでなく、試合の最初から最後まで見ることができるってのは、野球ファンにとって最高だろう。贔屓チームかどうかを気にしなければ、一日中野球を見て過ごすことも可能だ。試合結果がわかっている分、ドキドキは半減するが、ライブで見れないことも多い不規則労働者のこともよく考えられている。

その流れで先日、「光TV」とやらも試してみようと思い立った。が、これが全くよろしくない。
まず料金プランが分かりにくい。どのプランでどの番組が見れるのか、ぱっと見でわからないし、そもそもパソコンで全部見れるのかすら、はっきりとしない。なるほど、調べればわかるんだろうさ。でもね、新規顧客ってのは正直そこまでしてみたいと思ってないんだぜ。
という
地上波がクソ番組ばかり垂れ流している現在、有料会員になって、自分の見たいものだけを見る、そんな視聴者が増えているのは間違いない。初めはとても浸透しそうになかったスカパーの定着率を見るにつけ思う。当然企業もしのぎを削る。すでにそこはブルーオーシャンではない。導入までの簡易さと、テーマの明瞭さが新規顧客の獲得のためには必要不可欠だ。

パリーグTVはその二つを兼ね備えている。メールアドレスとパスワード、それにクレジットカード番号だけで登録できる簡便さ、パリーグ主催試合すべて放送(他の試合はチラリとも見えない)という明快さ。

当然欠点もある。セリーグの試合が全く見れないってのは、相当致命的だ。正直セリーグファンにとって、パリーグTVに加入するメリットはゼロだ。プロ野球の黄金時代が終わりを告げた現在に、いくらかファンの数は増えているとはいえ巨人、阪神のいるセリーグに較べれば未だ人気の低いパリーグに限定する勇気、というか蛮勇。文学における「海外文学」ジャンルなみのニッチ市場だぜ。

時代がニッチを求めているのは確かで、それも随分昔から求めていた。経済の分野ではニッチ市場がとやかく言われて久しいはずだが、ようやく大衆のニーズや経済理論に合わせた企業が雨後のタケノコのように生まれて来ているのかもしれない。

これは良い兆候だろうか。少なくとも、フランス語×海外文学×福祉×オリックスバファローズ なんてブログを書いている私のような隙間人間にとっては朗報だろう。大事なのは選択と集中だよ、諸君。

Au revoir et à bientôt !
パリーグTVのまわしものではないので。悪しからず

2013年7月23日火曜日

お前らはエコロジストを名乗ればいい

インターネットには様々な側面がある。世界中の情報をリアルタイムで知ることができるのもひとつ。2013年ツール・ド・フランスでなんの波乱もなく、クリス・フルームが優勝なんてつまらない記事も、レース終了直後に手に入る。いろんな人の意見を読むことができるのもひとつ。たとえ匿名の仮面をかぶっているとしても、ほとんどの意見が感情まかせに吐き出されたクソみたいなものだとしても。それでもきちんと時間をかけさえすれば良い意見も見つかるし、自分では思いもよらなかった新たな側面から、物事に光を当ててくれることさえある。声の大きさは大小あれど、画一性からはまだ逃れている。

で、気づくんだ。「マスコミってのも案外大したことないな」って。

ニュースを提供する媒体としての存在価値は未だ持ち続けているにせよ、オピニオンを発信する存在としては、もはや死に体だ。新聞やテレビで彼らの呟く言葉を聞くたび、むしろ発せられなかった言葉の大きさにたじろいでしまう。誰もがわかりきっている意見をしたり顔で語る表情の裏側に隠された、数々のタブー。もうタブーしかないじゃん、ってみんなが好き勝手言ってるネット上からふと戻って見るとそう思う。

で、なんの話がしたいかって?そら、自転車よ。

ここ1,2年の自転車をめぐるマスコミの言説は凄まじい。そのほとんどが自転車を批判する体のものである。いわく、自転車事故が急増している、マナーが悪い、放置自転車が多い、あげく景観を損なっている、歩行者にとっても車の側からしてもあぶない…などなど。

正直、マナーの悪い自転車が多いのは事実だ。私だって何度か無灯火で逆走してくるチャリンコに命を奪われそうになったし、歩道を我が物顔で走ってきてはベルを鳴らされたこともある。

でも考えてみてほしい。そんな状況を作ったのはどこのどいつだ?交通ルールを子供のころから叩きこまなかったのは?自転車の走る道がどこにもないのは?自転車道があってもその上に車が駐車してるのは?駐輪しようにも駐輪場がないのは?全部自転車乗りが悪いのか?なんでその事実を報道しないのか?頭悪いのか?バカなのか?権力の犬なのか?

