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2014年4月5日土曜日

『不死身のバートフス』

怒りに支配されるとき、人は無口になる。

バートフスは、無口だ。それが、彼を人々から遠ざける――そこにはかつての友人や知人、あげく今一緒に住んでいる家族までも含まれる。

沈黙は忘却と踵を接しているのだろうか?ある場合は――シュペルヴィエルの詩のように――そうだ。別の場合には、また違った側面を照らし出す。「覚えているから忘れてほしい」その願望の現われとしての、側面。

バートフスの今を支配するのは、「不死身」と呼ばれた収容所での過去だ。どこに行ってもその称号は彼に付きまとう。後ろに伸びる長い影のように。人はその影を見て、彼を判断し、呼びかける、「不死身のバートフス」と。快感はない。むしろ苦痛だ。

バートフスは怒り、自分の中に閉じこもる。そのための金は、十分にある。トレーダーとしての資質が彼を助けている。非合法的だとしても、見逃されている。

ときにバートフスは、自分の内面を誰かにぶちまけたいと思う。だが、誰が聞いてくれるだろう?家族とのつながりは、はじめからないに等しい。友人たちは彼の元を去った。カフェで出会う戦時中の知人も、すでに今を生きていて、過去の話には取り合わない。なのに彼には、彼の周りでは称号が一人歩きする。バートフスには過去に苦しめられているのが自分だけのように思える。

『Le garçon qui voulait dormir』 と同様、これは過去の自分とその幻想に苦しめられる人間の物語だ。どちらの主人公も、人々が勝手に自分に抱いた幻想を否定するために生きる。

その姿はそのまま、筆者アッペルフェルドにも重ねられる。彼もまた、「ホロコーストの作家」というレッテル貼りから逃れるために、苦闘する。

『Le garçon qui voulait dormir』 の少年が物語の冒頭で目覚めたのに対し、『不死身のバートフス』では、結末部分でバートフスが眠りに落ちる。これまで不眠に悩まされていた彼が、「これからは、胸のなかの心配はすべて忘れて眠るんだ」 と自分に言い聞かせて、豊満な眠りに身をゆだねる。

作者自身がそのどちらを選んだのか。選択の結果は明白だ。彼は目覚めて、書く。たとえそうすることによって、レッテルを剥がすことができなくとも。それが、生きるということだ。

Au revoir et à bientôt !

2014年3月30日日曜日

『少年はもっと眠りたい / Le garçon qui voulait dormir』

前回に少しだけ紹介した、アハロン・アッペルフェルドの 『Le garçon qui voulait dormir / 少年はもっと眠りたい』 について、もう少し深く掘り下げてみよう。

文章は平易でわかりやすい。私のフランス語のレベルでも、ほとんど辞書を引かないで読めるのだから、そうとうなものだ。原文のヘブライ語ではどうか知らないが(もっとも筆者は別のところで、「ヘブライ語は非常に簡素な言語です」と語っている)、少なくともフランス語訳されたアッペルフェルドは、難解さと無縁のところにいう。

この小説の設定は奇妙だ。主人公の少年は、戦禍からイタリアに逃げてきた一人だ。同じく避難してきた人たちからは、「眠り児」と呼ばれている。避難の最中にあって、少年はずっと眠り続け、なにがあっても決して目を覚まさなかった。

彼らの中からは「置いていこう」という声もあがった。むしろ、それが大多数の意見だったといえる。少数の者が頑固に反対した。ただ人道的な見地からだけではない。少年は彼らには見えていないものが見えていて、いつか目覚めたときには、それを語ってくれるはずだ、と少数の人々はいう。少年は、彼らを導く預言者なのだ、と。

にもかかわらず、だ。物語は少年が目覚めるところから始まる。その後ストーリーが進むにつれ、幾ばくかの揺り戻しはあるものの、ほとんどの場合少年は目覚めている。目覚めて、肉体の鍛錬やヘブライ語の学習にいそしむ。

少年は目覚めている。周囲は彼のことを「眠り児」として記憶している。そして少年が語り始めるのを期待する。なにを?彼が夢の中で神から得たはずの託宣を告げるのを。

実際に少年が見た夢は、多くの人間が見る夢と同様に、個人的だ。夢を見た本人にしか、その価値は測れない。

夢の中で幾度も、少年は父や母に出会う。戦争で別れ、行方の知れない両親のこと。夢は記憶と混ざり合い、ときに補填し、補強し、またときに混同する。

少年は「眠り児」だった頃を知る人々を避ける。当然だ。彼は彼らが求める預言者では、ない。そうである以上、彼の存在は人々を失望される。それが、怖い。希望を、一人背負うには、少年の肩はまだか細い。

いつか少年は大人になって、自分自身と向き合うだろう。自分の過去、人々の求める役割とのギャップ、失われた母語への追憶などに苦しみながら。書くことが彼の道を切り開く。それは、夢の中から見つけてきた道具だ。彼らの民族の多くはそうして、自らの存在を見つめなおしてきた。シュルツ、カフカ、少年の父、そして少年自身…。

Au revoir et à bientôt !

2014年3月19日水曜日

雨に濡れた土の匂い

出川哲郎の持ちネタのひとつに、「切れたナイフ」ってのがあるじゃん?他の芸人たちに散々弄られたあげく、たまりかねたように昔の呼称を持ち出して、「オレはなぁ、昔切れたナイフって言われてたんだよ!」ってやつ。どんな意味やねんと周りから突っ込まれ、本人も満足げに笑っている。あれ、こんなんだっけ?

