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2012年12月13日木曜日

Retour au Japon / 愛だって?ただの無知だろう


10/12 15:35 Paris L'aeroport de Charles de Gaulle - 10/13 15:35 関西国際空港着

「夜にはパリ郊外にある Stade de France で、サッカー日本代表のおよそ9年ぶりとなる対フランス戦親善試合が行われるというのに、今帰国の途に就こうとしている」
そう、書いたのは乗継地のドバイに向かう飛行機の中で、さて代表戦は内容はさておき 1-0 で日本の勝利に終り、私は無事日本に戻って早二ヶ月が経とうというのに、このブログの旅行記は未だ、明確な着地点を見いだせていない。

うん、もういいだろう。旅は終わった。そう認めることも必要だ。フランスに行っていたのは過去の話で、今は毎日職場に向かい、同じようなルーティンワークを日々こなしているところだ、と。おそらく今後は、フランスに行く機会もそうそうないだろう。二十代の終わりは同時に、夢の終わりでもあるのだろうか。

フランス語の勉強を最初に始めたのは21歳の頃で、考えてみるとそれからもうすぐ10年が経とうとしている。もちろんその間ずっと勉強していたわけではなく、25歳すぎるまでは基礎をやっただけで、ほとんど手をつけていなかったから、まともに勉強をしているのはこの5年ということになる。

その間にフランスには3度行き、通算で30日ほど滞在していた。

はじめてフランスに行ったときは見るものすべてが新鮮で、衝撃的だった。私にとってそれがはじめての異文化体験だったのだから無理もない。とにかくなにもかもが日本とは違い、そしてその違いが素晴らしく思えたものだ。

二度三度と行くに従い、嫌なところも見えてきた。日本の良さもわかってきた。以前は、「こんな国」と思っていたが、今では、まあ日本も悪くない、と思えるようになってきた。なにより飯がうまい。

だからといって、「生まれ変わっても日本人になりたいか?」 という問いに安易に「はい」と答えるほど、愛着がある、いや、無知ではないつもりだ。
 
「86.4%の人が生まれ変わっても日本人になりたい」URl:http://article.home-plaza.jp/article/trend/111/

実際には「今あなたが国籍を選ぶとしたら日本を選びますか?」という問いと同義のこの質問。これだけ見れば日本人の日本への愛情が伺えるが、裏を返せば他の国に対する無関心が表明されているともいえる。

この調査の一番の問題点は、おそらく調査の対象となった多くの人が、他の国を愛せるほど十分に知っていない、ことだろう。知らない国の国籍をとる?ごめん、そんな無茶が通用するのは笑い話としてだけだ。

カッコよくいえば愛には二種類の要因があり、ひとつは無知、もうひとつは熟知だ。前者は憧れと変換され、後者はときどき惰性といわれることもある。

ここでカギとなる単語は「それでも」だ。

たとえば君の彼女が他の子と較べて顔が悪いとか、おっぱいが小さいとか、私服がダサいとか、いろいろあるとしても、それでも、その子と一緒にいるのは、惰性ではなく、まごうことなき愛情だ。

周りも見ずに、良いところだけを称揚するのは愛ではない。他と比較し良いところは素直に褒め、悪いところを認める。それでもいいといえるのが愛だろう。

日本国の隅々まで行き渡った利便性は世界の他のどの国に行っても手に入れることはできないだろう。しかしそれが、歴史性や他のなにかと引き換えに得ているものであることは、おそらく外に出なければわからない。他の国と比較し、自国の良い点・悪い点を客観視して、それでもなお、日本が良い、といえる人がたくさんいるとしたら、日本は本当に素晴らしい国だといえるのだろう。

さあ、私も日本に戻ってジタバタしようか。

Au revoir, et à bientôt !
グッバイ、ドバイ。
 

2012年11月30日金曜日

Louvre 拡大号 長編小説の中の短編を読む

ルーヴルのような巨大美術館は、譬えるなら長編(大河)小説に似ている。長編小説においては、全体をまとめ上げる一本の筋があって、それに乗っかった形で、数々の雑多なエピソードが繰り広げられる。読者はその大筋を辿っていくのもよし、一つ一つのエピソードを、短編小説のように拾い読みしても構わない。

美術館において、観賞者はより能動的な役割が求められる。時間軸と地理的軸を組み合わせた文化的背景の上に、様々なテーマを持って物語の軌道を描くのは、ほかならぬ観賞者の役目だ。時代が示す大筋はあまりにも漠然としており、美術史を学んだものでなければ、すぐに見失ってしまう。「ロココ美術」、「マニエリスム美術」なんて括りに、いったいどれだけの拘束力があるだろう。