結局その全部なんだろう。自転車よりも明らかに死亡事故の多く、車線をひとつ潰して停車して、景観をはるかに損なっている車について、なんにも言わないのは。

自動車産業の声は大きく、自転車のそれは小さい。世界中でシマノのコンポーネントが使われていようと、この事実は変わらない。これからも当分、自動車は日本の主要な輸出製品であり続け、ガソリン、もしくは電気を使うのにエコだと言い続け、定期的な買い替えを迫るだろう。その一方で自転車は、乗る人の汗と筋力だけで動く魔法の乗り物、否ケンタウロスの下半身は、地球環境にも人間の文明にも優しくない、野蛮な乗り物として、反社会性の権化として白眼視され続けるのだろう。

この状況がすぐに変わることはないだろう。なら草の根で活動してやろう。生育してアスファルトをも突き破る雑草を見習って、チャリンコ乗りがペダルを踏んで地球を回そう。

それに、彼らの言うことにも一理ある。マナーは各々で意識して改善すべきことだし、ママチャリは確かにダサい。街中で一台一万円もしない中国製のママチャリがずらっと並んだ様は確かに醜悪だ。まずはここからだ。

さあみんな、GIOS に乗ろうぜ。

Au revoir et à bientôt !
My GIOS 今年で6年目。総走行距離約20,000km
 

2013年7月18日木曜日

紳士協定とドーピング 【後編】


「汚い」選手と「きれいな」選手が混淆することを嫌う唯一の理由、それは「公平性に欠ける」ということだろう。ドーピングという「汚い」手を使って超人的な記録をたたき出す選手と、「清廉潔白な」選手が争うのは不平等だという風潮。一見説得力を持つように見えるが、実のところ全くそうではない。

なぜなら、スポーツほど不平等なものはないからだ。

考えてみてほしい。一人の選手が一流の選手になるために必要なものの数々を。生まれもっての才能であり、それを伸ばしてくれる指導者であり、よき理解者であり、設備を含めた環境であり、生まれた時代であり、惜しみない努力であり…その多くは一個人の力ではほとんどどうしようもないものであり、換言してしまえば運である。ツールが100周年を迎えるにもかかわらず、未だただ一人の日本人も区間優勝すら成し得ていない現実を見てほしい。オリンピック100m決勝で、黒人を破って金メダルを取ったアジア人はいない。

人間の問題ばかりではない。技術の発展とともに、道具の進歩も顕著になる。ひとつの道具の開発が、記録の歪さを作ることになる。ここ2年の日本プロ野球界の統一球問題もそれだろうし、そもそもプロ野球においては、球場の広さの変化が、野球そのものを変えたところもある。陸上競技において、シューズの革新が記録にもたらした影響は大きいだろうし、競泳ではあまりに記録の出る水着の使用が禁止になったこともあった。

この観点からドーピング問題を再考すると、改めてドーピングが悪とされる理由がわからなくなる。やや極言に過ぎるとはいえ、それは人類の技術の発展がもたらした恩恵ともいえるからだ。その恩恵にあずかれる人とそうでない人がいるから不平等だという論理は、優れたシューズをはける選手とはけない選手がいる不平等と同じであり、正当性を持たない。

健康面からの考察もしてみよう。ドーピング問題を語るにあたって、この側面からの非難は以外に少ない。これにはスポーツの根底にある「一生懸命さ」が、健康と無縁であるからだろう。それにスポーツ界で未だ幅を利かせている根性論もこれに反対する。「命を削ってでもトップになりたい」といった言葉の響きの良さを考えればわかるだろう。たとえそれによって命を落とすことになろうとも、一位になれるのならば惜しくない、と考える人間が出るのは、現在のスポーツをめぐる言論と風潮を考えれば当然のことだ。

もはやドーピングを非難することのできる明白な論拠は存在しない。今後、ドーピングを正当に非難し、禁止するためには、過度なトレーニングの禁止(+トレーニング量の統一)や、人種ごとにわけて競技を行うことが必要になるだろう。健康のためのスポーツと、公明正大な競技の行き着く果ては、およそ興行・娯楽性のない味気ないものとなるだろう。

結局、ドーピングをめぐる非難の根源にあるのは、観衆やファンの「格好悪い」と感じる気分の問題だ。ドーピングをして自分の贔屓の選手やチームが勝ったとしても嬉しくないという気持ちが、ドーピング禁止の風潮を生み出す。たとえそれが「ドーピング=悪」の予め刷り込まれた公式から生み出されたトートロジーであろうとも。「気分」こそ、反・ドーピング運動を正当化する唯一の論拠なのだ。

なにもその気分は観客だけのものではない。選手たちもその気分を共有していることは、時代をともにしていることからして当然のことだといえる。ならばドーピングをした選手はつまはじきにする選手間のルールが、ドーピングの撲滅に繋がるだろう。それは「落車が発生したときにアタックしてはいけない」という、ロードレースの紳士協定と同様、暗黙の了解としてのみ存在すべきだろう。そして裁くのは常に競技に身を投じている当事者で、外部の人間が関与すべきことではない。唯一彼らだけがその競技に己の人生を賭しているのだから。自らの命の重さは、自分で量るべきだ。

Au revoir et a bientot !