テレビでこの場面を見るたび、大江健三郎の小説で出てきた「ナイフ / naif」を思い出す。どの小説だったか、忘れてしまったけれど。日本では「ナイーブ」と表現する人間を、「ナイフな」奴と高校生同士、原語の発音に忠実にありながら評するという、作中の挿話のひとつだ。

日本で「ナイーブ」といえば、素朴さや純粋さを表し、やや肯定的に捉えられることが多い。この意味合いは、フランス語では古風であり、現在ではほとんど使われない。naif の今現在の意味は「お人よしの、馬鹿正直な」ってところだ。

そう考えたとき、「切れたナイフ」って呼称は面白いよね。だって「ついに馬鹿が怒ったぞ」といわれてるようなもんじゃん。まさにそのままの状況。赤いものを見て「赤いぞ!」といったにもかかわらず、「意味がわからない」と否定する周囲と、それを受容してニタニタ笑うだけの本人。そこはかとなく哀れみを感じてしまう。

まあそれはさておき、今日の本題。Isaac Bashevis Singer / アイザック・バシェヴィス・シンガー『Gimpel le naif』 をフランス語で読んだ。あとで調べたところ、日本語訳も存在し、タイトルは「バカのギンペル」と訳されていることが多いようだ。発音しずらい名前だが、これでも1978年のノーベル文学賞受賞者だ。

最近ユダヤの作家を集中的に読んでいるのだが(以前に紹介したAmos Oz もその一人)、この人にはある意味裏切られた。なんつーか、ヨーロッパの匂いが強いのだ。それも、中央ヨーロッパの匂い、ドストエフスキー的に言うならスラブの匂いといえばいいか。

それもそのはず、生まれは1904年ポーランド。1935年には兄を追って渡米。その後1943年に米国籍を取得し、1991年マイアミで死去している。シオニズムとは距離を置き、母語であるイディッシュ語を使って、イディッシュ民話に深く関係した物語を書き続けた。1978年のノーベル文学賞受賞は、もちろん、イディッシュ語の作者としては初だった。

イディッシュ語は高地ドイツ語のひとつ、一方言とされ、標準ドイツ語にヘブライ語やスラブ語を交えたものらしい。「イディッシュ」とは「ユダヤ語」の意味であり、それはそのまま使用者の帰属先も示す。

文学的内容は、ヘブライ語で書く後世のユダヤ作家、Amos Oz Aharon Appelfeld よりも、同時代の中央ヨーロッパの作家たちにはるかに近しい。ボフミル・フラバル(1914-1997)やヤロスラフ・ハシェク(1883-1923)などは、民族的背景は異なりながらも、同じような土台がある。それは民衆に根ざしていること、「因果応報」だとか、「信じるものは救われる」とかいった、上から押し付けられた規範に捉われない理不尽さと、性的開放感が作中に充溢する。それは、雨に濡れた土の匂いだ。

もちろん、このあたりの作家と比較する以上、同じように中央ヨーロッパに生を受けたユダヤの作家、フランツ・カフカ(1888-1924)と比較しないわけにはいかないだろう。だがそれは、また別の話。

全然関係ないけど、飲料水「evian」を反対から読むと「naive」。そんなとこから、気取って水を買うような人間のことを「ナイーブな(バカな)やつだなぁ」と嘲るのも、フランス人の一種の楽しみだ、ということにしておこう。

まったくまとまりのない文章だが、今日はここまで。
Au revoir et a bientot !


2014年2月8日土曜日

君が死ぬ理由、ぼくの死なない理由

今となっては当時の熱狂を思い出すのは難しい。2008年11月4日、民主党から推薦されたバラク・オバマ上院議員が、共和党のジョン・マケインに勝った瞬間、アメリカで初めての黒人大統領が誕生した。

『Une bonne raison de se tuer』 はそんな熱狂の大統領選当日を生きた、二人の人物に焦点を当てる。一人は Laura 。人生嫌気が差した彼女はその日、特に理由もないのに死ぬことを決意する。もう一人は Samuel 。別れた妻とのあいだにできた一人息子が自殺し、苦悩する男だ。

現代フランスの作家、Philippe Besson はそんな二人の一日を交互に交えて描き出す。文学的手法に凝っているわけではない。二人がそれぞれに生きた一日を淡々と描き出す。

Laura の自殺願望には理由がない。40代後半~50代の彼女の子供は既に成人し、夫とは別れて今は一人で暮らしている。勤め先での仕事は順調だが、これといった変化もない。自分の人生に満足も不満もない、といっては嘘だが、まあそれなりの、人並みな生活を送ってきた。今彼女はそのことにうんざりしている。死ぬ理由は特にないが、これ以上生きている理由もない。

そんなとき、手元にある拳銃の、人間性を離れた卑劣さは魅力的だ。それは容易に生と死のあいだに横たわるためらいを乗り越えてくれる。朝、彼女は夜に死のうと決意する。

Samuel の息子の死には理由がある。そしてそれは、より理解しやすいように思える。彼は自分の好きな子に級友の前ですげなくされた。その恥辱は思春期真っ只中の彼にとって耐え難いものだった。そう彼の級友は主張する。

だがそれは、一人の大人を納得させない。たとえそれが、息子にとっての真実だったとしても、父親である彼は、別の真実を求めざるを得ない。そんなことで死ぬなんて!

物語の最後に二人は出会う。河の向こう岸にむかうフェリーの中で。互いにかすかな共感を覚えるが、話しかけはしない。当然だ、二人はそれまで一度も出会ったことのない、赤の他人同士なのだから。お互いがお互いに、相手の生に干渉するだけの力を持たない。アメリカ初の黒人大統領誕生を祝う爆竹の音の背後で、銃声が鳴る。だがそれは、誰の関心も惹き得ない。ついさっきまで一緒にいた Samuel さえも。

これは生と死の物語だ、もちろん。人の人生を語る以上どんな物語だってそうだ、と人は言うかもしれない。なるほどそうだ。だが、この作品のように、生と死が人の想像するよりはるかに身近で、曖昧なものであると指摘する物語は少ない。彼ら二人の物語が交互に紡がれるように、人の一生にも死の瞬間が幾度となく顔をのぞかせる。Laura は死を選び、Samuel は死ななかった。だが二人にどれだけの違いがあったろう?たまたまだ。たまたま彼女は死に、彼は生きた。

物語の背景に流れる大統領選の熱狂と華やかさが、ひどく虚しく思えてくる。「私になんの関係がある?」そう叫ぶ彼らの声に、誰か答えてくれないか。

Au revoir et a bientot !

