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2014年4月12日土曜日

ヴァンセンヌの新しい動物園

もっと野生的に、もっとディズニーランドから遠く離れて。

4月12日、5年間の改修工事を経て、パリ近郊の都市、ヴァンセンヌの動物園が再開する。

約15ヘクタールの土地は大きく5つのゾーンに区分けされている。パタゴニア、スーダン、ヨーロッパ、ギアナ、マダガスカルの5つだ。それがさらに細かく180に分類される。

注目すべきは、その「展示」方法だ。

20世紀の動物園の目的は「コレクション」だった。博物館や美術館と同様に、動物園もまた珍奇なもののコレクションとして、より多くの動物を見る=鑑賞することが優先された。

21世紀の動物園が目指すところはなんだろう?日本では北海道旭川市の旭山動物園が有名だ。行ったことがないので、具体的に語ることはできないが、ニュースなどで見た限りでは、いかに「見せる=魅せる」かに重点を置いているように思える。動物園もエンターテイメントのひとつとして位置付けようという試みだ。

一方、ヴァンセンヌの動物園において、動物たちはより自然な環境に身をおく。そこでは動物が本来生活している環境をできる限り再現している。ゆえに欠点もある。入園者たちは動物を探さなければならず、もしかすると見えないこともあるかもしれない。それでいいのだ、というのがヴァンセンヌ動物園の考え方だ。

園長のThomas Grenon 氏の目的は、動物園をただの娯楽施設でなく、教育の道具とすることにある。来園し、限りなく自然に近い環境で暮らす動物たちを見て、自然保護の必要性を自覚する。そうなれば素晴らしい、と彼は言う。

どちらがいい、悪いの話ではない。ただ、これからの動物園はより差別化されたものが必要だ、ということだ。もちろんそれは、動物園に限ったことではない。植物園や水族館などの公共施設しかり、遊園地やデパートなどの民間施設しかり。そして、ブログのような個人的情報発信サイトも、また。

Au revoir et a bientot !

2014年4月10日木曜日

プロ野球顧客満足度調査 2014

オリックス・バファローズの8連勝をかけた試合を見てきました。結果は3-6 で敗戦。プロ野球は年間144試合。いつかは負けるものだから、そう落ち込むこともないでしょう。まぁ、一言言わせてもらうなら――岸田、投球テンポ悪すぎぃ!

明けて今日、面白いニュースをネットで見つけたので紹介を。

慶大理工学部の鈴木秀男教授が今季開幕に合わせて、「プロ野球のサービスに関する満足度調査」なるものを発表した。なんでもこの調査、2009年から毎年行われているらしい。

当然のようにオリックスは最下位を獲得。総合満足度からチーム成績、チーム・選手、球場、ファンサービス・地域貢献、ユニホーム・ロゴ、応援ロイヤルティー、観戦ロイヤルティーと計7項目あり、いずれの値においても、オリックスは下位を低迷した。もちろん、毎年10~12位を死守し続けている。

「顧客がなにを求めているか」を知るのはどんな業界でも大切なことであり、この調査も有用だと思う。個人的には「経験価値」なる概念が非常に面白く、ためになった。

ただ、この調査に関して言わせてもらうなら、結局のところ「強いチームが高い数値を出す」という、当たり前の結論に行き着いてしまっているように思う。だって、パ・リーグは公式ホームページを全チームで統一してるのに、オリックスの満足度がほかに比べて低いってどうよ?

もちろん、強いだけでは駄目なようだ。巨人はセ・リーグを連覇したが、それでも満足度は5位にとどまった。ここには「毎年日本一になってほしい」「人気すぎてチケットが出に入らない」といった、強くて人気があるが故の不満も散見される。あるいは、この項目でいえば「応援ロイヤルティー、観戦ロイヤルティー」といった項目を高めることで、たとえ順位が低くても、満足しやすい環境づくりができるようだ(広島など)。

やはり満足度を向上させる最大の要因は、勝利だ。かつて落合元監督が語ったように、「勝つことが最大のファンサービス」といえる。

というわけで今のところ好調なオリックスも、今後も勝ち続けることで、ファンの数が増えていくのではないだろうか。もっとも、7連勝中にもかかわらず、昨日の観客数は12653人に過ぎなかったのだけど。

ちなみに、上記の調査でオリックスが1位を獲得した項目は、「チケットの手に入りやすさ」でした。

Au revoir et a bientot !

2014年4月8日火曜日

追悼 ジャック・ル・ゴフ

ジャック・ル・ゴフはみずからが中世を発見した日を覚えている。

1936年、フランスの南東部、地中海に面する軍港の町トゥーロンに住む十二歳の少年は、イギリス中世を舞台にした、ウォルター・スコットの歴史小説『アイヴァンホー』を読むことで、中世と出会ったのだった。

1936年は結集した反ファシズム勢力がフランスで選挙に圧勝し、人民戦線内閣が誕生した年。ル・ゴフも、『アイヴァンホー』の描くノルマン人のユダヤ人に対する仕打ち、とくに美しいヒロイン、レベッカの苦難を読むとただちに、当時のユダヤ人排斥と人種差別に反対する運動に加わろうと決心したようだ。それは母親をひどく心配させたが。

1924年にトゥーロンで生まれたル・ゴフはその後、パリの高等師範学校に進学、ヨーロッパ各地の大学で学ぶ。その後はアナール学派第三世代のリーダーとして、フェルナン・ブローデルの後を継ぐことになる。2014年4月1日、90歳でその人生の幕を閉じた。

アナール学派とはなにか。相変わらずWikipedia に頼らせてもらうと、

旧来の歴史学が、戦争などの政治的事件を中心とする「事件史」や、ナポレオンのような高名な人物を軸とする「大人物史」の歴史叙述に傾きやすかったことを批判し、見過ごされていた民衆の生活文化や、社会全体の「集合記憶」に目を向けるべきことを訴えた。この目的を達成するために専門分野間の交流が推進され、とくに経済学・統計学・人類学・言語学などの知見をさかんに取り入れた。民衆の生活に注目する「社会史」的視点に加えて、そうした学際性の強さもアナール派の特徴とみなされている

機関紙『アナール』の創刊が1929年であることを考えると、ずいぶんと長い歴史を持つ学派ということになる。アナール派で特に有名なのが、フェルナン・ブローデルの『地中海』だろうが、不幸にして私は未読のため、語ることはできない。

「大人物」や「事件」を中心にした歴史記述でなく、「民衆」に視点を当て、「集合記憶」を呼び覚ます手法は、ル・ゴフの著作にも現れている。それはほぼ同じ時代を生きた、ドイツ中世史家の阿部謹也氏にも同様の感覚が見受けられる。

ル・ゴフ氏の著作で読んだことがあるのは、『中世の高利貸』と『子どもたちに語るヨーロッパ史』だけだが、歴史学の門外漢である私にも刺激的な作品だった。一般の人々にも十分訴えかけるだけの内容を持つ著作であり、生き方の再考を迫るものだと思う。

本と出合い、人と出会う。ル・ゴフ氏にとっての『アイヴァンホー』のように人の生き方を変える力が、彼の著作物にもある。ご冥福をお祈り申し上げる。

Je prie pour l'âme de Jacques Le Goff...