大事なのは、自分で定める制約だ。「テーマ」と言い換えれはより正確になる。自由に歩き回るにしても、道標は必要だ。地図は自分で作って、自分で迷え。それが巨大美術館の持つ寛容さだ。

たとえば「裸婦像」をテーマにして回ってみよう。およそこれほど古今東西にわたって好んで取り上げられたテーマも少ない。時代ごと、土地ごとに異なるエロティシズムを感じることは、裸婦像が共通して有する「豊饒さ」にしっかりと繋がっている。

レンブラント。『夜警』の印象が強い。
あるいは時代を横切ってみるのもいいだろう。16世紀、イタリアではルネッサンス / Re-naissance 、人間性の再生が歌われていたが、同時代のフランドルでそれは、自明の理だった。イタリア絵画を中心とした美術史の流れにおいて、フランドル絵画の先鋭生・特異性は際立っている。この土地では人間は昔から、あるがままの姿を持って捉えられている。時には、キリストさえもその位地まで下りてくるかのようだ。

もちろん、一人の画家に集中してみるのも面白い。それができるだけの物量がルーヴルにはある。

展示作品数 35000、収蔵作品数 445000、一年間の入場者数 8346421 (2010年) …。どの数字も圧倒的だ。これだけの物量が、時間、空間的な広がりを可能にする。様々な軌跡を描ける時空間に渡る距離。あえて言おう、それこそが巨大美術館の持つ最高の美徳なのだ。


さて、巨大美術館を長編小説に例えるなら、そこここの美術館で実施される企画展は、さながら短編小説だろう。

ここではなにより技巧が優先される。それは読者 / 鑑賞者の側に求められるものではなく、主催者の仕事だ。企画展は決して長編小説のダイジェスト版であってはならない。短編小説にはそれ特有の面白みがある。それを活かすために大事なのは、主催者が如何に上手に鑑賞者の軌道を定めるかだ。

その点、先日行った「大エルミタージュ美術館展」は失敗だった。所蔵作品中、時期・場所を特定せず満遍なく選び出したことで、どこに焦点を合わせていいかわからない企画展となっていた。確かに、作品を見に行く、というよりは美術館を見に行くようなもので、まるで顔見せ興行だった。まあ、それはそれでいいのかもしれない。

巨大美術館が元来有する美点からはあえて目を背けて、極東の島国の地方美術館の所蔵品と、舶来品の二流絵画との微細な差異を楽しむ、そんな頽廃的な楽しみ方も、ありだ。

Au revoir et à bientôt !
フェルメール。説明不要の名作だが、意外と地味に置かれている
...La prochaine destination ☛ Japon



2012年11月9日金曜日

Louvre 拡大号 アングルのヴァイオリン

不思議なこともあるものだ。

仏検に向けての勉強の合間に、手元にある本につい手が伸びてしまい、しばし時間を費やしてしまう。

Philippe Labro / フィリップ・ラブロ著 『Le petit garçon / 少年』。作家、ジャーナリスト、映画監督、ひいてはジョニー・ホリデイに楽曲を提供(作詞)するなど、多彩な才能を持つ作者の自伝的小説。この作品で1990年のゴンクール賞候補に挙がったが、惜しくも落選する。もっとも、これだけ多才な人物のこと。最高峰とはいえ、たかが文学賞の一つや二つ受賞できなかったところで大したことではなかっただろうと想像する。

自伝的小説である以上、作者の人となりを知りたくなるのは当然だろう。小説の舞台は出身地の Montauban / モントーバン。スペイン国境に近いこの街は、別名 " Cité d'Ingres " アングルの街 と呼ばれている。そう、モントーバンは新古典主義の画家、Dominique Ingres / ドミニク・アングルの出身地でもある。

 ルーヴル美術館にはアングルの作品が溢れている。質量ともに比肩しうるのは、同じく新古典主義のダヴィッド、同時代のロマン主義者、ドラクロワぐらいなものだろう。

上記二人と比べてみても、いや、だからこそなおさらなのか、アングルの描く絵は、描線の端正さが目につく。「絵画とはつまるところデッサンに還元される」と考えていた彼にとって、それは必然だったのだろう。

個人的には、同じく描線に特徴がある20世紀オーストリアの画家、エゴン・シーレが思い出されるのだが、いかがだろうか?シーレは、20代前半の私にとってのアイドルだったのだが。


それにしても偶然の出会いとはおそろしい。

今日フランス語の勉強中、「趣味」にあたる言葉を探していたら、"violon d'Ingres" なる表現に辿りついた。直訳すれば、「アングルのヴァイオリン」どうやらこの言葉、彼にヴァイオリン奏者としての一面もあったことから、「余技」の意が与えられているらしい。