2013年4月27日土曜日

映画『L'Écume des jours』 4/24 フランス公開

Boris Vian / ボリス・ヴィアン。死後54年を経た今も、君はスーパースターだ。

4/24、フランスで  Michel Gondry 監督の"L'Écume des jours " が公開された。

初日の入りは47000人と予想より少なかったようだ。期待値が高いだけに、裏切られたときの失望感は大きい。まさに「期待はずれ」の一作。今のところそんな烙印が押されているようだ。

なにしろ、キャスティングがすごい。主役の二人が『スパニッシュ・アパートメント』の Romain Duris / ロマン・デュリスと、日本で一番有名なフランス人女優、Audrey Tautou / オドレイ・トトゥ。更には『最強の二人』の Omar Sy / オマール・シーも登場とあっては、期待しないほうが無理というもの。私だってそりゃ見たいさ。

映画の公開に合わせて書籍の売り上げも好調なようだ。

livre de poche 版(日本の文庫本)の"L'Ecume des jours / うたかたの日々" が今週のベストセラーにランクイン。小出版社 Saints-Peres からは直筆原稿版が発売された。さまざまな神話的生物の落書きで埋め尽くされた、シュルレアリスム的想像力に溢れたこの豪華本は、1000部が瞬く間に売り切れた。

肝心の内容にも触れておこう。

「原題でもっとも悲痛な恋愛小説」と銘打たれたこの本の面白さは、その詩的で幻想的な世界観によるところが大きい。青年コランと少女クロエの恋愛を軸に、カクテルピアノやハツカネズミが舞い踊る。肺の中で睡蓮が生長する病気に冒されたヒロインなんて、この小説でしかお目にかかれない。

余談だが、この作品の日本語訳はどれもひどい代物で、とてもじゃないがまともには読めない。私が購入した当時は、新潮文庫版の『日々の泡』と早川epi 文庫版『うたかたの日々』が存在した。現在所持しているのは後者だが、まあひどい。たとえば、次のような会話――
「それでは、また仕事にかかってもよろしゅうございましょうか、旦那様」(ニコラ)
「いいとも、ニコラどうぞ」
言葉が古いのは目をつぶるにしても、「いいとも、ニコラどうぞ」はないだろう。最初のセリフを喋ってるのがニコラだということを考えれば、滑稽さは倍増する。普通に考えてもここは、「ああ、よろしく」ぐらいが妥当なところだろう。
現在は光文社文庫から野崎歓訳が出ている。中身は確認していないが、野崎さんの翻訳なら間違いないと思うので、読みたい人はこれがオススメ。

まぁともかく、日本公開が未定な以上、とりあえず読んでみるしかないだろう。もちろん私は挫折した(なぜ昔は読みとおせたのか不思議だ)が、それはそれ、これはこれだ。ボリス・ヴィアンの息子、パトリックの証言を最後に引用してお別れだ。

「『うたかたの日々』は初版5000部が印刷されたんだ。1000部はなんとか売れて、友人にもたくさん配った。残りは?全部スクラップさ」

Au revoir et à bientôt !
 
なるほど、この翻訳ならスクラップされるのも頷けるぜ。



2013年2月24日日曜日

肉と体

肉体は悲しい。ああ!私はすべての書物を読んだ
――ステファヌ・マラルメ 『潮風』
 

今日はフランス語のお勉強といこう。

上に引用した詩人マラルメの文章、「肉体」にあたる単語は2つほど考えられる。ひとつは一般的によく使われる男性名詞、corps 。もうひとつはあまりなじみのない、女性名詞の chair のという単語。ここでは後者が使われている。上記の文を原文に戻してみると、

La chair est triste, hélas ! et j'ai lu tous les livres.
となる。

それぞれの単語の意味を個別に見ていこう。

chair をロワイヤル仏和中辞典第二版で調べると、次のような意味に当たる。
 
① 肉(体) ② ひき肉 ③ 果肉 ④ 肌(色) ⑤生身

chair の概念を最もよくあらわしているのが、「la chair et les os / 肉と骨」という使い方。つまりchair とは、体から骨を除いた部位のことだといえる。なんとまあ、実にニクニクしい単語だろう。

一方の corps 。これも同辞書で調べてみると、
 
① 物体 ② 身体・肉体 ③ 胴体 ④ 死体 ⑤ 身柄 ⑥ 本体 ⑦ 団体 ...

といった具合だ。
要はこちらの単語はそのまま日本語の「体」に当てはめることができそうだ。その抽象性も含め、実にしっくりとくる対応だろう。

ここからは余談。このchair という単語、どうやら象徴派の詩人たちに好んで使われていたらしく、マラルメと同時代の詩人、ヴェルレーヌも1896年に同名の詩集を出版している。おそらくは、使い古された身体(corps)に対する反逆なのだろう。

一方で、同時代の小説家、アナトール・フランスは、corps を使ってこんな風に書いている。

L'ame [...] est la substance ; le corps, l'apparence.
精神とは本質であり、肉体とはうわっつらのものである。

うーん、なんという肉体と精神の二元論。また、少し下った時代の天才少年、レイモン・ラディゲの長編処女小説のタイトルは、『Le Diable au corps / 肉体の悪魔』だった。ここでも、corps が暗示する精神 esprit âme との対比が生き残っているようだ。

最初に引用したマラルメの文章元は、詩 BRISE MARINE / 潮風 から。逃避を主題にしたこの詩を書いたマラルメ、逃れたかったのは、使い古された「身体」のあり方だったろうか。

Au revoir et à bientôt !
Le chaire / 説教壇。日本で見ることはまずない
 
参考辞書:ロワイヤル仏和中辞典 第二版(旺文社), Wictionnaire
 

2013年2月6日水曜日

決闘の様式美――プルーストの場合

先日AKB48の峯岸みなみ丸刈り騒動に対するフランスでの反応を紹介した。そのうちの何人かが、彼女の行動を「名誉(あるいは面目)」の観念と結び付けており、中にはそれがフランスでは失われた観念だ、と皮肉たっぷりに述べているのもあった。

それじゃあ君たちは名誉をどんなふうに考えているのか。一つ見てみようじゃないか。

Le Point.fr に"C'est arrivé aujourd'hui" という記事がある。毎日歴史上で起きた同日の出来事を振り返るもので、要はフランス版「今日はなんの日?」だ。