参考書籍:子どもたちに語るヨーロッパ史 ちくま学芸文庫

2014年4月3日木曜日

世界最古の月面地図帳

最近読書日記ばかりだったので、久しぶりに趣向を変えて。

Le Point.fr 中のシリーズ、Les incroyables tresors de l'Histoire / 歴史の信じがたい贈り物 から世界最古の月面地図帳の話を。


作成したのは Johanes Hevelius / ヨハネス・ヘヴェリウス(1611-1687) というポーランド人。同時代に生きたガリレオ・ガリレイや、ヨハネス・ケプラーにはるかに知名度では及ばないが、重要な人物だ。自宅に設置した巨大な空気望遠鏡は彼の代名詞で、名前を冠して「ヘヴェリウスの空気望遠鏡」と呼ばれていたそうだ。空気望遠鏡なるものがどんなのか、私にはわからないが、レンズの直径15センチメートル、鏡筒部分の長さ45メートルというのだから、相当のものだ。

4年の観測期を経て1647年に発表された著作は、『 Selenographia 』と題され、出版された。タイトルは月の女神 Selene / セレネの名前から。1663年、フランス滞在の折に、自らの著作をルイ14世に献呈した。その書物が今もフランスのBNF(Bibliotheque Nationale de France / フランス国立図書館)に現存する。


動画を見る限り、非常に美しい書物だ。もちろんただ美学的見地からでなく、科学的にも非常に価値の高い作品として、今も大切に保管されている。

ヨハネス・ヘヴェリウスの生涯については、ja.Wikipedia よりも.fr. のほうが詳しい。おそらくポーランド語ではより詳細に書かれているのだろう。こんなのも、ものの見方を変えてくれる、小さいけど大切な瞬間だ。

Au revoir et a bientot !

 参照URL:Le plus ancien atlas de la Lune publié en 1647 par le Polonais Hevelius. © Le Point.fr

2014年1月6日月曜日

野球フランスリーグ、今年の参加チームを発表

先月、野球フランスリーグの Classement Elite、サッカーで言うところの1部リーグに参加する8チームが発表された。

Chartres-French Cubs, Rouen-Huskies, Senart-Templiers, Beaucaire-Chevaliers, Paris UC, Savigny sur Orge-Lions, MVC-Barracudas, Toulouse-Tigers, 以上の8チームで2014年のチャンピオンシップは争われる。

各チームの名前は前半部分が地名、後半部がチーム名になっていて、それぞれカタカナに直すと、

シャルトル・フレンチカブス
ルーアン・ハスキース
セナール・テンプリエ
ボウケール・シュヴァリエ
パリ・大学クラブ
サヴィニー・ライオンズ
モンペリエ・バラクーダ
トゥルーズ・タイガース

となる。

で、FFBS(Federation Francaise de Baseball et Softball / フランス野球&ソフトボール連盟) の公式ホームページを見たんだけど、やる気なさすぎ!

まず参加しているチームの情報がどこにあるか、全然わからないし、ようやく見つけても情報そのものが少なすぎる。誰が所属しているのか、去年の成績がどんなものなのか、ぱっと見れないってのはいかんでしょ。

ちなみに2013年の結果を見ようと思えば、FFBSのホームページ→Championnats Baseball Division 1 → CNSB Archives-Championnats 2013 → Calendrier,resultats と経由すれば見ることができる。ね、簡単でしょ?

4割打者が誕生していたり、ホームランが1本も出ていなかったり、突っ込みどころは満載だが、ひとつのスポーツがある地域に根ざしていく、その過程を体験しているようで実に楽しい。

週に1度、一年で28試合しかなかったり、チームの本拠地もほとんどが人口10万前後の地方都市だったりと、まだまだ発展途上のフランス野球だが、もともと潜在的にスポーツ好きな国民性。サッカーやロードレースばかりが取り沙汰されるが、ラグビーもようやく根付いてきた。野球がフランス人の気質に合わないと誰が言い切れるだろう?今後の展開に注目だ。

Au revoir et a bientot !
私は今年もオリックス・バファローズを応援しています。
参照URL: FFBS 公式サイト

2013年7月23日火曜日

お前らはエコロジストを名乗ればいい

インターネットには様々な側面がある。世界中の情報をリアルタイムで知ることができるのもひとつ。2013年ツール・ド・フランスでなんの波乱もなく、クリス・フルームが優勝なんてつまらない記事も、レース終了直後に手に入る。いろんな人の意見を読むことができるのもひとつ。たとえ匿名の仮面をかぶっているとしても、ほとんどの意見が感情まかせに吐き出されたクソみたいなものだとしても。それでもきちんと時間をかけさえすれば良い意見も見つかるし、自分では思いもよらなかった新たな側面から、物事に光を当ててくれることさえある。声の大きさは大小あれど、画一性からはまだ逃れている。

で、気づくんだ。「マスコミってのも案外大したことないな」って。

ニュースを提供する媒体としての存在価値は未だ持ち続けているにせよ、オピニオンを発信する存在としては、もはや死に体だ。新聞やテレビで彼らの呟く言葉を聞くたび、むしろ発せられなかった言葉の大きさにたじろいでしまう。誰もがわかりきっている意見をしたり顔で語る表情の裏側に隠された、数々のタブー。もうタブーしかないじゃん、ってみんなが好き勝手言ってるネット上からふと戻って見るとそう思う。

で、なんの話がしたいかって?そら、自転車よ。

ここ1,2年の自転車をめぐるマスコミの言説は凄まじい。そのほとんどが自転車を批判する体のものである。いわく、自転車事故が急増している、マナーが悪い、放置自転車が多い、あげく景観を損なっている、歩行者にとっても車の側からしてもあぶない…などなど。

正直、マナーの悪い自転車が多いのは事実だ。私だって何度か無灯火で逆走してくるチャリンコに命を奪われそうになったし、歩道を我が物顔で走ってきてはベルを鳴らされたこともある。

でも考えてみてほしい。そんな状況を作ったのはどこのどいつだ?交通ルールを子供のころから叩きこまなかったのは?自転車の走る道がどこにもないのは?自転車道があってもその上に車が駐車してるのは?駐輪しようにも駐輪場がないのは?全部自転車乗りが悪いのか?なんでその事実を報道しないのか?頭悪いのか?バカなのか?権力の犬なのか?