願わくば私のフランス語能力も「アングルのヴァイオリン」と呼び得るほどに上達せんことを…。
――さて、勉強するとしようか。

Au revoir et à bientôt ! 
エゴン・シーレ 『ほおずきの実のある自画像』

 

2012年11月7日水曜日

Louvre 拡大号 Claude Lorrain 安寧の画家

10/12 9:30 - Musée du Louvre

ルーヴル美術館を3時間で巡る、というのは無作法を通り越してもはや罪深い。それは人類史を一人一人の人間にスポットを当てながら、3時間で振り返る、といっているようなものだろう。

まさに言語道断の語義矛盾。

正直そんなことは不可能だ。そんなことはわかっている。だが時は有限だ。与えられた時間の中で、人間はなんとかやりくりしてやっていくしかない。なにを選び、なにを捨てるのか。人生で幾度も繰り返されるこの問いに、フランスでもまた悩まされる。

本名を Claude Gelle / クロード・ジュレ、出身地からClaude Lorrain / クロード・ロランと呼ばれる画家(1602頃 - 1682)。彼と前回のニコラ・プッサンのために今回のルーヴル短期滞在は計画された。

彼の絵に説明はいらない。次の二枚を見比べてみてほしい。相違よりも類似の部分が目につく。


 それぞれが歴史的な瞬間を描いたものだが、前景に配された歴史上の題材は、単に風景を描くための方便にすぎない。それが、観ている人にも感得される。

彼にとっては朝日が昇り、夕日が沈む時間帯こそ、世界がもっとも安定する時間であり、画家はその完全なる世界を描くことにだけ力を注いだのだ。

選択と集中、そして持続。これほどまでに一事に収斂にされた画家もいない。その明確さ、安心感こそが同時代にも受け入れられた、彼の人気の秘密だったのだろうか。いや、そうではないだろう。

ターナーに甚大な影響を与え、後世の印象派の礎とも呼ぶべき画家。彼の絵を観て我々が率直に感じる安寧は、人生の幼少期の思い出に重ねられる。だからこそ懐かしいのだろう。

夕暮れには常に子供の遊びがついて回る。夕日が本来象徴するイメージとの乖離が、なおさらのこと希少で、手に入れがたいものとして、それを輝かせる。

そう、クロード・ロランがその作品で描く景色は常に、我々の「失われたなにか」を刺激してやまないのだ。

Au revoir et à bientôt !
同じ構図、同じ景色。同じ思い出


Louvre 拡大号 Nicolas Poussin / ニコラ・プッサン

10/12 9:30 - Musée du Louvre

そこらへんの黄色いクマとは一線を画していただこう。

その男の名はNicolas Poussin / ニコラ・プッサン(あるいはプーサン)。「フランス絵画の父」と呼ばれ、ルーブルのリシュリュー翼、フランス絵画の部屋は、クラシックを創ったこの男からはじまる。彼のためだけに充てられた数部屋はその日、課外授業に繰り出した高校生で埋まっていた。


にもかかわらず、である。プッサンはその生涯のほとんどをイタリアで過ごした。ルイ13世によって祖国に招かれた2年を除き、亡くなるまでの40年近く、つまり画家としてのほとんどの時間をイタリアに生きている。

そんな彼を「フランス絵画の父」と呼んでいいものか。

おそらく多くのフランス人の頭に一度はよぎる疑問だろう。前々回に紹介したエル・グレコはギリシャに生まれイタリアで学び、トレドで生涯を終えた画家だが、彼の作品を我々はスペイン絵画と呼んでいる。

プッサンにとって、絵画とはなんだったか。それは、次のプッサン自身の言葉によくあらわされている。いわく、

「アルファベットの26文字が私たちの言葉や考えをかたちづくるのに役立つように、人の身体の外形は、魂のさまざまな情念を表現するのに役立ち、私たちが精神の中に持っているものを外に示すのである」

外形は精神を示す。人の身振り、表情、動作をいかに書くかによって、その人の内にあるものを示すことができる、そうプッサンは考えた。

ごめん、ここまでほとんどが、『美の旅人 フランス編Ⅰ』 / 伊集院静 の受け売りだ。実際このシリーズほど、美術を専門的に学んでいない人にとって、格好の入門書であり、応用本と成り得るものはないだろう。広く見ながらもしっかりと要点を押さえている。

私からプッサンを見て言えることはただひとつ、それは構成の妙がこの画家にはある、ということだけだ。あとは実際に自分の目で見て確かめてみてほしい。彼を観ることで、フランス絵画の規範とはなにか、ひいてはフランス人がクラシックと称する精神のありどころがわかるだろうから。

Au revoir et à bientôt !