それによると1896年のこの日、若きプルーストがMoudon の森で決闘をした。

相手のJean Lorrain は当時42歳の批評家兼劇作家で、19世紀末フランスデカダンスの代表的人物であったようだ。その筆先は鋭く残酷で、それが因果でこれまでにも何度か決闘沙汰を起こしたことがある。うん、うぬぼれ屋の完璧なステレオタイプだな。

事の発端はこの批評家がプルーストの同性愛について記事の中で言及したことにある。

ジャン・ロランはLe Journal 誌上で、プルーストの最初の小説、『Les plaisirs et les jours / 喜びと日々』をこきおろしている。

その中で彼はプルーストのことを「弱虫」だとか、「希少種」などと揶揄しているわけだが、それが決闘の理由ではない。彼はプルーストの次作にアルフォンス・ドーデーが序文を書いたことに対して、「(ドーデーの)息子のリュシアンのために断れなかったのだろう」と書いている。これは読む人が読めば、プルーストとリュシアン・ドーデーとの同性愛関係の仄めかし、と了解される。

これにプルーストが激怒した。決闘は規定通り二人の介添え人とともに夜明け前に行われた。

ところでなぜ、ロランはそうまでプルーストに突っかかったのか?――最も可能性の高い仮説は、プルーストに対する嫉妬だ。

プルーストは Robert de Montesquiou という紳士から庇護されており、対してロランはといえば、相手にされず、あろうことか軽蔑されていたのだ。そのことに彼は嫉妬していたのだという。

…くだらないぜ。実にしょうもない、どうでもいい話だ。ニュースのタネとしては、先日の丸刈り騒動と同等、あるいはそれ以下の価値しかない。

さて、決闘はおよそ文学的な結末に終わった。二人はお互いにピストルを地面に向けて打ち合うことで同意(!)し、その後プルーストに至っては、仲直りの握手さえしようとしたのだ!

プルーストの傷つけられた名誉とは一体、どこに行ってしまったのだろう?なるほど、確かに誰をも傷つけない解決法だ。だがそれならば、そんなあらかじめ了承された決闘の真似事などして、何の意味があるのだろう?そんなものははた迷惑でしかないだろう。

答えは前回の丸刈り動画と同じことだ。二つの出来事の根底には、「命を懸ける」ふりをすること、パフォーマンスとしての丸刈り(切腹の代替行為?)、決闘がある。はたから見れば愚かしいとしか思えないその行為が、意味記号(=Signe)を共有する社会の中では、立派に命がけの行為として通用する。する側と見る側の共犯関係。

プルーストはこの記号論的行為を生涯誇りにしていた。これが彼の「最も男らしかった」記憶であり、彼の名誉は、この行為によって回復されたのである…。Ha ha ha, なんて素晴らしい名誉観!

Au revoir et à bientôt !
Marcel Proust (à gauche), a provoqué en duel Jean Lorrain.© DR

参照URL:Le Point.fr C'est arrivé aujourd'hui 6 février 1897


2013年1月19日土曜日

美徳や道徳はドブの中には落ちてない

前回紹介した Pascal Garnier 。彼は現代フランスの優れた Roman noir / ロマンノワール作家だといって過言ではない。

では、ロマンノワールとはなにか?日本では「暗黒小説」と訳されることもあることのジャンル、日本版Wiki に従えば、その源流が第一次大戦後アメリカで生まれたハードボイルド小説にあるように錯覚してしまいそうだが、実際のそれは16世紀スペインで誕生したピカレスク小説(悪漢小説)にある。

15世紀に隆盛を極めた騎士道小説の、いわばネガとして誕生したピカレスク小説は、その名の通り(社会的)悪者を主人公に据えた小説形式であり、犯罪(およびそれに準じた行為)が物語の主要な部分を占めている。

レイモン・チャンドラーやダシール・ハメットの小説を読んでわかるとおり、ハードボイルドが主人公の「生き様」に主眼を置いているのに対し、ピカレスク小説のほうは、「悪と正義」という倫理観を軸に、それを揺さぶることを楽しんでいる気配がある。

では、ロマンノワールはどうだろう?

この小説形式の明らかな直系の先祖として、医師であり反ユダヤ主義者であった、ルイ=フェルディナン・セリーヌがおり、また窃盗その他の容疑で何度も捕まり、ついには死刑宣告を受けるものの、その文学的才能に惚れこんでいたサルトルらの尽力によって刑を免れた、闇世界の住人、ジャン・ジュネがいる。

彼らの作品を他の大衆小説作家のそれと画しているのは、「卑劣さの美徳、その欠如」とでも呼ぶべき要素だ。彼らの描く人物は多く卑劣で、仲間内からも嫌われている、あるいはそれゆえに一種の尊敬すら集めている。そしてそのことに対し、一瞬たりとも罪の意識や倫理的な反省を抱くことがない。

――美徳?道徳?そんなものドブの中には落ちてなかったぜ。

悪徳商人から盗んだ金を貧しい人に分け与える鼠小僧、泥棒とは名ばかりの某三世など、悪人にも義賊要素が求められる日本では決して受け入れられないこれらの登場人物が、今もフランスのロマンノワール上では跳梁跋扈しているのか?

その答えはおそらく、Non だろう。フランスでだって、そんな人物は受け入れられない。というか、そもそも上記の二人が例外だ。レ・ミゼラブルだって、ジャン・クリストフだって、自分の美学に忠実に生きる、義賊の一種だ。「自分の美学すら容易に裏切ってみせる卑劣さ」なんて、誰でもが共感するものではない。

確かに、パスカル・ガルニエの小説を読むだけでジュネやセリーヌの作中人物が現代に生きていないことは容易に想像がつく。だが彼らの作り出したアウトローからも嫌われる卑劣漢を、単純な余罪の追及で死に追いやろうとは決してすまいという心意気をそこに読み取ることもまた、決して難しくないのだ。

ロマンノワール=反社会的小説ではない。むしろそれはミステリーと境を接した、人気のある文学の一ジャンルにすぎない。

ならばどこにそんな卑劣漢を見つけようか?『夜の果てへの旅』?『泥棒日記』?そんな遠くまで出かけなくとも、自分の心の中をちょっと覗いてみれば、そこいらじゅうをウヨウヨ這いまわっているのに出会えるだろう。

お前は卑劣さ、卑劣漢だよ、スメルジャコフ!