結局その全部なんだろう。自転車よりも明らかに死亡事故の多く、車線をひとつ潰して停車して、景観をはるかに損なっている車について、なんにも言わないのは。

自動車産業の声は大きく、自転車のそれは小さい。世界中でシマノのコンポーネントが使われていようと、この事実は変わらない。これからも当分、自動車は日本の主要な輸出製品であり続け、ガソリン、もしくは電気を使うのにエコだと言い続け、定期的な買い替えを迫るだろう。その一方で自転車は、乗る人の汗と筋力だけで動く魔法の乗り物、否ケンタウロスの下半身は、地球環境にも人間の文明にも優しくない、野蛮な乗り物として、反社会性の権化として白眼視され続けるのだろう。

この状況がすぐに変わることはないだろう。なら草の根で活動してやろう。生育してアスファルトをも突き破る雑草を見習って、チャリンコ乗りがペダルを踏んで地球を回そう。

それに、彼らの言うことにも一理ある。マナーは各々で意識して改善すべきことだし、ママチャリは確かにダサい。街中で一台一万円もしない中国製のママチャリがずらっと並んだ様は確かに醜悪だ。まずはここからだ。

さあみんな、GIOS に乗ろうぜ。

Au revoir et à bientôt !
My GIOS 今年で6年目。総走行距離約20,000km
 

2013年7月18日木曜日

紳士協定とドーピング 【後編】


「汚い」選手と「きれいな」選手が混淆することを嫌う唯一の理由、それは「公平性に欠ける」ということだろう。ドーピングという「汚い」手を使って超人的な記録をたたき出す選手と、「清廉潔白な」選手が争うのは不平等だという風潮。一見説得力を持つように見えるが、実のところ全くそうではない。

なぜなら、スポーツほど不平等なものはないからだ。

考えてみてほしい。一人の選手が一流の選手になるために必要なものの数々を。生まれもっての才能であり、それを伸ばしてくれる指導者であり、よき理解者であり、設備を含めた環境であり、生まれた時代であり、惜しみない努力であり…その多くは一個人の力ではほとんどどうしようもないものであり、換言してしまえば運である。ツールが100周年を迎えるにもかかわらず、未だただ一人の日本人も区間優勝すら成し得ていない現実を見てほしい。オリンピック100m決勝で、黒人を破って金メダルを取ったアジア人はいない。

人間の問題ばかりではない。技術の発展とともに、道具の進歩も顕著になる。ひとつの道具の開発が、記録の歪さを作ることになる。ここ2年の日本プロ野球界の統一球問題もそれだろうし、そもそもプロ野球においては、球場の広さの変化が、野球そのものを変えたところもある。陸上競技において、シューズの革新が記録にもたらした影響は大きいだろうし、競泳ではあまりに記録の出る水着の使用が禁止になったこともあった。

この観点からドーピング問題を再考すると、改めてドーピングが悪とされる理由がわからなくなる。やや極言に過ぎるとはいえ、それは人類の技術の発展がもたらした恩恵ともいえるからだ。その恩恵にあずかれる人とそうでない人がいるから不平等だという論理は、優れたシューズをはける選手とはけない選手がいる不平等と同じであり、正当性を持たない。

健康面からの考察もしてみよう。ドーピング問題を語るにあたって、この側面からの非難は以外に少ない。これにはスポーツの根底にある「一生懸命さ」が、健康と無縁であるからだろう。それにスポーツ界で未だ幅を利かせている根性論もこれに反対する。「命を削ってでもトップになりたい」といった言葉の響きの良さを考えればわかるだろう。たとえそれによって命を落とすことになろうとも、一位になれるのならば惜しくない、と考える人間が出るのは、現在のスポーツをめぐる言論と風潮を考えれば当然のことだ。

もはやドーピングを非難することのできる明白な論拠は存在しない。今後、ドーピングを正当に非難し、禁止するためには、過度なトレーニングの禁止(+トレーニング量の統一)や、人種ごとにわけて競技を行うことが必要になるだろう。健康のためのスポーツと、公明正大な競技の行き着く果ては、およそ興行・娯楽性のない味気ないものとなるだろう。

結局、ドーピングをめぐる非難の根源にあるのは、観衆やファンの「格好悪い」と感じる気分の問題だ。ドーピングをして自分の贔屓の選手やチームが勝ったとしても嬉しくないという気持ちが、ドーピング禁止の風潮を生み出す。たとえそれが「ドーピング=悪」の予め刷り込まれた公式から生み出されたトートロジーであろうとも。「気分」こそ、反・ドーピング運動を正当化する唯一の論拠なのだ。

なにもその気分は観客だけのものではない。選手たちもその気分を共有していることは、時代をともにしていることからして当然のことだといえる。ならばドーピングをした選手はつまはじきにする選手間のルールが、ドーピングの撲滅に繋がるだろう。それは「落車が発生したときにアタックしてはいけない」という、ロードレースの紳士協定と同様、暗黙の了解としてのみ存在すべきだろう。そして裁くのは常に競技に身を投じている当事者で、外部の人間が関与すべきことではない。唯一彼らだけがその競技に己の人生を賭しているのだから。自らの命の重さは、自分で量るべきだ。

Au revoir et a bientot !

2013年7月17日水曜日

紳士協定とドーピング 【前編】

クリス・フレームが順調だ。

記念すべき第100回ツール・ド・フランスの主役は間違いなくこの男。「白いケニア人」は第16ステージ終了時点で総合2位のモレッマとは4分14秒差、3位コンタドールとは4分25秒差。個人TTにも強いことを考えれば、すでにマイヨ・ジョーヌにチェック・メイトといったところ。順調すぎてつまらないくらいだ。

こうも圧倒的だと周囲も当然のごとく騒がしくなる。もはやロードレース界では消えることのない「ドーピング疑惑」だ。強い選手が出てくるたび、この話題が蒸し返される。シロだクロだと騒ぎ立て、肝心のレースはおざなりになってしまう。一般レベルにはドーピングの話題しか入ってこず、あげく過去の名選手までがクロとされ、人気は落ち込む一方だ。

先日は陸上100mの元世界選手権王者タイソン・ゲイと元世界記録保持者のアサファ・パウエル両選手が、ドーピング検査で陽性反応が出た、と報道された。日本でもスポーツニュースとしてでなく、時事問題として取り上げられていた。

ここでひとつ問題提起をさせてほしい。ドーピングのなにが悪いの?と。

この問いに答えるのは案外難しい。巷では「ドーピング=悪」の公式だけは流布しているが、それを突き詰める姿勢は皆無だ。マスメディアは「悪いものは悪い」のトートロジーで済ませようとする、この姿勢こそが最悪だ。「問題だ、問題だ」と騒ぎ立てるばかりで、なにが問題なのかについては決して触れない。
ここはひとつ自分なりにドーピングについて考えめぐらせることが必要だろう。

ドーピングを叩く言質には主に2つの傾向が存在する。一つは健康面、もう一つは倫理面。前者は簡単で誰にでもわかりやすい。「ドーピングは体に悪い」から禁止すべきだ、という論旨であり、タバコは体に悪いからやめるべき、というのと同じ類いだ。