プッサン、56歳時の自画像
 
参考文献:美の旅人 フランス編Ⅰ / 伊集院静香 著(小学館文庫)
Le Guide du Louvre (ルーヴル美術館内で販売されているガイドブック。500p近いボリュームでかなり楽しめる)


2012年10月27日土曜日

Paris / パリ 魂の実家

10/11 Avignon 12:26 - Paris 15:10

もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ。
――アーネスト・ヘミングウェイ

ヘミングウェイは好きじゃないが、このフレーズはいいよね。より正確にはヘミングウェイの小説は嫌いじゃない。ただ、若き日々の回想録ともいうべきこの本が糞なだけだ。まぁ大抵、死後発表の作品には碌なものがない。作者の意図に反するからだ。

冒頭を飾るこの言葉が示す通り、私もパリに惹きつけられた大勢の一人だ。この4年間で3回、日数にして10日ほどパリに滞在した。これは日本も含め、他のどの都市よりも多い。実家に帰った日数よりも。

この街の魅力はなにか?回想録で取り上げられる1920年代のパリで重要な役割を果たし、今もセーヌの左岸に現存する、シェイクスピア書店に象徴される文化と歴史。それがフランスの最大の武器であることは言を待たない。

フランスにおいてもパリは特別な場所だ。そこは文化や歴史、更には政治、経済の中心であるともに、ヨーロッパの中心でもある。

パリにいると、交通の要諦としてどれだけ重要な位置をしめているか、旅行者の身にも感じられる。アメリカは人種の坩堝だとよくいわれるが、それを地理的・歴史的に圧縮した都市といえるだろう。

ここにあるもので、純粋なものなどひとつとして存在しない。そう言い切ってしまいたくなるほど、この街には文化や人が流入してきた。それらは混ざり合い、やがて境界線を曖昧にしていき、独自のものを形作る。

「エコール・ド・パリ」と呼ばれた画家たちのほとんどはパリ、フランスの外から来て、パリで育った、育てられたものたちだ。スーチン、藤田嗣治、モディリアニ…。ここにピカソを加えることもできるだろう。出自は違えど、彼らは疑いもなく「パリの」画家だ。画家たちにとって、パリは学び、成長するための学校のような場所だったろう。

パリは学校。そのたとえが適切だとしよう。そしてもし冒頭のヘミングウェイの言葉を時間軸の方向に切りとるとすれば、どんなときにも立ち返るところだ、ということになる。つまり、人生の各時点で、がむしゃらに学び続けた若かりし頃を思い出せ、という意味にもなる。

つまるところパリは、青春の夢や野心と切り離すことのできない都市なのだ。そしてそれは、その後の人生の拠り所となるべき場所。人生の行く先々で付きまとい、悩み苦しんでいるときにパリはこう語りかける、「君に立ち返るべきパリはあるかい?」と。

パリは夢、野望。でも一時のものじゃない。それは何度でも立ち返る場所、魂の実家なのだ。

夜のエッフェル塔。実ははじめて見た。

...La prochaine destination ☛ Musée du Louvre

2012年10月24日水曜日

À la recherche des livres inconnus / 本屋めぐり

フランスの各地をめぐる旅は一休みしよう。今回は、フランスに行って「できなかったこと」の話だ。

一番にあげられるのがやはり「本屋失踪」とも言うべき、本をめぐる冒険の不在。

過去二回はいずれも何軒かの本屋を回り、30冊を超える書籍を購入してきた。それでフランス語の習熟を図ってもいた。

今回は様子が違う。なにしろ5泊7日の強行軍、それもかなり緊密なスケジュール、ということもあって、自由な時間をほとんどとることができなかった。

ツアーではないのだから行きたいところに行けばいい、というのはなるほどその通りだが、実際に時間という絶対的制限を前にしては、おのずと優先順位が決まってくる。つまりは、観光地巡礼。

そんなことをいいながらも、行くには行ったのだ、フランスのメガ書店、fnac / フナックに。

デジカメからゲーム、CD&DVD、本までを扱う品揃えは、日本でいうところのジュンク堂、というよりはTSUTAYAやビッグカメラを想起させるのだが、私の目当てはもちろん本だ。