Au revoir et à bientôt !
修道院にも悪徳は存在する。たぶん

2013年1月3日木曜日

アポリネールとステファン・ツヴァイクの共通点

ギョーム・アポリネールGuillaume Apollinaire 1880/8/26 - 1918/11/9)は、イタリア出身 (!) のポーランド人 (!!) の詩人。「シュルレアリスム」の語は彼から生まれた。19歳のときパリに移住。1916年、第一次世界大戦に従軍し、負傷。1918年、スペイン風邪がもとで死去。
アポリネールのサイン
アポリネールの交友関係には錚々たるメンツが揃っていて、恋人はマリー・ローランサン、友人にはパブロ・ピカソにヴラマンク、アンリ・ルソーなどなど…。アポリネール自身もまた、文字で絵を描く「カリグラム」の技法や、詩集『アルコール』によって、20世紀前半のパリに現れた巨星の一人に数えられる。


さて、一方のステファン・ツヴァイクStefan Zweig 1881/11/28 - 1942/2/22)。オーストリアのユダヤ系作家で、日本では伝記作家として有名。代表作は『人類の星の時間』とされる(これは以前邦訳がみすず書房から出版されていたが、現在は入手困難となっている――と思ってAmazon を調べてみたら現在は普通に販売してますね)。

多くのユダヤ系ヨーロッパ人と同様、ヒトラー政権の誕生からほどなくしてアメリカに亡命、最終的にはブラジルの地で自殺。

一見なんの関係もないように思えるこの二人の共通点――それは、二人とも2013年に知的財産権が失われ、パブリックドメイン化することである。

1997年からヨーロッパの統一規則として、知的財産権の消滅は死後70年経った後と定められた。
その結果、今年で70年を迎えるツヴァイク、さらにはロベルト・ムージルの作品も(『特性のない男』!)、公共の財産となるわけだ。

ややこしいのがアポリネールのケースで、第一次大戦に従軍し、戦争中にスペイン風邪によって倒れたこの詩人は、「フランスのために死んだ / Morts pour la France」と見なされており、今日までその失効が延期されていたようだ。
注意しなければならない点は、知的財産権が失われるのは、あくまで彼らのテクストのみで、翻訳や注釈はまた別であることだ。

まあ、なにはともかくこれで、『アルコール』が、『人類の星の時間』が、そして『特性のない男』がタダで読める――これは事件だ。今後、20世紀前半に活躍した錚々たる面々の作品がどんどん無償化されていくだろう。

この状況の最上の愉しみ方は、やはり電子書籍だ。Kindle で読みたい本が販売されてない。紙の本と値段がそんなに変わらない?日本の電子書籍事情に関しては、その通りだ。

日本における現時点でのこの端末の存在意義は、世界文学の古典を、「タダで、原文で、(比較的)快適に」読む点にある。lというか、それ以外にはないだろう。仏仏辞書も使えるし。

「電子書籍こそ本の新しい未来だ」と言い切るだけの尊大さは持ち合わせていないが、語学学習者にとって、素晴らしい時代が来たことだけは間違いない。フランスのデジタル図書館 Gallica のように、可能性はとどまることなく広がり続けているのだ。

Au revoir et à bientôt !
サン・ジェルマン・デ・プレ教会の裏手にある、アポリネールの顔。でかっ
 
参考サイト
・ アポリネールのオフィシャルサイト。死後85年が経ってオフィシャルも糞もないが、なかなか面白いので、ぜひ。
・Culture Box の記事より。今回の元ネタ。このサイトはフランスの固めの文化情報も発信していて、参考になる。
・フランスのデジタル図書館 Gallica のサイト。

2012年12月23日日曜日

月刊、なんて言わずに全集

去年の12月には『月刊 万有引力』と銘打って、シュペルヴィエルの詩集の翻訳をしていたものだが、今年はなにやら忙しさにかまけて、うやむやに終わってしまいそうだ。
 
そこで今日は、Gallimard 社から発行されている Bibliothèque de la pléiade / プレイヤード叢書 に収められているシュペルヴィエル全詩集を少し紹介しよう。
 
そもそもプレイヤード叢書とはなにか。まずそこからはじめよう。
 
一言でいってしまえばそれは、「世界文学名作全集」である。国籍を問わず優れた作家はすべて、この叢書に収められているといってもあながち過言ではない。
 
もちろんフランス語に翻訳されている、という制約は付きまとうが、それでも作家としてこのシリーズに名を連ねることは、アカデミーフランセーズ会員になることより名誉であると言え、また、ノーベル文学賞?たかが一ダイナマイト技術者の作った賞なんていらないね――なんて一笑に付すことだってできる(かもしれない)。
 
この叢書は翻訳の際に底本として使われることも多い。それはこれがしばしば死後確定された決定稿としての扱いを受けていることを意味するとともに、異同のある別稿の有無についても触れている点において他を凌駕しているからでもある。
 
さて、シュペルヴィエルの全詩集にざっと目を通すと、このシリーズの面白さがよくわかる。
 
ひとつひとつの詩に解釈が付けられ、巻末にある索引を使えば、同名の詩の存在や類似したテーマの詩を調べることができる(Offrande / 贈り物 と題された詩を生涯にいくつ書いているか、君は知っていますか?)。
 
つまりは作者の持つ語彙の幅や嗜好をよりよく知ることができるツールなわけだ。
 
まあ、ここまで書いていうのもなんですけど、この前自分の誕生祝いとして購入し、その勢いのまま嬉しげにこのブログを書いた、というわけ。
要は自慢したかっただけだろう?――そうですが、なにか?
 
Au revoir et à bientôt !

写真編集ツールを使用してみた。

2012年12月11日火曜日

嘘つきの恋

イェーツ?知ってるよ。詩人だろ?