一方、倫理的な側面はより複雑だ。倫理的である以上、そこに善悪の概念が付きまとうのだが、「ドーピング=悪」の公式がアプリオリなものとして仮定されており、「なぜドーピングが悪いのか?」という問いにそのまま、この公式が返されてしまう。少し掘り下げて善悪の基準を探ってみると、それが実に曖昧で恣意的なものであることい気づかされる。加えてそれは時代によって変化するものでもある(例えばロードレース界では昔、変速機の使用は禁じられていた)。

もう少しだけ掘り下げてみよう。ドーピングにまつわる言葉を探っていくと、しばしば「汚い」「汚れた」といった形容詞に出会う。そうなると反論として「身の潔白を証明する」を必要がでてくる。つまりレース上に「きれいな」選手と「汚い」選手が混じっていて、それが問題だ、ということだ。

なんとなく、いろんな競技の黎明期に頻出した「黒人と一緒にするのは嫌だ」という人種差別的言質に向かいそうだが、今回はそれには触れないでおく。しかし、おそらく根はその近くにある。

【後編】に続く
Au revoir et a bientot !
記事に関係のない画像でもとりあえず貼っておけという風潮。


2013年5月9日木曜日

オランピア、母に会う

オマージュとパロディ、盗作の境界線は曖昧だ。とりあえず、どれもすべて元となるネタが存在するが、それに対し、密やかな目配りをするのがオマージュ、それなしには成立しないのがパロディ、もはや元ネタと区別がつかないのが盗作としておこうか。

とりわけ小説や美術の世界で、それらは活発だ。いや、そもそもこれらの呼称が芸術作品にのみ使われている、というのが正しい。優れた作品は優れた後継者を生み出す。それはひとえに真似ぶ力だ。

4月末、歴史的な邂逅がなされた。マネの傑作、『オランピア』が、歴史上初めてフランスを離れ、16世紀の画家ティツィアーノの『ウルビーノのヴィーナス』とヴェネツィアの地で出会ったのだ。

世界一美しい二人の女性は、同じ壁に並んで飾られ、各々に自らの美を主張する。ミシェル・レリスが夢見た一生に一度あるかないかの奇跡が、21世紀になって実現した。

この二人を共に「世界一美しい」と表現するのは、矛盾を孕んでいるようでいて、そうではない。なぜなら、『オランピア』は、『ウルビーノのヴィーナス』の直系の子孫、更に言えば母と娘の関係にあたるのだから。

マネが初めて『ヴィーナス』を見たのは25歳のとき。彼女は既に有名人であり、1775年にはマルキ・ド・サドを悩殺し、「高級娼婦」と揶揄されていた。美の女神は1863年、31歳のマネの手によって正式に娼婦へと格上げされる。

『オランピア』の中でマネは、偉大なる前任者にオマージュを捧げつつ、7つの違いを描き出している。モデルの女性がサンダルをはき、首に紐を巻いていること、忠実さのシンボルである犬が、黒猫に変えられていること。もちろん猫は気ままさのシンボルであり、同時に姦淫の象徴でもあり、その証拠に尻尾は性器を象っている。

あの『草上の昼食』よりも当時過激とされたマネの作品。その本質にあるのは、平凡さの中に潜む不遜だ。裸体画とは本来、あるいは建前として「美」を崇めるためのものであり、好色な目的のものではなかった(とされていた)。

マネの前では建前の仮面はいとも容易く剥ぎ取られる。オランピアの率直な、鑑賞者をじっと見据える眼差しによって。

そういえば、ニュースでは『オランピア』搬入時の様子も報じられていた。それによると同作は、ごく平凡なトラックに乗せて運ばれてきたという。トラックの荷台に『オランピア』を乗せる不遜さ、この行為もまた、マネの作品のオマージュ、といえるかもしれない。

Au revoir et à bientôt !

 

2013年5月7日火曜日

世界で一番良い仕事 !?

オーストラリアは身近だ。

高校の頃、留学といえばオーストラリアだったし、ワーホリの行き先でも、一番人気だ。

もちろん実際に身近かといえば、決してそんなことはない。時差はほとんどないけれど季節は真逆だし、そもそも飛行機で9時間はかかる。文化的背景も日本とはひどく異なる。

初めて西欧文明が到達したのが1606年、1788年からは独立したアメリカに代わって流刑植民地としてイギリス人の移民がはじまる。1828年に全土がイギリスの植民地に。1901年に独立を果たすが、その後もイギリス国王に忠誠を誓っていた。当然のように先住民たちの文化が無視されるのが西欧の帝国主義が世界に広めた「歴史」だ。

それはともかく、身近な国と思わせるのにはそれなりの努力が必要で、オーストラリアは国を挙げて実施しているのが大きい。その文化的背景を有効に生かして、日本を含むアジアの各国には西洋文明への憧れを、ヨーロッパ文化圏には共通の価値観をチラつかせながら、適度に加減されたオリエンタリズムを提供する算段。実にしたたかである。

そんな国を挙げての取り組みの一つに、「世界最高の仕事」プロジェクトがある。
カンガルーを起こすこと、イルカと一緒に泳ぐこと、コアラを抱くこと、そしてオーストラリア国内の魅力的なバーやレストランを発掘すること、といった一般的な仕事のイメージとは程遠いものばかりで、毎年世界各国から数万人が応募している。

応募には30秒のアピールヴィデオの製作が必要になるが、今回選ばれたフランス人のElisa さんが作った動画がこちら。他にもFacebook 上で1000のいいね!を獲得するために奔走する姿を撮った動画などもアップされている。


なんのためにこんなプロジェクトを?もちろん、オーストラリアの魅力をもっと世界に知ってもらうためだ。なるほど、広告費に較べれば人間一人の人件費など知れたものだ。現在の一個人の発信力に着目した、21世紀型マーケティングの成功例といえるだろう。

観光大国を目指す日本の手本が、こんなにも身近なところにある。

Au revoir et a bientot !
オーストラリア。じゃなくて、おーじどうぶつえん。
 参照URL:
 

2013年5月2日木曜日

メーデー スペインからの救難信号

5/1 はメーデー(May Day) 、ヨーロッパでは夏の訪れを祝う日である一方、労働者が統一して権利要求と国際連帯の活動を行う日である。

昨今の日本では存在感が薄く感じられるが、その一番の理由は、ゴールデンウィークとかいうふざけた大型連休の最中に、働くことを真面目に考えるやつなんていない、この一点に尽きると思う。

そもそも日本は国際的に見て、5/1 が祝日ではない、珍しい国の一つに数えられる。祝日化の動きはこれまでに何度かあったようだが、実現はしていない(このあたりの経緯はWiki を参照させていただいた)。つーか別に勤労感謝の日があるじゃん、と言われればそれまでだ。

ここに面白いデータがある。

タイトルはずばり「世界の祝日ランキングベスト10」。祝日を含めた年間有給休暇数を比較したものだが、日本はヴァカンス大国フランスから1日少ないだけの、年間35日で世界9位にランクインしている。アメリカの25日、ドイツの29日、有休がすべて使えるわけでないことを差し引いても、かなり多い。