2013年7月17日水曜日

紳士協定とドーピング 【前編】

クリス・フレームが順調だ。

記念すべき第100回ツール・ド・フランスの主役は間違いなくこの男。「白いケニア人」は第16ステージ終了時点で総合2位のモレッマとは4分14秒差、3位コンタドールとは4分25秒差。個人TTにも強いことを考えれば、すでにマイヨ・ジョーヌにチェック・メイトといったところ。順調すぎてつまらないくらいだ。

こうも圧倒的だと周囲も当然のごとく騒がしくなる。もはやロードレース界では消えることのない「ドーピング疑惑」だ。強い選手が出てくるたび、この話題が蒸し返される。シロだクロだと騒ぎ立て、肝心のレースはおざなりになってしまう。一般レベルにはドーピングの話題しか入ってこず、あげく過去の名選手までがクロとされ、人気は落ち込む一方だ。

先日は陸上100mの元世界選手権王者タイソン・ゲイと元世界記録保持者のアサファ・パウエル両選手が、ドーピング検査で陽性反応が出た、と報道された。日本でもスポーツニュースとしてでなく、時事問題として取り上げられていた。

ここでひとつ問題提起をさせてほしい。ドーピングのなにが悪いの?と。

この問いに答えるのは案外難しい。巷では「ドーピング=悪」の公式だけは流布しているが、それを突き詰める姿勢は皆無だ。マスメディアは「悪いものは悪い」のトートロジーで済ませようとする、この姿勢こそが最悪だ。「問題だ、問題だ」と騒ぎ立てるばかりで、なにが問題なのかについては決して触れない。
ここはひとつ自分なりにドーピングについて考えめぐらせることが必要だろう。

ドーピングを叩く言質には主に2つの傾向が存在する。一つは健康面、もう一つは倫理面。前者は簡単で誰にでもわかりやすい。「ドーピングは体に悪い」から禁止すべきだ、という論旨であり、タバコは体に悪いからやめるべき、というのと同じ類いだ。

一方、倫理的な側面はより複雑だ。倫理的である以上、そこに善悪の概念が付きまとうのだが、「ドーピング=悪」の公式がアプリオリなものとして仮定されており、「なぜドーピングが悪いのか?」という問いにそのまま、この公式が返されてしまう。少し掘り下げて善悪の基準を探ってみると、それが実に曖昧で恣意的なものであることい気づかされる。加えてそれは時代によって変化するものでもある(例えばロードレース界では昔、変速機の使用は禁じられていた)。

もう少しだけ掘り下げてみよう。ドーピングにまつわる言葉を探っていくと、しばしば「汚い」「汚れた」といった形容詞に出会う。そうなると反論として「身の潔白を証明する」を必要がでてくる。つまりレース上に「きれいな」選手と「汚い」選手が混じっていて、それが問題だ、ということだ。

なんとなく、いろんな競技の黎明期に頻出した「黒人と一緒にするのは嫌だ」という人種差別的言質に向かいそうだが、今回はそれには触れないでおく。しかし、おそらく根はその近くにある。

【後編】に続く
Au revoir et a bientot !
記事に関係のない画像でもとりあえず貼っておけという風潮。


2013年7月12日金曜日

les Blues 15年前を懐かしむ

あれからもう15年が経つのか。

1998年7月12日、サッカーフランス代表(愛称 les Blues )は世界の頂点に立った。
スタッド・ド・フランスで前回大会優勝のブラジルと対戦したレ・ブルーは、この大会で英雄になったジネディーヌ・ジダンの前半2ゴールもあって、3-0 で勝利。自国開催のワールドカップで、見事初優勝を飾った。

日本代表はこれがはじめてのワールドカップ出場。アルゼンチン、クロアチア、ジャマイカとのグループリーグで一勝もできずに敗退。それでも決して悲観的にならなかったのは、当時はワールドカップで勝つ以前に、出場権の獲得そのものが快挙だったからに他ならない。

ちなみに、当時の日本代表のFIFAランキングは22位。同年2月には歴代最高の9位を記録している。最新のランキングで37位であることを考えれば、異例の高さだ。もちろんこれには理由があって、当時のFIFAランキングは、対戦相手に関係なく勝てば3点、引き分け1点だった。要はとにかく試合数をこなせば(とりわけ弱小国と対戦して勝利し続ければ)順位が上がる、実際の実力を反映したとは到底言い難いものだった(それでも、当時一位はブラジルだったのだけれど)。

正直、当時はまったくサッカーに興味がなかった。

高校生だった私を熱狂させていたのは、38年ぶりの優勝に向けて驀進している横浜ベイスターズであり、マシンガン打線であり、その中核を担った鈴木 尚典とロバート・ローズの3,4番コンビだった。世界はまだ狭く、未踏の地に溢れており、フランスは名前しか知らない異国で、金星と同じような位置づけだった。私の世界文学彷徨はまだはじまったばかりで、カフカの『変身』に端を発した読書熱は、ドストエフスキーやトルストイによって何度もかき消されそうになりながらも、惰性のごとく続いていた。

サッカーフランス代表に話を戻そう。
自国開催のワールドカップで優勝した後、les Blues は黄金期を迎える。2000年のユーロでも勢いそのままに優勝すると、好調を維持し2002年の日韓合同ワールドカップでは、ブラジルを押しのけ、優勝の大本命に挙げられた。

しかし、その大会で一勝もできないどころか一点もとれないままにグループリーグ敗退を喫すると、歯車が狂いだす。緩やかな、しかし確実な衰退がはじまろうとしていた。2004年のユーロでは、準々決勝でギリシャの前に敗退。2006年W杯では、一度引退表明をしたジダンを呼び戻すなどして、準優勝の好成績を収めるが、その決勝の舞台では永遠に語り継がれるであろう、ジダンの頭突き事件が起きてしまった。2008年のユーロ、2010年のWカップと続けてグループリーグで敗退する。2004年以降、10年で7億ユーロ以上を投じ、現在黄金期を築いているドイツとは対照的だ。