と私も思ったのだが、今回はまったくの別人、Richard Yates / リチャード・イェーツについて紹介したい(ちなみに詩人のほうは、William Butler Yeats / ウィリアム・バトラー・イェイツ。1923年にノーベル文学賞も受賞している。日本では岩波文庫から対訳詩集が出ているので、それを読むことをお勧めする)。

Richard Yates / リチャード・イェーツ(1926-1992)。3歳のときに両親が離婚。高校の頃からジャーナリスト志望で、高校卒業後は軍隊に入隊、第二次世界大戦に従軍する。1946年、ニューヨークに戻りジャーナリストとして活動を開始。ゴーストライターとして、ロバート・ケネディ司法長官のスピーチ原稿を書いたりもしたらしい。

文学界に現れるのは1961年の『Revolutionary Road  / La fenêtre panoramique(仏題)』によって。この作品、サム・メンデス監督の下、レオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットのタイタニックコンビで2008年に映画化されている。ケイト・ウィンスレットはこの作品で、第66回ゴールデングローブ賞主演女優賞 (ドラマ部門を)受賞。

生前彼の小説は、批評家からは絶賛されるものの、世間からはほとんど無視された状態だった。評価され出したのは死後のことで、Stewart O'Nan が1999年、Boston Review に寄稿した"The Lost World of Richard Yates: How the great writer of the Age of Anxiety disappeared from print" が再評価の始まりである。
 ここまでWikipedia(fr)から抄訳。URL: http://fr.wikipedia.org/wiki/Richard_Yates_(auteur)

略歴を見ると同世代の作家、レイモンド・カーヴァーの影がまとわりついて離れないが、まあそれはいいだろう。一日に煙草4箱を吸うヘビースモーカーであり、アルコール中毒であった彼が書いた作品の登場人物にはいつも、敗北者の雰囲気がまとわりついている。儚く散った幻や中途半端に終わった宿命、上手くいかない人生に諦めてしまった野心…。

過去は苦く、未来はどんずまり。そんな冴えない人物が主人公の小説が、面白くないわけがないだろう。

人生には失敗と断念と、そして苦しみしかない。そう語りかけてくる彼の小説はホッパーの絵を思い出させる。人々はカップルだったり、集まっていたりするのに、どこかいつも寂しげだ。イェーツは絵の中に、ウィスキーの瓶を付け加える。飲まずにはいられないのだ。

これは人生の敗残者の物語だ。そして彼の失敗は取り返しがつかない。おそらく作者自身の生が色濃く投影されているのだろう。それはただひたすらに、苦い。

これが飲まずにいられるかい?
Au revoir et a bientot !
『夜更かしの人々
 
 
<注>今回のブログの内容のほとんどは上記参照サイトの翻訳に過ぎないことをここでお断りしておく。これは1981年発表の« Liars in Love » のフランス語訳 "Menteurs amoureux" 発売に合わせた記事である。現時点でRichard Yates の小説の邦訳はなく、Wikipedia の記事も日本語版は存在しない。私個人としては近いうちにフランス語で読んで、感想をかければと考えている。


2012年11月26日月曜日

サンディ島の謎を追え!

どうやってその集落は浮かんでいるんだろう?どこの船乗りが、どんな建築家の助けをかりて、大西洋のど真ん中、水深六千メートルの海上に、このようなものを建てたのか?

Jules Supervielle / ジュール・シュペルヴィエルの短編小説、"L'enfant de la haute mer / 沖合の少女" は、大西洋の孤島に一人住む、12歳の少女の物語だ。

これまで他の人間を見たことがない少女は、水平線上に船が現れると、猛烈な睡魔に襲われて寝入ってしまい、それとともに集落はその姿を波間に隠す。それゆえ船乗りは誰もその姿を見たことがない。だがある日、少女は船を見つけて…。というお話。

こんな風にあらかじめ、幻想小説の体をとっていれば、我々もすんなりと受け入れられるのだが、現実はそう、甘くない。

オーストラリアとフランス領ニューカレドニアとのほぼ中間、南太平洋上にあるとされているサンディ島(英:Sandy Island 仏:L'ile de Sable )Google Earth にもその存在が記載されているが、今月22日、オーストラリア地質学チーム「サザン・サーヴェイヤー(Southern Surveyor)」の調査過程で、実在しないことが明らかになった。

なんでもこの島、古くは1792年にはすでに文献に記載されていた、というから、この幻の島は200年以上も地図上に存在し続けたことになる。

もはや完全にシュペルヴィエルの世界だ。

島が作られたそもそもの理由が過失によるものなのか、あるいは意図的なものなのか、今となっては知る由がない。「あると信じられていたものが実は存在しない」という考えは、人間にとって実に馴染み深く、同時に畏怖の対象である。サルトルならそれを、「実存の孤独」と呼ぶだろう。シュペルヴィエルはそこに、他者との繋がりを見出す。

沖合の少女はどのように生まれたのか?

物語の最後に示される説明ではこうだ。少女は、四本マストの帆船アルディ号に乗っていた Charles Liévens というステーンヴォルド出身の水夫によって生み出された。彼は12歳の娘を亡くしており、航海中もたびたび彼女のことを思っていた。ある夜、ある場所で(ご丁寧にもシュペルヴィエルはそれが北緯55度、西経35度の位置だと指定する)、彼が亡くした娘をあまりにも強く、長く思い続けた結果、沖合の少女は生まれたのだ、と。少女はある人物の想像の産物なのだ。

さて、それではサンディ島はいったい、誰の想像の産物なのだろう?そして我々は?