さて、肝心のメーデー。水曜日は世界各地で労働組合による運動が繰り広げられ、ヨーロッパではとりわけ、緊縮財政と失業率の悪化に抗議するデモが盛んに行われた。

その中でも気になったのは、先日就任したばかりの第266代ローマ教皇フランシスコが出した声明だ。

「若者だけに限らず、人々が就業するのが困難ないくつかの国がある」と教皇は言う、「エゴイスティックな経済原理が根底にあり、それが今日の状況を生み出しているではないかと思っている。これは社会的正義の観点から逸脱した精神だ」。このように述べて失業と、それを生み出している社会に警鐘を鳴らした。

この発言で教皇が念頭に置いていたのは、スペインの悲惨な就業実態だろう。

昨年10~12月期のスペインの失業率は、過去最悪の27.2%。これは国民の4人に1人が失業しているきわめて異常な状態だ。更に若者(16~24歳)に限ればこの数値は57.2%にまで跳ね上がる。リーマンショックが起きる直前の2007年の数字が8.6% 。失業者の総数は当時が190万人、現在は620万人にまで膨らんでいる。

スペインの年間有給休暇数は日本より1日多い、36日(フランスと同率6位)。羨ましくなんかない。今やスペイン国民の大半にとって毎日がヴァカンスだ。もちろん、無給だ。国民的スポーツであるサッカーも、先日チャンピオンズ・リーグでレアル・マドリー、バルセロナともに、ドイツ勢を前に敗退した。経済だけでなくサッカーでも負けちまうのか?

ここ数年のあいだ、世界最高のサッカーチームであり続けたFCバルセロナが、2試合合計 7-0 でバイエルン・ミュンヘンに敗れる姿は衝撃だった。もしかするとあれは、スペイン経済が発するメーデー(*救難信号)だったのかもしれない。

* mayday は世界共通の救難信号。フランス語の "Venez m'aider / 助けに来て" に由来する。
 
Au revoir et à bientôt !

2013年4月30日火曜日

砂漠のオアシス ※男性専用

泥沼の予感。

フランス軍がマリで展開中の軍事作戦、セルヴァル作戦 / Opération Serval で昨日、一人の兵士が殺害された。今年の1月から始まった同作戦上、これが6人目の死者となった。イスラム系武装組織のマリ北部での蜂起が引き金となったこの戦争から、徐々に戦力を引き上げている最中のことだった。

この戦争に以前紹介したナイジェリアのイスラム武装勢力 ボコ・ハラム / Boko Haram も加わっている。

2002年、Mohammed Yusuf / モハメド・ユスフ によって結成された。創設当時は大学生や中上流階級出身の200人ほどの集まりだったようだ。2004年頃から活動拠点をニジェールとの国境付近に移し、警察を襲撃し、弾薬を奪うなどしていたようだ。

2009年に状況が悪化する。ナイジェリア警察はこの年、ボコ・ハラムの摘発に乗り出し、リーダーのモハメド・ユスフ逮捕に成功する。このときの治安部隊とボコ・ハラムとの戦闘で、700人以上の死者が発生。モハメド・ユスフはその後、収監中に脱走を図り射殺された。
その後は Abubakar Shekau を中心にグループをまとめ、現在もアフリカの各地でテロ行為を行っている。


一方でこんなニュースもある。

空調完備の部屋、競技用プールに映画館、サウナやスパ、トレーニングジムまで完備された豪華ホテル、じゃなく刑務所がサウジアラビアでお披露目された。

目的はもちろん、テロリストたちに英気を養ってもらい、次のテロ行為へと向かわせるため、ではなく、「対話と説得」によってジハード主義者たちを改宗させようという狙いだ。彼らに知的教育と心理的・身体的な安らぎを提供することで、テロ行為から足を洗ってもらおうというのだ。

テロリストたちが優遇される一方で、サウジアラビアの女性たちは、一人で外出することも、車の運転をすることも禁じられている。もちろん、夫以外の男性と会ったりすれば死刑ものだ。

さて、ここで問題です。もしあなたがサウジアラビアに生まれたとして、テロリストになりたいですか?それとも女性になりたいですか?

Au revoir et à bientôt !
2枚とも公開された刑務所内の様子(Crédits photos : AFP)


2013年4月23日火曜日

華麗なる転職。ランス・ハーブストロング見参!

その規則正しいペダリングを、今度は音楽の世界で活かそうか。

世界一過酷なスポーツを言われるロードレースの世界において、その肉体の強靭さゆえに「鋼の男」と讃えられた男は今、その不屈の精神をもってかつての輝きを取り戻そうとしている。

ランス、音楽業界に殴り込み。

ツール・ド・フランス前人未到の7連覇を果たした男が、ドーピング告白を経て、新たに挑戦するのは音楽だった。先週末、アメリカのテキサス州オースティンで催されたレゲエ音楽祭で、全盛期のペダリングを彷彿とさせる正確で力強いドラミングを披露した。

注目すべきは参加したグループ名だ。その名も 「Lance Herbstrong / ランス・ハーブストロング」。先日告白したばかりのドーピング行為を、自ら嘲弄するかのようなその名前に、拍手喝采せずにはいられない。


俺は勝つためならなんだってやっちゃうぜ?――いいね、その心意気。大好きだ。

おそらく彼は、大衆がランス・アームストロングに求めているものを痛いほどわかっている。どんな手段を使ってでも勝ちたいという勝利への飽くなき渇望。いかなる逆境に陥ろうとも、何度でもしぶとく這い上がって来る泥臭い執念。スマートさや清廉潔白なんて必要ないんだ。何度も倒れ、その都度起き上がる。いつまでやるの?――勝つまでさ。

自転車に乗ってるときにはあれだけ格好良くみえた帽子も、それをかぶってドラムの前に座っている姿を見ると随分と滑稽にうつる。まるで道化役者の帽子だ。でもそれでいい。かつての自分に唾を吐きつけてでも、今の自分を輝かせる。そうだ、ツール7連覇の記録なんて、彼にとっては踏み台にすぎない。

さあ、これから本番だ。僕らのアームストロングが帰ってきた。スポットライトの準備はできている。

Au revoir et à bientôt !
見よ、ランス・アームストロングの新しい職業を!
 
ランス・ハーブストロング公式サイト ランス・ハーブストロングの音楽が無料でダウンロード可能。Peter Tosh の「Legalize it / 合法化しろ」のアレンジは曲名的にも音楽的にも最高。
 

2013年4月22日月曜日

ヒゲを伸ばせ! 皮膚を守れ!! 彼女を作れ!!!