しかし、本を選ぶのは簡単な作業ではない。殊に現代フランス文学に関する情報がほとんどゼロの状態で選ぶときには。

これまでに仕入れた数少ない未翻訳作家のリストは、過去二回のフランス滞在の折に使い果たしてしまった。

そうなると必然、既知の作家もしくはまったく名も知らない新規作家の開拓しか手はなくなる。しかし前者を行うには意欲が足りず、後者は時間が許さない。

つまるところ Il n'y a rien à faire / 打つ手なし、だ。

そもそも前者に関しては、amazon でいいじゃん、なんて、それを言ったらおしまいだろう。だが、それが真実だ。

本屋は未知なる書物との出会いの場だが、その場を活かすためには時の作用が必要不可欠なのだ、と異国の地で観光客は思い知らされるのだった。

本屋の画像はない。

...À la prochaine déstination ☛ Paris

2012年10月21日日曜日

Villeneuve-lès -Avignon / ヴィルヌーヴ・レ・ザヴィニョン かくも過酷な観光旅行

10/11 9:38 Avignon 発 - 9:50 Villeneuve-lès-Avignon 着

名前からして属州じゃないか。

そんな声も聞こえてきそうなほど、アヴィニョンとヴィルヌーヴ・レ・ザヴィニョンの関係は密接で、従属的に思える。

アヴィニョンに教皇庁が置かれていたのに対して、レザヴィニョンには枢機卿の邸宅が並んでいた。10世紀には修道院が設立され、11世紀にはその周囲に村が形成されていった。以降は教皇庁を構えるアヴィニョンと対立的な立場をとり、フランス国王に保護を求めるなどしている。このように、その歴史的にも二つの都市を切り離して考えることは難しい。


もっとも、そんな歴史的背景があるからといって、今もその関係そのままに見るのは、視野を狭めるだけだろう。この街にはこの街なりの魅力がある。

といいながらも、実際この街を見るために割り当てた時間はわずか二時間で、おまけにバス停を降りてすぐのところで開かれていた朝市を、物珍しげに眺め歩いたから、この街一番の見どころといえるChartreuse du Val de Bénédiction / 祝福の谷修道院ですら、駆け足で見るはめになった。

そんな人間の言葉など、誰が信じられるだろう。だがまあ、聞いてほしい。この街に見どころは数多く、実際一日かけてゆっくりと回るべきだろう。

修道院の他にも、Fort St-André / サンタンドレ要塞や Tour Philippe le Bel / フィリップ美男王の塔、Eglise Collegiale Notre-Dame / ノートルダム参事会教会など、見るに値する観光地は多く、それでいてツアー客に煩わされることもない。

時間、時間さえあれば…

そんな風にわが身を呪いつつ、12時14分発のパリ・リヨン駅行きのTGVに乗り遅れないよう、死力を尽くす。分刻みのスケジュール、時計の秒針とのスピード勝負、一本バスを逃すとそこで終わりの緊張感。観光旅行とはかくも過酷なものなのか。

祝福の谷修道院
 
...À la prochaine déstination ☛ Ce que je n'ai pas fait

2012年10月19日金曜日

Les villages en Provence / プロヴァンス村巡り 農業大国フランス

10/10 8:10 Avignon ホテル前発 - Tour "Les Beaux de Provence et Luberon" 参加

 前日、アヴィニョンのツーリストオフィスで、南仏の村巡りツアーを予約しておいた。一人65€。タクシーを手配して行くことを考えれば、かなりお得な値段だ。

もちろん、それ相応のリスクはある。ツアーなので融通が利かないし、他の利用者とも一緒になる。ガイドとの関係も重要だ。

当日若い女性ガイドとアメリカ人の他二組と一緒に回ることになったが、そうなるともちろんガイドする言語は英語。フランス語は喋れるが高校生並みの私は、時折拾える単語の意味と、空想で繋ぎ合わせて、話を聞いているつもりになっていた。途中からは英語がほぼ通じないことが、他のメンバーに了解されて、放っておかれたのは逆にこちらも気安かった。

さて、肝心のプロヴァンスの村々はどうだったか、というと、これについて語ることはあまりない。いや、それぞれの村は本来、別個に語り得るだけの魅力があるのだが、それを堪能する時間がなかった、というのが本当だ。


実際、ツアーで巡ったGordes / ゴルド、Roussillon / ルシヨン、Les baux de provence / レ・ボーのいずれも、Les plus beaux villages de France / フランスの美しい村 に選ばれている。

この「フランスの美しい村」というのは同名協会による認定制となっており、2012年7月の段階で157の村が加盟している。認定のためには厳格な選定基準の下に審査され、一度認定されても視覚を取り消されることがあるという。その基準の主な四つとは、

1.人口2000人未満であること。
2.2ヶ所以上の保護遺産か遺跡(景観、芸術、科学、歴史など)があり、その保全のための計画的な土地利用政策がなされていること。
3.村の建物の外観に調和がとれていること。
4.自治体の議会で同意を得ていること。

だという。この基準を読むだけでも、面白そうな村が揃っているのだろうと推測できる。しかし、大事なのはそれを味わうための時間だ。それがなければ、どんなに素晴らしい素材も味のないスープのようになってしまう。今回のこのブログのように。