Au revoir et à bientôt !
Google Map 上のサンディ島
 
*日本のニュースではあまり紹介されていない様子だが、Wikipedia 上に記事が存在する。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E5%B3%B6_(%E5%B9%BB%E5%B3%B6)

2012年11月22日木曜日

Sous la pluie / 雨の下で

L'ecole de loisir 社から青少年向けシリーズ、"Medium" の一冊として刊行されている本書。

著者は Olivier Adam / オリヴィエ・アダン。
1974年パリ郊外に生まれ、現在はブルターニュ地方に住んでいるフランスの若手作家。2004年には Passer l'hiver / 冬を越す でゴンクール短編小説賞を受賞。2006年に来日し、京都のヴィラ九条山に滞在していたが、日本語訳はまだなされていない。

それにしてもひどい話だ。

語り手の僕は学校でいじめられ、父親は20年ローンで購入したばかりの一軒家に後悔しきり、母親に至っては少しばかり頭がどうかしてしまっている。これを読んだ子供たちが人生に絶望しても不思議でない。

もっともこれは通過儀礼 の物語だ。その点、これを青少年向けとするのは全くもって正しい。

ただし、その対象は彼ら家族全員だ。彼らはみな、それぞれにぶつかった困難と、まともに向き合うことができずにいる。

いや、それができないのは大人たちだけなのかもしれない。なにしろ語り手の僕の行動力は、強引なハッピーエンドさえも正統化する力と率直さに満ちている。

新居に引っ越してから近所付き合いもなく、友達もいない母親。そんな彼女をもどかしく思いながらも責めることしかできない父親。なんてありふれた光景。それでいて、解決困難な難題。

結局その状況を好転させたのはなんだったのか?正直いってよくわからない。それは私の語学力不足のせいでもあり、おためごかしのハッピーエンド志向のせいでもあるだろう。あるいは、そういった状況に馴致してしまった、惰性的な生を積み重ねてきたためかもしれない。

それでも子供たちは、最後の場面を、この先ずっと続く人生を照らし出す、希望の光の下に読むに違いない。

Les derniers rayons du soleil viennent s'échouer sur mon visage.
夕暮れの最後の光が僕の顔の上で座礁する。

それはきっと、雨の下で一夜を過ごした一家にとっても、新しい夜明けを予告する残照だろう。

Au revoir et à bientôt !
Olivier Adam
 

2012年11月17日土曜日

Les feuilles d'automne / 文学週間

Oh, je voudrais tant que tu te souviennes,
Des jours heureux quand nous étions amis,
Dans ce temps là, la vie était plus belle,
Et le soleil plus brûlant qu'aujourd'hui.
 
思い出してくれないか
幸せだったあのころを 僕らは恋人同士で
人生は今より美しく、
太陽は今よりもっと輝いていた。
 
Les feuilles mortes / Jacques Prévert
 
 日本語タイトルは、『枯葉』。シャンソンの代表格であり、ジャズのスタンダードナンバーとしてもあまりにも有名。私にとって、このタイトルはすなわち、『Somethin' Else』 内の同曲を意味している。
 
ちなみに英語のタイトルは 『Autumn Leaves』。 日仏英、いずれも「落ち葉」を意味しているが、この英語をそのままフランス語に直すと、Les feuilles d'automne 。つまりは表題に落ち着く、というわけ。
 
それにしても、「落ち葉」を意味する英語が、フランス語では秋の読書週間を指しているのだから、不思議だ。
 
これは、フランス語の feuille の多義性による。この語を仏和辞書で引くと、「葉」、「紙」、「薄片」などの意味が出る。要は、ぺらぺらした物体の総称だ。日本語で、ミルフィーユというお菓子、あれはフランス語の mille feuilles (薄く1000枚重ねたもの)が訛ったものだ。
 
さて、この時期は、フランスの主要な文学賞の受賞発表が重なる季節である。その中でも最も権威がある、といわれているのが、ゴンクール賞。今年の発表は11/7。 Jérôme Ferrari "Le Sermon sur la chute de Rome" (Actes Sud 社) が受賞した。内容は以下の通り。
 
コルシカ島の小さな村にあるバー。哲学の勉学を捨て、大志を抱きその寂れたバーを継ぐことにするが、思い描いていたユートピアは悪夢へと変わっていく。人の気持ちとはこんなにもたやすく腐敗していくものなのか?落日のローマ帝国で人間の意志を非常に無力なものとしたアウグスティヌスの思想を絡めた、哲学的思想に満ち溢れた小説です。(欧明社HP より引用 URL: http://www.omeisha.com/?pid=51321885

 

うん、なかなか面白そうだ。
ちなみに、この作家の出身地はコルシカ島。いつの時代も文学はある程度書く人の事故が投影されたものだけれど、いつからかその傾向がつとに強まってきたように思う。それは roman から recitへの回帰、といえるだろう、そのターニングポイントは、ヌーヴォーロマンの旗手、ロブ・グリエが半自伝的三部作を書いたそのときに求められるのだろうか。(そういえば、以前少しだけ紹介したマルグリット・ユルスナールの最後の作品もまた、自伝的三部作だった)。これについてはいつかまた書く機会があるかもしれない。ないかもしれない。
 
それにしても、結局文学賞なんてものは、出版業界が本を売るための手段にすぎないのだなぁ、とつくづく思う。もっとも、日本の芥川賞や直木賞のように、もはや読書好きからもないがしろにされてしまった賞などは、それこそ les feuilles mortes / 死んだ文学(賞)と呼ばれるべきだろう。
 
Au revoir et à bientôt !
 
 

2012年11月3日土曜日

マルグリット・ユルスナール展 言葉のイメージ


Marguerite Yourcenar / マルグリット・ユルスナール(1903-1987)。初の女性アカデミー・フランセーズ会員。20世紀を代表する女性作家で、代表作は『ハドリアヌス帝の回想』や『黒の過程』など。日本では三島由紀夫に関する評論、『三島由紀夫あるいは空虚なヴィジョン』が有名か。2002年に白水社からユルスナールコレクションが全6巻で販売されたが、現在は絶版中。2011年から自伝的三部作が同じく白水社から順次発行されている。

ごめん、ここまで概要を書いたけど名前しか知らない。

読んだことのない作家について、あれこれ知ったような口を利くのはよくない。機会があれば実際に読んで、それから再度彼女についての物語を書くことにしよう。ちょうど、家に唯一あるユルスナールの作品、『とどめの一撃』(岩波文庫)を見つけ出したところだ。これを読んで、それから三部作や他作品に手を出すか、決めるのもいいだろう。

さて、今回はそんな彼女の死後25周年を記念して、フランドル美術館で10月13日から催されている『Marguerite Yourcenar et la peinture flamande / マルグリット・ユルスナールとフランドル絵画』展についての、空想のレビューを。