文化によって男らしさの尺度は異なる。

イスラム教圏ではヒゲをたくわえることが一人前の男の条件であるのに対して、日本ではみっともないもの、だらしないもの、社会不適応者を見分けるための基準である。

ごめん、これ前にも言わなかった?――まあいいさ。今日は久しぶりに健康の話をしよう。

今の日本の行き過ぎた健康志向に距離を置いて冷ややかに眺めている私は、以前にも喫煙を擁護するような文章を書いたが『愛は地球を救う、なんて嘘よりも』)、そのときも今回もニュースの発信源はオーストラリアだ。どうやらこのオーストラリアという国、日本以上に健康志向が強そうだ。もしあなたがオーストラリアに住みたいと考えているのなら、健康マニアになるか、あるいは羊になるかのどちらかをあらかじめ決めておいたほうがいいだろう。それ以外の生物にはどうやら生き抜くことのできない環境のようだ。

さて、ニュースの内容だ。

オーストラリアの科学者がデイリー・メール / Daily Mail に発表したところによると、ヒゲには癌になるリスクを低下させ、なおかつ皮膚の急激な老化を防ぐ効果があるという。

詳しく見ていくと、ヒゲはUVカット率90~95%を誇り、保湿機能に優れており、更には花粉や埃吸入防止にも役立つという。

これだけの機能がついて、お値段はなんと、¥29,800 !さらに今回はなんと、このあごヒゲを買えばもうひとつおまけに口ヒゲがついてくる!もちろんお手入れも簡単。一日一回、さっと石鹸でこすって洗い流すだけ。なんて、まるでテレビショッピングの言い草だが、科学的に立証されていますから、と言われてはああ、そうですかとしか返しようがない。

だがもっとも重要な点は科学では語れない。ここは統計様の出番だ。最新の調査によると、なんと44% の女性が、ヒゲをたくわえた男性に魅力を感じるというのだ!(じゃあ残りの56%はどうなんだ、なんて突っ込むだけ野暮だ)。

やったね、ついにモテない病を癒す特効薬が見つかったわけだ。生まれてこの方彼女ができたことのない君、明日からヒゲを伸ばして健康と彼女を一緒に手にしよう!

会社から怒られそうになったら、こんな風に言っておけばいい。健康マニアとは、言い方を変えれば科学の無謬性を信じる狂信者だ。モテるか否かは統計学的結論だとしても、その他の点に関しては科学的に立証されているのだから。

「すいません、花粉症でして」
 
Au revoir et à bientôt !
マスクをしてれば大丈夫、なんて時代は終わった。今はヒゲだよ!!

2013年4月21日日曜日

事件性しかない

いつもどこかでなにかが起きている。

20日、中国の四川でマグニチュード7.0の地震があった。少なくとも156人が死亡、5000人以上が負傷した。15日にボストン・マラソンの途中で起きた爆弾テロ事件には、チェチェン共和国からの戦争難民の兄弟2人が関わっていたことが明らかになった。

フランスでは20日、カメルーン北部で2カ月に渡って拘束されていた人質7人が、無事解放されフランス本土の地を踏むことができた。

GDFスエズ(電気・ガスの供給で世界2位の売上高を誇るフランス企業)の従業員を含む7人は2月、ナイジェリア国境に近い場所に小旅行に出かけた際に誘拐された。

オランド大統領はカメルーン、ナイジェリア両国の協力に感謝するとともに、サヘル地域において未だ8名のフランス人が拘留されていることに言及することも忘れなかった。

この事件に犯行声明を出したのはナイジェリアのイスラムテロ集団、"Boko Haram / ボコ・ハラム"。「西洋教育は罪」を意味する彼らの要求は、ナイジェリアとカメルーン両国内で拘留されているメンバーとその妻、子供たちの解放だった。

ボコ・ハラムは今年の1月16日、日本人の人質7名も死亡したアルジェリアの天然ガス精製プラントを襲ったアルカイダ系武装勢力と繋がりがあるとされている。

あぁ、やっぱりアフリカは危ないとこなのね。なんて他人事の感想を述べてる場合じゃないだろう。日本では市民もマスコミも健忘症の進行が深刻だが、テロとの戦いは2001年9月11日以降、間断なく続けられている。

決してイスラムとキリストの対立にしてはいけない。みんなが思っているこの一線を安易に踏みにじった前アメリカ大統領の負の遺産が、今も世界の至るところに残され、大きな芽を出そうとしている。

「オバマ大統領、一緒に『悪の枢軸』と戦おう」
 by ウゴ・チャベス

Au revoir et à bientôt !
写真くらいほっこりするものを使おう。
 

2013年4月7日日曜日

神格化される父とその暗殺者

分厚い強化ガラスの向こうにいたのは、どこにでもいそうなごく普通の男だった。

他の受刑者と同様に頭を丸め、、囚人服をまとっているが、むしろそれゆえに男の平凡さは際立って見えた。他の面会者たちが向かい合っているのは、いかにも屈強で凶悪そうな男たちばかりで、そのせいか面会者たちの顔つきもいわくありげに見えてくる。

それに較べて目の前にいるこの男、ジェームズ・アール・レイ / James Earl Ray はどこか寂しげで、弱々しく見えた。このときすでにC型肝炎を患っており、翌年の1998年に腎不全で亡くなるにしても、その姿はあまりに凡庸で、精気が感じられなかった。テネシー州刑務所の、この場所だけがまるで銀行のカウンターでもあるかのようで、ひょっとして自分は、数年前に預けていた定期預金の満期に伴い、新たな投資先を相談しにきているのではないか、そんな錯覚に襲われる。

こんな男が父を殺したはずがない、とデクスター・キングは一人ごちた。そんな考えは父の偉大さに対する冒涜にすら感じられた。偉大なる人物には英雄的な死が、あるいは少なくとも悲劇的な死が用意されるべきだ。

だが現実には、死はこの世でもっともありふれた事象だ。

デクスター・キングは疲れた頭で想像しようと努める、銀行マンの容姿をしたこの男が、スーツを着てホテルの一室にいる姿を。小さな部屋には書き物机とその前にある大きな鏡、机の上に置かれている灰皿は空っぽだ。セミダブルサイズのベッドの頭上には、印象派風の風景画が飾られている。ベッドの端にはトム・ウィラード/ Tom Willard の名前で数時間前に部屋を借りた男が、漆黒のスーツに身体をねじ込むようにして座っている。ベッドの足元、男の手が届く位置には、レミントン760が、その銃身を鈍く光らせている。一つしかない窓は外に向けて開かれており、時折カーテンが風にはためく。トム・ウィラードの影がその襞に写り込み、記憶される。窓の外では大観衆の醸し出す熱気が大気中に充満していて、部屋の中まで漏れ出してくる。

6時を告げる教会の鐘の音、そしてそれをかき消すようにして大歓声が爆発する。トム・ウィラードは頭をもたげ外を見ると、鈍重に身体を起こす。

その瞬間、演壇に立っていた男、マーティン・ルーサー・キングが崩れ落ちる。
後に警察が発表したところによると、右頬を突き抜けて顎を砕き、脊髄に達してキング牧師の精神を瞬間的に破壊したその弾丸の行方を、一人の特権的な傍観者として見ることになった男は、地の底から湧きあがるように広がった怒号と悲鳴で我に返り、はじかれるように部屋を飛び出した。その後にムスタングの遠ざかるエンジン音が聞こえるように感じたのは、たぶん後付けだろう。

しばらくして、再び部屋の扉が開く。見知らぬ人物が部屋に滑り込む。その男は、持っていた銃を部屋に放り出されたままのレミントン760と入れ替える。窓の外を除き、それからゆっくりと部屋を出ていった。

1968年4月4日、アフリカ系アメリカ人公民権運動の指導者、マーティン・ルーサー・キングが暗殺された。ジェームズ・アール・レイは約2ヶ月後、ロンドンのヒースロー空港で身柄を確保され、その後禁固99年の刑を宣告された。

しかし本当の犯人が彼であったかは未だ疑問が残る。FBIの仕業とも、当時のアメリカ大統領、リンドン・ジョンソンが黒幕だ、というものもある(彼についてはJ・F・ケネディ暗殺の容疑もかけられている)。キング牧師の息子、デクスター・キングは今も、真実を求めてさまよっている。

Au revoir et a bientot !
 