とはいえ、結局は選手の力がものをいう。1998年当時、フランス代表のスタメンに名を連ねていたのは、所属クラブでも圧倒的な実力を持つ選手ばかりだった。バルデズ、ブラン、アンリ、トレゼゲ、テュラム、ジダン…。
今は違う。ベンゼマはレアル・マドリーで確固たる地位を築いたとは言えず、ナスリはマンチェスター・シティで時折試合に出るだけだ。グルキュフに至っては、ここ2年のあいだまともな働きを見せていない。唯一満足なパフォーマンスを見せているのは、リベリだけだ。これでは勝てるはずがない。

フランス代表がふたたび輝きを取り戻す日は来るのか?そして日本代表がワールドカップで優勝する日が来るのか?――そんなことには大して興味がない。今語るべきなのは、ナショナリズムとスポーツの異常なまでの癒着だろう。それも、堅いメディアが語るのではなく、スポーツメディアが正面切って取り上げる、そんな時代がくるだろうか?私にはそっちのほうが大切だ。

Au revoir et à bientôt !
Number とかが特集を組むとか。

2013年7月10日水曜日

居酒屋プロ野球

プロ野球は、祭りだ。

退屈な日常に一点の非日常を。そんな紋切り型の表現を持ち出してしまうほど、プロ野球はカーニバルしていた。

6/29 (土)14:00~ のオリックス×楽天9回戦。内容は正直凡戦だったが、「プロ野球とはなにか?」を知るには十分だった。だってこれが、人生初のプロ野球観戦だったから。

バファローベル、最高やん。

いや、そうじゃないだろう。現代社会におけるプロ野球の立ち位置をどこに求めるか?バフチンのカーニバル論を借りてきて語ろうか?――一言でいえばそれは、価値倒錯の場である。階級的差異の消失とそれに伴うカオス、充満する放埓さであり、日常の不満のはけ口としての祭りであり、革命のさ中断行された王の斬首である――なんて。

たしかに、いくらかはそんな要素もある。年収400万のサラリーマンが、年俸4億のプロ野球選手を野次るリアル。これが拝金主義の現代における、実にうまくパッケージ化された価値倒錯の仕組みでなくてなんだろう?

もちろん実際に価値を転覆させるつもりはない。野次る観客の誰ひとり、4億の責任を背負ってバッターボックスに立つ気概はない。反対の立場を引き受けるのはつまるところ、ギロチンの下に自らの首を差し出す覚悟を持つことだ。それが可能なのはフィクションの中でだけ、現実の革命はいつも、少しばかり重すぎる。

言ってしまえばここは居酒屋みたいなものだ。ちょっとした入場料と引き換えに得られるカタルシス。ビール片手に選手をディスるその姿は、「今度上司にガツンといってやりますよ」と管を巻くのと同じくらい空疎だ。今度っていつよ?――未来永劫来ない時空間に置き去りにされた一点のことさ。

だから苦い現実から目をそむけて、ありもしない幻想に身を任せるのだってアリだ。隣に座った女の子がチラチラこちらを見る視線を感じて、「この子もしかしてオレに気があるんじゃね?」なんてバカなことを考えられるのは、思春期の男子とほろ酔い加減のオッサンにだけ与えられた特権だ。彼女の見ているのはたぶん、異常に繁茂した君の耳毛か、全開になった股間のファスナーだ。

そうだ、性的な放埓さも、ここでは少しだけ許される。まったくそんなつもりのない女の子に向けられる、真摯なアプローチ合戦。打球の行方には見向きもせずに、ビールの売り子のケツを追っかけるオッサンたちの視線は、彼女が通り過ぎた後に交わり、火花散る。球場で消費されるビールの8割が、男たちの泡のような期待で溢れ出す。7回の表裏で放たれるジェット風船は、バファローベルを孕ませんと狙う幾百万の精子の直喩だ。

職業野球を横目に繰り広げられる男たちの不毛な争い。諸君、これがプロ野球だ…。


Au revoir et a bientot !
6/29 京セラドームにて
参照:オリックスバファローズ公式ホームページ

2013年7月2日火曜日

ホット・チョコでドーピング!? UCI に相談だ !!

煙突掃除夫がツール総合優勝者になるなんて、今後二度とないだろう。

どんな分野でも黎明期はべらぼうに面白い。そもそもどんなふうに楽しむか、ルールすらまともに決まっていない中で、みんなが思い思いのことをする。やがて様々なものが整備され、淘汰されて、不都合は排除され、プロとアマチュアは分離し、再び混じり合うことはない。

6月29日。記念すべき100回目のツール・ド・フランスがコルシカ島をスタート地点に開催された。21世紀の現在まで、幾度の中断を経ながら脈々と続いてきた物語にも、始まりはある。これはそんなツール創成期の物語だ。

1903年7月1日。パリ郊外の町、モンジュロン / Montgeron にあるカフェ Au Reveil Matin の前のスタート地点に、60人の選手が並んでいた。6ステージで総走行距離2428km を数える、実に過酷な挑戦が始まろうとしていた。

パリ(近郊) - リヨン間を結ぶ467km(!) の第一ステージを制したのは、当時32歳の煙突掃除夫、モーリス・ガラン/ Maurice Garin だった。2位に55分もの大差をつけ、17時間45分をかけて走り抜けた彼はそのまま、7月19日には記念すべき第一回のツール総合優勝者となった。栄光のマイヨ・ジョーヌを着ることはできなかったけれど(採用は1919年から)、賞金6,075F (現在の価値で約54,000€ = 約¥7,020,000) を獲得し、歴史に名を刻んだ。