それでも収穫もあった。

今回、ツアーに参加してなにより大きかったのは、車でフランスを見ることができたこと。そしてそのことで改めて、農業大国としてのフランスを感じることができたこと。


フランスでは都市部と農村部の乖離がはなはだしい。都市を少し離れれば、どこに行っても畑ばかりだ。違いといえば作っている作物だけ。そんな風にも見える。

こういう土地だからこそ、各地に綺羅星のように点在する村のひとつひとつが魅力的で、訪れる人々を惹きつけてやまないのだろう。

フランスの車窓から。

...À la prochaine déstination ☛ Villeneuve-les-Avignon

2012年10月18日木曜日

Arles / アルル 兄弟関係

10/9 9:44 発Avignon 発 - 10:05 Arles 着

TGVで夜遅くアヴィニョンに着き、翌日一番にアルルに向かう。

直通電車で二十分。往来に便利なこの街に、著名なものは大きく2つ。

ひとつは円形闘技場に代表されるローマ時代の遺跡。もうひとつは太陽の画家、ヴァン・ゴッホである。実はもうひとつ、アルルの女たちもあげられるが、今それは置いておこう。

アルルにはこの二つがあるから観光地として素晴らしい。より正確には、この二つがあるからこそ観光地として大きな成功を収めているのだ。

互いが競い合うことで生まれる相乗効果。まさしくそれは、ゴッホとゴーギャンの共同生活そのものではなかったか。

いや、ここではゴッホとその弟テオの兄弟関係になぞらえるのがより適切かもしれない。

熱狂的、いや狂信的な兄とそれを影から献身的に支える弟。現代の我々が抱く二人の関係は、このようなややステレオタイプな美談仕立てに堕しているが、現実は果たしてどうだったか?

兄と弟。古今東西どんな兄弟関係も、少なからぬ緊張関係をはらんできた。どちらにとっても相手は、打ち負かすべき初めてのライバルだ。どんなに仲の良い兄弟であっても、その関係にピンと一本張られた糸があることに変わりはない。

ローマ古代遺跡とゴッホ、この大きく歳の離れた2つのあいだにも、同様の力学を想定できるだろうか。できる、といいたいところだが、それは同時に彼らだけが知り得る秘密の結びつきなのだ。

 
... À prochaine déstination ☛ Les villages en Provence

2012年10月17日水曜日

Avignon / アヴィニョン フランスの似姿 

10/8 17:35 Nice 発 - 21:25 Avignon TGV駅 着

アヴィニョンで見るべきはなにか。

1309年から77年まで、ここに教皇庁がおかれ、都合7人の法王が暮らしたことなど、この街を味わう上で知らなくともよい。それでも、ローマ以外に唯一教皇庁の置かれた場所であるという権威(ステータス)は、キリスト教徒でなくとも惹きつけられる。

その教皇庁の巨大さに圧倒されるもよし、ローヌ川に半ば架かっているサン・ベネゼ橋の追憶に浸るもよし。あるいは街を取り囲む、城壁を回ってみるのも楽しいだろう。

とりわけ城壁は、「見る」というより「見える」という表現がふさわしい存在感があり、建てられたその意味を、現代にまで語り継いでいる。

想定されている外敵の脅威と、なんとしてでもそれを排除しようとする執念の力学。異物を取り除くために行われた奮闘はしかし、効果のほどは疑わしかった。

そもそもこの都市自体、その誕生からして異様なものの受容から始まっており、その集積によって現在まで成長を続けてきたのだといえる。


外からの敵をかたくななまでに拒みながら、自らの内に招き入れて、自家薬籠中のものにする。ここにあるのは、内 - 外 = 味方 - 敵という単純な対立ではなく、すべてが自在に所在を変える、混沌とした葛藤の精神だ。

フランス・ユマニスムの思想に受け継がれていると言えなくもないこの葛藤は、サン・ベネゼ橋を人間関係の綾と読み解くことで、より人間らしいものとなる。これほどまでにひとつの都市が人間の似姿をとっているのも珍しい。まさにこの街で、毎年演劇祭が催されているのも、偶然ではないだろう。

ピカソのキュビズム時代の代表作『アヴィニョンの女たち』に名前を貸しているように、この街は自らその保守的な外壁を乗り越える。まさに avant-garde。

ゆえにこの街を巡るのは、ある人物の精神の軌跡をたどることに等しく、街の中心にある時計台広場の時計が刻んでいるのは、その心音だと。そしてそこに常設されたメリーゴーランドの前に立つと、4年前に同じ場所で見た映像が自然とフラッシュバックされるのは、それがその場所に埋め込まれた記憶だからで、その記憶の持ち主こそ、フランスを象徴するあの女性なのだろう。