2013年3月29日金曜日

アポロは未来の礎となって

ほりえもん、こと堀江貴文氏、出所。

株式会社ライブドアの下CEOとしてかつて一世を風靡した男も、2006年証券取引法違反の疑いで逮捕。2011年に2年6か月の実刑判決。そして、一昨日の2013年3月27日に仮釈放され、メディアの前に姿を現した。マスメディアはこぞってこのニュースを取り上げた。

証券取引法違反ってなんだよとか、マスコミの滑稽なまでの群がり具合など、突っ込みどころは多々あるが、今それは脇に置いておこう。それはこのブログのテーマから横道に逸れてしまう。

興味深かったのは、会見で飛び出した、今後なにをしたいか、という問いに対する答えの一つとして、「宇宙開発」と答えていたことだ(ニュースによると逮捕される以前から宇宙開発事業には着手していたらしい)。

現在進行中の宇宙開発計画として、目覚ましいものの一つにディスカバー号による火星探索がある。火星は太陽系において、もっとも生命の住んでいる(いた)可能性の高い星だといわれており、最先端の技術の結晶であるディスカバー号は、その証拠集めに躍起になっている、なんてひねくれ過ぎた見方だろうか。

そんなほりえもんの夢を現在進行中で突き進んでいるのが、Amazon.com のCEOである Jeffrey Preston Bezos 氏。先週、彼の組織したチームが、大西洋沖からアポロ11号の打ち上げに使われたサターンⅤのF1エンジンを引き揚げた、と発表した。

1969年に人類初の月面着陸を成し遂げた、あまりにも著名な宇宙船の推進エンジンは、その後40年以上ものあいだ、 海底4300m で眠っていたことになる――ロマンがあっていいだって?彼ら大金持ちがそんな論理で動いているとは思えないな。

かつて宇宙開発はロマンだったが、今はマロンだ。意味がわからない?ごめん、私もノリで言った。あえてこじつけるならば、以前の宇宙開発は人類全体で共有する一種の神話だったのに対し、現在のそれは金さえ積めば購入できてしまう、値札のついた店頭商品だってことだ。

人類に残された最後のフロンティアは今後、大富豪の遊戯場になるだろう。ちょうど人跡まれな山林深くを切り開いて作り上げたゴルフ場が、中流階級の娯楽の場として供されているように。国家的な神話を共有する時代は同時にマスメディアの時代でもあった。その一方で、現在進行中の資本主義の拡大に伴う力の分散化現象は、パーソナルメディアとミニコミの時代の到来に照応しているのか?同時代を生きる我々には中々判別がつきにくいことではある。

That's one small step for (a) man, one giant leap for mankind.
これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。
 
 と、アームストロング船長の名言を引いて、上手くまとめた風にしておこう。
 
Au revoir et à bientôt !
Les moteurs d'Apollo 11 remontés du fond de l'Atlantique lors de l'expédition Bezos© BEZOS EXPEDITIONS / AFP
 参照URL:Wikipedia アポロ11号
culturebox Les moteurs d'Apollo 11 remontés après 40 ans au fond de l'océan Atlantique (フランス語サイト)
 


2013年3月25日月曜日

愛は貴族主義

持つものにはより多くが与えられ、持たざるものは奪われる。ここでは平等主義も民主主義も意味をなさない。恋愛の世界の規則はただ一つ、より魅力的な人間がすべてを得る、過酷な世界だ。

障害者の性的支援が話題になっている。あろうことかスタンダールが『恋愛論』を書いた国、フランスで、だ。

内容を詳しく見てみよう。
Essonne 県の県議会において提案はなされた。現在は違法である、障害者に対する性的支援を合法化しよう、というのがSAVS(services d’accompagnement à la vie sociale) の訴えだ。とりわけ、「自分では身体を思うように動かせない」障害者に対する性的支援を、と訴えている。

実はこの法律、すでに採用されている国がいくつかある。麻薬の吸引も合法な尖った国オランダを先兵として、隣国ベルギー、永世中立国スイスに、幸福度ランキングで常に上位の福祉大国デンマーク、加えてアメリカのいくつかの州でも採択されているようだ。うーん、このメンツよ。

 もちろん、障害者支援を行っている組織はこの提案に賛成だ。一方で、コメント欄を見る限りでは、一般の人は反対意見が大勢を占めている。そこに税金が投入される可能性があることもひとつだが、それ以前のモラルの問題が大きいようだ。

ここで議論されている主な論点は、「性的支援は売春か否か」 にある。なぜならそれが合法か違法かの、現在のところ明確な境界線だからだ。だがこれは同時に、あまりに不明瞭な一線でもある。セックスをしなければオーケーなのか?それはもっと突っ込んでいえば、ペニスをヴァギナに入れなければいい、ってことだ。まるで、「先っちょだけ、先っちょだけだから!」みたいなノリだ。

この提案に納得いかない人も多いだろう。全国推定6000万人の恋人いない歴=人生の男たち(女たち)よ。これは嫉妬だ、ちょうど働かずに金を得ている、生活保護受給者に感じるそれと同じ感情だ。

でもたぶん、この提案が通ったからといって、心の空白を埋めることはできない。性的支援が法的に認められて、そのついでに売春も合法になって、「性感マッサージ師」の国家資格ができて、男女とも大っぴらに売春宿に通うことができるようになっても、根本のところで問題は解決していない。「国民の健康のため」なんて皮をかぶってはいるが、結局のところ、お前らみんな、愛されたいんだろう?

障害があるから無理?知らねえよ、そんなこと。頼りになるのは自分自身の魅力だけ。あんたに恋人がいないのは、身体の一部が動かないからでも、欠けているからでもない。ただ、魅力がないだけだ。

恥も外聞もかなぐり捨てて、手に入れたいのは一時的な性的快楽なんかじゃない、愛だろ?
――なら勝負だ。限りなく貴族主義的で、平等主義も福祉の精神も埃にまみれて打ち捨てられたこの土俵上で、がっぷり四つに組んで。

Au revoir et a bientot !