平地がメインだったとはいえ、変速機もブレーキもない重さ14kg の自転車で、2500km 近くの距離を平均時速 25.6km/h で走り切ったところをみるに、ただの煙突掃除夫でなかったのは間違いない。それは、他の選手たちが気付け薬に赤ワインや安ブランデーを飲んでいたのを横目に、好物だからという理由だけで、ホット・チョコを飲んでいたというエピソードからも推し量れる。

過酷さでいえば、今よりもはるかにすごかったろう。1ステージの平均走行距離は400kmを超し、ときに道端で寝ることを余儀なくされた。日当を出してまでかき集めた79名の参加予定者のうち、当日スタート地点に現れたのは60人にすぎず、ゴールラインを越えたものはわずか21人だった。ツール史上最初のランタン・ルージュ(最下位の選手)、Milocheau がゴールしたのは、ガランに遅れること65時間、およそ3日後の出来事だった。

牧歌的な時代は終わった。今やレース中にホット・チョコなど飲もうものなら、ドーピング検査に引っ掛かってしまう。名声は一瞬にして地に落ち、流したすべての汗は否定される。

いや、そもそもが後世から振り返ってみた懐古的な幻想にすぎないのだろう。どれだけ機材が貧しかろうと、そんなことに構わず出場した選手たちはベストを尽くした。そこに名誉の付随するのが周知されたとき、悪もまた蔓延る。

モーリス・ガランは第2回のツールにも参加した。Saint-Étienne を抜けてすぐのところで、その地域の選手のサポーターに待ち伏せをされており、他の選手とともに石つぶてを浴びせられた。あるものは地面に押し倒され、叩きのめされた。暴漢たちを追い払うには、主催者の発砲が必要だった。

事件を受けてガランは言った、「オレは1位をとるよ。もしパリに着く前に殺されなかったらな」。宣言通り彼は2年連続2回目の総合優勝を果たす。

事件はそれで終わらなかった。同年12月、「禁止されたタイミングで食料を補給した」として告発され、順位格下げの憂き目にあう。別の者は彼が、途中列車を使ったと主張した。以降二度とガランはツールに出場しなかった。

1957年に没するまで、ガランがどのように生活していたのかは明らかでない。以前のように、煙突掃除の仕事に戻ったとも考えられる。煙突掃除は彼を裏切らないことを、経験上知っていたのかもしれない。

Au revoir et a bientot !
モーリス・ガラン
参照URL

2013年5月2日木曜日

メーデー スペインからの救難信号

5/1 はメーデー(May Day) 、ヨーロッパでは夏の訪れを祝う日である一方、労働者が統一して権利要求と国際連帯の活動を行う日である。

昨今の日本では存在感が薄く感じられるが、その一番の理由は、ゴールデンウィークとかいうふざけた大型連休の最中に、働くことを真面目に考えるやつなんていない、この一点に尽きると思う。

そもそも日本は国際的に見て、5/1 が祝日ではない、珍しい国の一つに数えられる。祝日化の動きはこれまでに何度かあったようだが、実現はしていない(このあたりの経緯はWiki を参照させていただいた)。つーか別に勤労感謝の日があるじゃん、と言われればそれまでだ。

ここに面白いデータがある。

タイトルはずばり「世界の祝日ランキングベスト10」。祝日を含めた年間有給休暇数を比較したものだが、日本はヴァカンス大国フランスから1日少ないだけの、年間35日で世界9位にランクインしている。アメリカの25日、ドイツの29日、有休がすべて使えるわけでないことを差し引いても、かなり多い。

さて、肝心のメーデー。水曜日は世界各地で労働組合による運動が繰り広げられ、ヨーロッパではとりわけ、緊縮財政と失業率の悪化に抗議するデモが盛んに行われた。

その中でも気になったのは、先日就任したばかりの第266代ローマ教皇フランシスコが出した声明だ。

「若者だけに限らず、人々が就業するのが困難ないくつかの国がある」と教皇は言う、「エゴイスティックな経済原理が根底にあり、それが今日の状況を生み出しているではないかと思っている。これは社会的正義の観点から逸脱した精神だ」。このように述べて失業と、それを生み出している社会に警鐘を鳴らした。

この発言で教皇が念頭に置いていたのは、スペインの悲惨な就業実態だろう。

昨年10~12月期のスペインの失業率は、過去最悪の27.2%。これは国民の4人に1人が失業しているきわめて異常な状態だ。更に若者(16~24歳)に限ればこの数値は57.2%にまで跳ね上がる。リーマンショックが起きる直前の2007年の数字が8.6% 。失業者の総数は当時が190万人、現在は620万人にまで膨らんでいる。

スペインの年間有給休暇数は日本より1日多い、36日(フランスと同率6位)。羨ましくなんかない。今やスペイン国民の大半にとって毎日がヴァカンスだ。もちろん、無給だ。国民的スポーツであるサッカーも、先日チャンピオンズ・リーグでレアル・マドリー、バルセロナともに、ドイツ勢を前に敗退した。経済だけでなくサッカーでも負けちまうのか?