異常な回転速度のメリーゴーランド
 ...À la prochaine déstination ☛ Arles


2012年10月16日火曜日

Monaco / モナコ 優美・裕福・勇敢さ

10/8 11:40 Èze 発 - 12:00 Monaco 着
 

エズからモナコまで、約20分。Cote-d'azur の海岸沿いの山道を下っていく。途中から明らかに、一般の郊外のそれとは姿の異なる建物群が見えてくる。モナコはすぐそこだ。
 
「他の乗客が降りたから」という安易な理由で、地図も確認せずにバスを降りるような男はすでに、モナコに滞在する資格はない、といっていい。
 
いやそもそも、乗合バスを使うような観光客が、訪れていい場所ではないのかもしれない。世界に二番目に小さな国、ここモナコでは、富を持つものがすべてに優先される。
 
街の心臓部、Monte-Carlo / モンテ・カルロにある Grand-Casino 前には、見るからに威厳のあるガードマンがいて、黒塗りの車を出迎えている。その威風堂々たる姿を前にしては、旧市街地に居を構える王宮のほうが、まだしも庶民的でとっつきやすい、とさえ思えてしまう。
 
もちろん、それもまた幻想にすぎない。そもそもMonte-Carlo の名称自体、モナコを興隆に導いたCharles Ⅲ の名を冠しているのだから。仮にその領域に近づこうと試みるのであれば、先代の王Rainier Ⅲ の妃となったGrace Kelly / グレース・ケリー並みの優美さが必要となる。
 
もうひとつ、モナコを語る上で忘れてはならないのが、毎年五月に開催されるF1だろう。
 
市街地をサーキットとして使用するという、命知らずな試みは、それゆえに勇敢な平民を限りない高みへと押し上げ、束の間幻想と現実の境目を乗り越えることを可能にする。
 
それがどれだけ勇気の必要なことかを知りたければ、市街地を歩き、殺人的なヘアピンカーブを目の当たりにするだけで十分だろう。
 
勇敢さ、優美さ、裕福さ。このすべてを欠いた人間にとって、モナコは夢に出てくる幻の王国にすぎない。
 
仮にでもモナコを語ろうとするのならば、サンダル履きでTシャツからビール腹を覗かせて、ガードマンからじろじろと見られるのにお構いなく、カジノを見物するだけして帰って来るという、アメリカのおじさん風の度胸が最低限備えておくべき資質となる。それは今の私には求めがたいセンスだ。
 
Monaco 王宮前
 
…La prochaine déstination ☛ Avignon
 
 
 


2012年10月15日月曜日

Èze / エズ 観光地に生まれて

10/7 8:00 Nice 発 - 8:35 Èze 着
 
 
観光客の朝は早い。
 
6時半には起きて準備をする。外はまだ暗い。だが、このバスを逃せば次は一時間後。前回は話の流れ上、持ち上げて書いては見たものの、正味の話、そんなに便利なわけでもない。
 
時刻表を見る限り、30分ちょっとでエズの村に着く。だが、そんなはずはないだろう。村はニースからは影も形も見えないし、乗車して10分を過ぎてからも、バスは市街地をあちらこちらに進んで、乗客を拾っている。
 
それがなんとか時刻表通りに着いたのは、2分ばかりの容赦のないフライングスタートと、曲がりくねった山道をスピードを落とさず駆け抜ける、運転手のたぐい稀なるテクニックのおかげだろう。
 
オレ、このバスの運転が済んだら、F1レーサーになるんだ。
 
違う。そんな夢の名残りがこの運転テクニックなのだろう。
 
おそらくこのあたりには、夢破れてその腕を持て余した男たちがゴロゴロ存在して、こんな危険な山道を走るバスの運転手にも事欠かないのだろう。少年たちの夢のサーキット、モンテ・カルロは山を越えたすぐ向こうだ…。
 
話をエズに戻すと、「外から見えない」この特殊性こそ、エズ村が要塞都市として、14世紀頃まで発展していた理由がある。
 
そんなエズの村も、21世紀の観光客たちの目からは逃れられない。
 
Côte-d'Azur の中核都市ニースから30分という立地条件を、ガイドブックが逃すはずもない――必然、村は観光地の体をとる。
 
そこにあるのは四つ星ホテルとみやげ物屋と、観光客向け値段のカフェ。もちろん村の姿かたちは多くが昔のまま残されていて素晴らしい。しかしその美観さえも…いや、よそう。素直な気持ちで観賞することこそ、異文化理解のための最低条件のはずだ。それに、村の最高地にある熱帯庭園からの景色は、掛け値なしに美しい。
 