2013年3月21日木曜日

Far West !! 21世紀パリのウェスタン

「すでに監視カメラの映像は手に入れた。犯人たちの特定に、そう時間はかからないだろう」

うん、遅すぎる。事件があったのは土曜の夜だぜ。
それからもう5日が過ぎた。便りのないのは良い知らせ、とは言うけれど、続報のないのは捜査の遅滞しか意味しない。

くそっ、ついてねえな、と乗客の一人は思った。久しぶりにパリに出たら、帰りにこんな事件だ。でもパリとその周縁(L'île de France )の地下鉄、RERで起こる事件の数は年間約55000 件一日にあたり150件の計算だ。なにも出くわさないほうが、むしろ幸運な奴だ、と言えるだろう。

「一般的に」とSNCF(フランス国鉄)の広報は言う、「RERのD路線は他の路線に較べて特別危険、というわけではない。どんな交通機関においても平等に、窃盗事件は発生している。むしろ統計的には、窃盗の被害件数自体は減少している」――そんな数字や言葉が被害者にとってなんの慰めになろうか。被害者にとって唯一重要な事象は、自分が財布を暴漢にとられた、ということだけだ。

やつら手慣れていやがった。突然拳が飛んできた、女連れの男が述懐する、かと思うと催涙ガスで目をやられた。彼女の持っていたバッグをひったくり、気がついたときには胸ポケットにしまっていた財布がなくなってたんだ。迅速で凶悪。組織的な犯行だ。

Corbeil-Essonnes 方面の電車に乗っていたんだ、と学生が説明する、電車が Grigny 駅の構内に入るのとほぼ同時に、騒音と叫び声が聞こえた。電車の走る騒音がかき消されるくらいの音さ。それから、プラットホームを減速する車両と並行して走る若い男たちの姿が見え、あとはそう…見てのとおりさ。

まるで野蛮人さ。休日出勤の会社員が愚痴る、若者の集団が見えたとき、車両から車両へとさざめく、恐怖の波が見えた。西部劇に出てくるインディアンのように、蒸気機関車に馬で並走して、雄たけびを上げて自らを鼓舞する褐色の男たち。手に持った槍の穂先を使って、手慣れた動作で自動ドアをこじ開けて、次から次へと車両に飛び乗る。乗っているのは正義のガンマンじゃない、経済破綻寸前の国のビジネスマンだ、銃なんて持ってない。そこかしこで一方的な略奪が始まる。幾人かは抵抗するが、数の暴力には逆らえない。喧騒の後、奇妙なまでの静けさが支配する車内に、男たちが髪飾りに使っていたきれいな鳥の羽が飛び散っている――俺らみんな、毛をむしり取られたニワトリみたいだろ?

3月16日土曜日、夜10時頃、パリ郊外のGrigny-Centre 駅で、顔を隠した20~30人ほどの若者が、RER D線の乗客を襲う事件が発生した。組織だった行動で、目につく相手――とりわけ旅行者を狙って――強盗を働いた。被害者は10人以上に上るとみられる。

「まるで現代社会に対する反抗 / 犯行だ」と事件を担当する警官の一人が自分の意見を述べ、しばらく黙考した後に付け加える、「でもこれは違う」、まるで他人の意見に同意するように頷きながら、「こんなのは普通じゃない」。

Au revoir et à bientôt !
 
今回の記事も上記のニュースに拠りながら、必要に応じて手を加えている。どれくらいかって?7割だな。


2013年3月18日月曜日

冴えないオヤジが歴史を変える――中世からルネサンスへ

これは経済危機が生み出した奇跡だ。

『貴婦人と一角獣』。このフランスの至宝が日本にやって来る。東京、大阪と回る記念的な展示会。これに興奮しないやつはインポテンツなの確定だが、と同時に、国宝級の美術品を貸し出さざるをえない(と勝手に想像しているのだが)、フランス経済の苦しさを感じて、一抹のわびしさを覚えてしまう。まぁ、日本経済だって人のことを言える立場じゃないだろう。過去には1974年、アメリカのメトロポリタン美術館に一度、貸し出されたきり。大阪展は7月27日から。行かない手はないだろう。

普段はパリのクリュニー中世美術館に所蔵されている、この6面連作タペストリーは15世紀末の作品とされている。

2011年にフランスに行ったときに撮った写真
この15世紀という時代は、中世と次代ルネサンス期との境であった。世界史上においてこの時代、相次いで重要な事件が起きている。1492年は言わずもがな、コロンブスのアメリカ大陸到達の年であり、同時にイベリア半島からイスラム勢力が一掃された、いわゆるレコンキスタ完了の年でもあった。

西ではヨーロッパが勢力を拡大する一方、東では1453年、オスマン帝国の攻勢によりコンスタンティノープルが陥落し、1000年以上続いた東ローマ帝国が滅亡している。また、フランスではイングランドとのいわゆる百年戦争が終結した年でもある。まさに時代の転換点といえるだろう。

この中世からルネサンスへの移行は、単なる美術史的区分ではない。それは、「個」の誕生を意味するものである、という点で近代を予告しており、非常に興味深い期間である。以下、T・トドロフの『個の礼讃』をもとに見ていこう。

キリスト教がローマ帝国によって認められて以降、宗教画一辺倒であった絵画の中に、庶民の肖像があらわれてくるのがこの時代だ。先鞭をつけたのは15世紀のフランドル絵画で、ロベール・カンパンやファン・エイク、それにファン・デル・ウェイデンなどがその代表とされる。時代を下るに従って、イコロジー(図像学)的要素は薄れ(といっても決して失われることはなく)、描かれた人物たちの唯一性が顕著になっていく。

トドロフは、これらフランドル絵画を、寓意性と象徴性が重なりあった、稀有な存在として描き出す。
「イメージは二重化し、リアリスム的な再現と同時に、コード化された意味作用を持つ…イメージは、現前と不在、形式と意味作用といった二重の用法に柔軟に対応するものとなったのである」

 「再現された個別性」と別の場所でトドロフは言う。それはつまり、地上の生が再現するに値するものである、とする精神の変革である。この個人への関心こそが新たな芸術の地平を切り開いた。

その最初の発露がキリストの父、ヨゼフの地位向上だった、という指摘も実に面白い。「額に汗して生計を立て、仕事を愛する人間として…本質的に家庭的でブルジョワ的である」 ヨセフにスポットライトを当てることは、古いヒエラルキーを転倒させることになる、新しい世界の誕生を告げ知らせている。

――親父よ、もっと胸を張っていいんだぜ。

そう語る息子(たち)の声が聞こえるような気がする。

Au revoir et à bientôt !
クリュニー中世美術館外観。建物自体も相当古い
 
参照URL:貴婦人と一角獣展
参考文献: 『個の礼讃 ルネサンス期フランドルの肖像画』 / ツヴェタン・トドロフ 著 白水社刊