ここ数年のあいだ、世界最高のサッカーチームであり続けたFCバルセロナが、2試合合計 7-0 でバイエルン・ミュンヘンに敗れる姿は衝撃だった。もしかするとあれは、スペイン経済が発するメーデー(*救難信号)だったのかもしれない。

* mayday は世界共通の救難信号。フランス語の "Venez m'aider / 助けに来て" に由来する。
 
Au revoir et à bientôt !

2013年4月23日火曜日

華麗なる転職。ランス・ハーブストロング見参!

その規則正しいペダリングを、今度は音楽の世界で活かそうか。

世界一過酷なスポーツを言われるロードレースの世界において、その肉体の強靭さゆえに「鋼の男」と讃えられた男は今、その不屈の精神をもってかつての輝きを取り戻そうとしている。

ランス、音楽業界に殴り込み。

ツール・ド・フランス前人未到の7連覇を果たした男が、ドーピング告白を経て、新たに挑戦するのは音楽だった。先週末、アメリカのテキサス州オースティンで催されたレゲエ音楽祭で、全盛期のペダリングを彷彿とさせる正確で力強いドラミングを披露した。

注目すべきは参加したグループ名だ。その名も 「Lance Herbstrong / ランス・ハーブストロング」。先日告白したばかりのドーピング行為を、自ら嘲弄するかのようなその名前に、拍手喝采せずにはいられない。


俺は勝つためならなんだってやっちゃうぜ?――いいね、その心意気。大好きだ。

おそらく彼は、大衆がランス・アームストロングに求めているものを痛いほどわかっている。どんな手段を使ってでも勝ちたいという勝利への飽くなき渇望。いかなる逆境に陥ろうとも、何度でもしぶとく這い上がって来る泥臭い執念。スマートさや清廉潔白なんて必要ないんだ。何度も倒れ、その都度起き上がる。いつまでやるの?――勝つまでさ。

自転車に乗ってるときにはあれだけ格好良くみえた帽子も、それをかぶってドラムの前に座っている姿を見ると随分と滑稽にうつる。まるで道化役者の帽子だ。でもそれでいい。かつての自分に唾を吐きつけてでも、今の自分を輝かせる。そうだ、ツール7連覇の記録なんて、彼にとっては踏み台にすぎない。

さあ、これから本番だ。僕らのアームストロングが帰ってきた。スポットライトの準備はできている。

Au revoir et à bientôt !
見よ、ランス・アームストロングの新しい職業を!
 
ランス・ハーブストロング公式サイト ランス・ハーブストロングの音楽が無料でダウンロード可能。Peter Tosh の「Legalize it / 合法化しろ」のアレンジは曲名的にも音楽的にも最高。
 

2013年1月25日金曜日

堕ちた英雄がすべてを語る(後編)

2001年にグレッグ・レモンはアームストロングがまだ現役の最中、ということはつまり、ツール・ド・フランス連覇中ということだが、「もしもアームストロングがクリーンなら、まれにみる復活劇だ。そしてもしもクリーンではなかったとしたら、史上まれにみる茶番だ」とコメントし、物議をかもした。

それから12年後の2013年1月17日。アメリカで放映されたテレビ番組で彼は、これまで執拗に取り沙汰されてきた自らのドーピング疑惑に終止符を打った。最悪の形で。

「ランス・アームストロングがツールで見せた走りは結局、すべて茶番にすぎなかったのか?」これから様々なことが明らかになっていくだろう中で、重要な問いはこれだけだ。


そのことについて判断を下すのは、誰よりも彼自身が相応しい。

癌との闘病、奇跡の復活を遂げツール・ド・フランスを初制覇した後の2000年に発表した自伝、『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく(原題 It's Not About the Bike )』

その中で彼はこう言っている、「当時僕は、何かがおかしいと気づくべきだった。しかし運動選手、とくに自転車競技の選手は、否定することが仕事なのだ。あらゆる筋肉や節々の痛みを否定する。レースを終えるためには、否定しなければならないのだ。自転車競技は自虐的なスポーツだ。一日中、どんな天候でも状況でも、砂利道であろうが砂道であろうがぬかるんでいようが、風が吹こうが雨が降ろうが雹が降ろうが、六時間も七時間も自転車に乗り続け、痛みには決して屈しない。」と。まるでドーピング疑惑に対する彼の姿勢そのものだ。

「断言していい。癌は僕の人生に起こった最良のことだ。」彼はそう言った。ではドーピングの告白はどうだろう?これは最悪の出来事だろうか、それともこれも最良といえるだろうか?

「耐久レースで一流の選手になるには、誰もが感じる気おくれを飲み込み、不平を言わずに耐え忍ぶ能力が必要不可欠だ。要は、歯を食いしばって耐えればいいことで、はたからどう見えようが、最後まで残ればいいのである。そして僕はそういう競技であれば勝てるのがわかってきた。どんな競技だろうと問題ではない。ただ正攻法で戦う、長距離のレースであれば、僕は他を負かすことができた。
耐えることがすべてであるなら、僕にはその才能があった。」13歳の時彼はそう確信した。今もそうだろうか。