2時間弱の滞在の終わりに、村の入り口にあるカフェに入った。
働いているのは、高校を卒業したばかりとも思える若い女の子と、その父親らしき人物。
 
給仕に来る彼女の、露わになった二の腕を、素直な気持ちで歎賞しながら、彼女の将来を考えるのは野暮だろう。観光地で生きる意味など、そこで生まれ、死ぬことを選択したものにしかわかるまい。

1,2時間に一本ある、モナコ行きのバスを待つ。15分遅れているが、バスはまだ来ない。
 

エズ熱帯庭園からの風景
 
…La prochaine déstination ☛ Monaco
 


2012年10月14日日曜日

Nice / ニース 盛夏の名残り

10/6 23:40 関西国際空港発 - 10/7 14:15 Nice / ニース着

日本から南周りの飛行機に乗ってドバイで乗り継ぎ、20数時間。Nice Côte d'azur 空港に降り立ったときから夏だった。

乗り継ぎで訪れたドバイとさほど変わらぬ気候に困惑を隠せず、ベロアの上着を脱いだのは、窓の外にヤシ科の木の見えるホテルに着いた後。そのとき私は、スーツケースに入れた薄手のセーターが今回の旅行で使われることはまずないと、苦笑いをしながら確信した。

断わっておくが、私の衣類のチョイスが間違っていたわけではない。後日訪れたパリでは、自らの正しさを確認したのだが、それはまたのちの話だ。

いや、おそらく間違っているのはニース市民のほうだろう。声を大にして言いたい、「夏はもう終わった。時代は冬に向かっている」と。

実際のところ冷静になって、日本人的良識とともに考えるならば、そもそも半そで短パンで道を歩いている彼らのほうがおかしいのだ。そんなに暑くないだろ、いやむしろ、その格好、やせ我慢してるんでしょ?と。

なぜそんなにも夏に執着するのか。思うにニースの人々にとって、それこそが街の全盛期の思いで、古き良き時代の記憶なのだ。

フランス随一の避暑地としての地位を確立することは同時に、夏のあとの喪失感もまた何倍にも強く感じることも意味する。

避暑客たちは、夏が過ぎれば元の生活に戻り、10月のニースに取り残されたのはそこに住む住民たちと、季節外れ、流行りに乗り遅れた観光客だけだ。

そんなところにいったい見るべきなにがある?なにもないだろう。あるのはただ、イタリアから出稼ぎに来たフランス語も英語も不完全な革職人の店と、近距離に点在する観光地に向かうための、完全に整備されたバス網だけ。

こんな季節じゃバゲットひとつ満足に買えやしない。

さぁ行こう、流行りには乗り損なったけれど、他のところに行くバスならたんとある。10月のニースはそんな街だ。いや、まぁそれも悪くない…。



…La prochaine déstination ☛ Èze
 

2012年10月6日土曜日

ルーヴル3時間の旅

お久しぶりです。

二週間以上このブログを放置していたことにきちんと触れず、いきなり本題に突っ込むのはいかがなものかと思いますが、今日からフランスに行ってきます。

思えばこのブログを始めたのも、前回フランスに行ったのが機でした。

前回は二回目ということもあり、初めてのときには見えなかったフランス、改めて感じた日本の良さといったものが私にとって書く原動力となりました。果たして今回はどんな発見があるのでしょうか。

さて、出発が5時間後に迫っている今、あえてブログを更新してるのにはちょっとした理由があって、それが表題なわけです。

「ルーヴル美術館をいかに巡るか」これは美術好きがフランスを旅するにあたって、フランスを旅する、というメインテーマに準ずる位置を占めている、といっても過言ではないでしょう。

三十数万点を超える膨大な収蔵作に加えて、現在も継続中の改修工事、世界各地の企画展に貸し出される作品群。「ルーヴルは一日では回れない」とはよく言われることですが、一日はおろか、一年かかってもその全貌をうかがい知ることはできないのではないか。そう思わせる圧倒的な量と質。

にもかかわらず、今回の旅行では3時間しか予定をとっていないなんて、ふざけるのもいい加減にしろ、と叱責されても仕方がないところです。

限られた3時間をいかに使うか、それが今回のテーマです。

私が自らに課したテーマは、「フランス絵画、特に印象派前までを歴史を追って見る」ということです。

具体的に名前を挙げていくならば、フォンテーヌブロー派からプッサン、クロード・ロラン、ラ・トゥール、ロココ芸術を経て新古典派&ロマン派へ。と、なんともエロティシズム溢れるラインナップとなっています。

とりわけ今回絶対観たいと思っているのが、プッサンの『アルカディアの牧人』とクロード・ロランの作品群。この二つは前回完全に見逃していたので、凝視してきたいと思います。

果たして私は計画通りに作品を見ることができるのか?結果は帰国時に・・・。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
行くぜ、ルーヴル!