 プロでの第一戦、彼は優勝した選手からほぼ30分遅れの最下位でフィニッシュする。競技を辞めようとも考えていた彼を周囲は思いとどまらせ、次のチューリヒのレースで彼は、2位になる健闘を見せる。「クリスに電話した。「ほらね」。クリスは言った。たった数日の間に、僕は肩を落とした新人選手から、本物の競技者になっていた。突如、スポーツ界ではみんなが注目し始めた。「一体こいつは誰で、何者なんだ?」
そしてこれは、僕が自分自身で答えを出さなければならない問題だった。」と彼は言う。

 母は僕を不屈の精神で育てた。「あらゆる障害をチャンスとせよ」。そして僕たちはその通りに生きてきた。と彼は言う。

オーストラリアのある図書館では、彼の著作物はすべて、フィクションの棚に移されたという。Ha ha ha, 面白いジョークだ。

彼が小学校五年生で学校の長距離走に出るとき、彼の母は1972年製のコインを取り出してきてこう言った、「これは幸運のコインよ。競争相手は時間だけ」

病気の全体像が明らかになるにつれ、僕は医師たちに何度も同じ質問をぶつけた。「勝率はどれくらいですか」。僕は数字を知りたかった。しかし回復率は日毎に低くなっていった。リーヴス医師は50パーセントといった。「でも本当は20パーセントと考えていました」と後に認めている。と彼は言った。 この数字は後に3%まで引き下げられる。

今回のドーピング告白に対し、世間の目は冷ややかだ。かつての英雄は完全に地に落ちた。もはや名誉も権威もなにもない。彼がこれまで払ってきたすべての努力も、疑いの目から逃れられずにいる。まるで、彼が末期癌から復活を遂げたことすら、フィクションであるかのように。

「ある記者の中で、僕がフランスの丘や山々を「飛ぶように上っていった」という表現があった。でも丘を「飛ぶように上る」ことなどできない。僕にできることは、「ゆっくりと苦しみながらも、ひたすらペダルをこぎ続け、あらゆる努力を惜しまず上っていく」ことだけだ。そうすれば、もしかしたら最初に頂上にたどり着けるかもしれないのだ。」こんな風に書けるのは、実際に登りの苦しみを知っている人間だけだ。彼はその苦しみを違法なやり方で和らげようとしたのだ?なるほど、そうかもしれない。
海抜0メートルよりはるか下まで落ちた彼の現在地から、再び浮かび上がって来ることは、フランスの山々を登っていくことよりもはるかに難しい。山道を上るそのたびに感じる息苦しさや圧迫感が彼自身の専有物であったように、今度の苦しみもまた、彼だけのものだ。

ランス・アームストロングは一人の人間ではない。一つの物語だ。でも、『It's Not About the Bike / 自転車についての話じゃない』。なるほど、その通りだ。ドーピングの話でもない。これは人間の強さと弱さの話だ。癌から奇跡的な復活を遂げ、ツール・ド・フランスを制し栄光を掴んだ男は、ドーピングの魅力に負け、その力に頼ってしまう。不正は告発され、名声は地に落ちる。これまでの賞賛が蜃気楼のように、非難の嵐にかき消される。それでも人は生きなければならない。忍び寄るシニシズムと闘わなければならない。

「信じることがなければ、僕たちは毎日、圧倒されるような運命の中に、素手で置き去りにされるようなものだ。そうなれば運命は僕たちを打ち砕くだろう。世にはびこる負の力に対し、僕たちはどうやって闘うのか、じわじわと忍び寄る冷笑的態度に、毎日どうやって立ち向かうのか。癌になるまで、僕はわからなかった。人生に真の危難を招くのは、突然の病や天変地異や最後の審判ではない。落胆と失望こそが人を危難に陥れるのだ。僕はなぜ人々が癌を恐れるのかがわかる。癌はゆっくりとした避けられない死であり、これこそがシニシズムと失意そのものなのだ。
だから、僕は信じる。」 彼はそう言っている。それなら私も待とう。今度は一番でゴールする必要なんてない。どんな結末でもいい、彼が信じて歩む姿はきっと、見るものに再び勇気を与えてくれるから。

Au revoir et à bientôt !
 
 
参考文献:『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく 』 ランス・アームストロング著 安次嶺佳子訳 文中の斜体で書かれた部分はすべて、同著書から引用した。

2013年1月22日火曜日

堕ちた英雄がすべてを語る(前編)

ランス・アームストロング / Lance Armstrong 。末期癌から奇跡の生還を果たした後、前人未到のツール・ド・フランス7連覇を成し遂げた鋼の男。彼は一人の人物ではない。一つの物語だ。

彼がいなければ繋がれることのなかった点と点が結び合わされ、更にはまだ見ぬ未来の一点を指し示す。

たとえばグレッグ・レモン / Greg LeMond。ランスがツール総合優勝の回数を重ねるたびに名前を出される、元祖アメリカンロードレーサー。アメリカ人初のツール区間優勝を達成し、その後総合優勝を二度経験する(もちろんこちらもアメリカ人初の称号を冠している)。加えて現役中に胸部に散弾銃の弾を受け、生死の境をさまようも、その後再びレースに復帰するというエピソードを併せ持つ。

たとえばヤン・ウルリッヒ / Jan Ullrich。ランスの全盛期最大のライバルであった彼は、結局一度も総合順位において勝ることはなかった。東ドイツ最後のスポーツエリートは、ドーピング疑惑の渦中に取り残されたまま、失意のうちに引退した。

あるいはアルベルト・コンタドール / Alberto Contador。登坂で圧倒的な強さを見せるこのグランツール達成者もまた、脳の多孔性血管腫という、命を脅かす重病に冒されながらも、そこから復活を遂げ、マイヨ・ジョーヌを身にまとい、レモン、アームストロングの系譜を見事に受け継いでいる。2009年のツール・ド・フランス、チームアスタナで同僚となったランスとコンタドールの緊張関係は、見ているこちら側にまで伝わってきた。

あるいはベルナール・イノー / Bernard Hinault。上記のランスとコンタドールの関係を正確に前書きしていた。1986年、前年チームメイトのレモンに総合優勝を譲ってもらった形であったイノーは、この年はレモンのアシストに徹することを約束した。にもかかわらず、5度のツール総合優勝を誇るフランスの英雄は、欲に目がくらんだのか6度目のマイヨ・ジョーヌの着用を望んでしまう。観衆をも不安に陥れたその行為は、重大な裏切りと呼び得るものだったが、最終的にレモンが総合優勝を果たしたことで事なきを得た。これはもう一人の優勝候補、ローラン・フィニョンを罠にかけるための陽動作戦だった、ともいわれるが、結局のところ真相は彼の心にしまわれたままだ。1985年、彼の総合優勝の後、今日までフランス人マイヨ・ジョーヌは現れていない。

すべての偉大な作家は偉大な先人を自ずから作り出す。スポーツ選手においても言えることだ。一人の輝かしい存在が、過去の歴史を紐解く機会を作り出す。2004年MLBのシーズン最多安打記録を更新したイチローが、それまでの記録保持者、ジョージ・シスラーの存在に光を当てたように。

そしてその光り輝く存在は、未だ定まらぬ未来から見れば、目標とすべき灯台となり、模倣と超越とで縒り合わされた光を放射する。

そんな偉大な人物から放たれた光が、過去に存在していた暗部をも照らし出す。闇が存在するのは不可避なことなのか。今のランスによって強調されるのは、癌患者を勇気づけたり、挫折したものを再び這い上がらせるための未来へ向けた輝かしい光ではなく、その影にできた、深い陰影に縁取られた底知れぬ過去の闇だ。

次回、ランス・アームストロングのドーピング告白に触れる。

Au revoir et à bientot !
鋼の男、ランス・アームストロング

参照: Wikipedia の各選手のページにおいて、経歴の確認を行いました。各選手の名前からそれぞれのWiki ページへジャンプします。

2012年12月29日土曜日

20代の終わりと松井秀喜引退

今や引退して号外が出るプロ野球選手なんて、イチローと彼くらいだろう。

松井秀喜の名は、読売巨人軍の名前とともに、10代の頃から知っていたし、彼の存在がプロ野球そのものの代名詞でもあった時代が、確かにあった。

その点イチローは、オリックスブルーウェーブスという、パ・リーグの一不人気球団に在籍していたこともあって、そこまでの存在足り得なかった。これは選手としての格云々の話ではなく、私のような地方在住者がテレビで野球を見ようと思えば、巨人戦のみだった、という圧倒的な事実による。

さて、思い出はいつも個人的なものだ。それはしばしば一緒に体験した者同士のあいだでさえ、食い違いが生じる。

勝手なもので、私が松井秀喜という一プロ野球選手を思い出すとき、頭に浮かぶのは彼のプレーではなく、それを見ていた自分自身のことだ。

2003年当時、金沢に住んでいた私は、大学にも行かず日々無為に過ごしていた。そんな私も夕方5時から始まるテレビ金沢の番組内の一コーナー、「今日のマツイ」は欠かさず見ていた。きっとそれは外界と閉じこもった自分の部屋を繋ぐ、小さな窓だったのかもしれない。

特別野球が好きではなかった少年が、親の影響で少年野球団に入り、父や弟とキャッチボールをする。おそらく昭和から平成の初期まで、日本中で見られたありふれた光景の一部分を形成していた少年が、大きくなって再び野球に魅せられる。海の向こうのメジャーリーグに挑戦した、一人の礼儀正しい石川県人によって。彼はその出身地に移り住んだ天の邪鬼にとっても、素直に応援したくなる存在だった。

あれから10年が経ち、ヒデキ・マツイに勇気をもらった男は、当時目指していた夢を脇において、一応は真っ当な仕事につき、結婚もした。新しい目標もできたし、それに向かって日々頑張っている。

ヒデキ・マツイはMLBの世界から身を引いた。ちょうど私の30歳の誕生日の翌日に。

松井秀喜の引退。それはプロ野球にとって間違いなく、一つの時代の終わりを意味する。私にとってはそれが、20代の終わりとぴたりと重なることによって、特別な印になった。

そうだ、それは松井が日本プロ野球に身を置いた最後のシーズン、2002年シーズンの最後に五十嵐亮太から打った、第50号ホームランの軌道に似ている。その弾道は、引っ張りの多かったこれまでの松井のホームランとは一線を画す、左中間スタンド中段にぶち込まれた弾丸ライナーだった。

そうだ、当時テレビでそのホームランを目の当たりにした私は、新しく生まれ変わった松井秀喜、いや、ヒデキ・マツイを確かに認めたのだった。

そうだ、それは新しい門出、人生の節目を自ら祝う祝砲の一発だ…。

Au revoir et à bientôt !
ありがとう、松井秀喜。