この展覧会、作家と絵画、どちらに比重が置かれているのか。美術館で、展覧会。なのに作家のほうに重心を傾けているのは間違いない。「絵画は言葉へ向かう」。コンセプトはこれだ。フランドルの画家たちは、作家の創作過程を彩る、色鮮やかな花弁だろう。

しかし、その花の美しさこそが、フランドル美術の底力だ。油絵の技法を編み出し、イタリアを中心とした文化圏が、神の世界や王侯貴族を描いていた同じ頃に、平然と農民の生活を描いていた無体さは、ヨーロッパ絵画の歴史上、特異な位置を占める。フランドル絵画について語るためには、最低でもこのブログ3年分が必要だ。

ユルスナールに同様の地域性が見られるか、なんて問いは論点をずらしてしまう。この展覧会の主眼は、いかにして作家が見るものを言葉に変えたか、ということだ。

Les albums de Marguerite Yourcenar © Laurence Houot / Culturebox

Une exposition étonnante au musée de Flandre à Cassel propose un dialogue entre toiles et romans et montre comment cet immense écrivain, première femme à entrer à l'Académie française, a su déceler ce qui constitue la singularité de la peinture flamande et en extraire l'essence, aussi bien qu'elle a nourri son œuvre, incessant va-et-vient informel entre les images et les mots.

絵画と言葉、そのあいだを絶え間なく行き来することにより、ユルスナールはフランドル絵画の特異性を見抜いており、その本質を取り出し、自らの作品の糧としていたのだった。

A force de contempler ces tableaux, de travailler son regard, elle réussit à pénétrer la singularité d'une œuvre.

それらの絵について熟考を重ね、飽くことなく視線を注ぐことで、彼女は作品の特異点に達することができたのだ。

絵画の中に主題を探し求める姿勢。そんな抽象性よりも私には、旅行する先々で美術館を訪れ、ポストカードを買って行ったという、ユルスナールの姿のほうが、親しみやすく、好ましい。そう、その姿こそ、『世界の迷路』を手さぐりで彷徨い歩いていく、人間らしい姿だから。

Au revoir et à bientôt !


Marguerite Yourcenar le 15 décembre 1980
Marguerite Yourcenar le 15 décembre 1980 © Sam Bellet / La Voix du Nord

参照URLhttp://www.francetv.fr/culturebox/des-images-aux-mots-marguerite-yourcenar-et-la-peinture-flamande

2012年8月18日土曜日

ユマニスム

おはようございます。

ユマニスム / Humanisme とはなにか。それはヒューマニズムのフランス語読みである、だけではない。

Humanisme の英語読み、ヒューマニズムが人道主義的なニュアンスがあるのに対し、フランス語のユマニスムは人文主義の意味合いが強い。

ユマニスムの伝統は古来はギリシャ・ローマ時代にさかのぼることもできるのだろうが、より直系の先祖は、といえばルネサンス期、イタリアの文人ペトラルカになるようだ。それから、フランス思想史において本流ともいうべき位置を占めるようになる。

ここで最初の問い、ユマニスムとはなにか、に戻ろう。これについて、ツヴェタン・トドロフはその著作、『未完の菜園』で面白い答え方をしている。

人間は自由の代償に何を差し出すか、とトドロフは問う。

自由なんてなくていいじゃない、というのが保守主義者。
自由?そんなものはない。あるのは科学の法則を知る自由だけだ、というのが科学万能主義者。
個人主義者はたとえすべてを失うとしても、人間は自由の中で自我を開放すべきだと考える。
ユマニストはいう、自由は存在し、尊重すべきものである。ただしそれは人々がともに分かち合う価値、他の人々とともにある人生、そして自分を行為の責任者と見なし得る自我のことだ、と。

要はユマニストは、人間の自由意思の擁護者なのだ。

「人間の行為は多くの要因で条件付けられている。しかしだからといってそれで全面的に決定されているわけではない」(未完の菜園 p.98)

確かに人生には思い通りに行かないことがたくさんある。しかしその一方で、自分で決めてやるからこそ、価値があることもたくさんある。

ユマニスムの根底にあるのはつまるところ、人間(の自由意思)に対する信頼なのだろう。それは人間の生活が、「未完の菜園であり、自律性は花開くように世話をしてやらなければならない植物なのだ」(同 p.108) と感じるのであれば、なおさらに。

では、また。
Au revoir, a la prochaine fois!
ユマニスムの殿堂(嘘)。

2012年8月12日日曜日

友情――沈黙の誓約

おはようございます。

前回の続きを書こうと思って、クンデラの原典を探して我が家の本棚を漁っていたのですが、見つからず。あきらめたままに二週間近くが過ぎてしまいました。

どうやらエッセイ集『裏切られた遺言』に入っている気配なのですが、不幸にして我が家に見当たらず、正確な引用ができません。

そんなわけなので今回は仕方なく、私が覚えている限りでクンデラにとって「友情とはなにか」を話したいと思います。もちろん私の記憶に基づいているので、原典に忠実ではありません。正確な内容を知りたい方は是非、『裏切られた遺言』を手にとってみてください。

ある有名な女優と恋仲の噂があった男が死ぬ。人々は大挙してその男のただ一人の友人の下に押し寄せ、こう問いただす、「実際のところ、どうだったんだい?」と。
友人は返答を避ける。イエスとも、ノーとも言わない。ただ沈黙で答えるだけ。

友人の沈黙は、真実(というにはあまりに卑俗だが)を知りたがる人々の不興を買う。「もう彼は亡くなったのだから、言ってくれてもいいだろう」。人がなんと言おうが、友人の沈黙を破ることはできない。秘密は妻に対しても守られ、妻は夫の態度に憤慨し、夫婦の仲は険悪になる。

はたして友人は亡くなった男の秘密を知っていたのだろうか。それはここでは問題ではない、とクンデラはいう。大切なことは、友人が亡くなった男の知られるべきでない秘密を、その死後にいたるまで守り通したことだ。

この話を聞くまで友人とは、なんでも気兼ねなく話すことのできる人間のことだと思っていた、とクンデラはいう。しかしこの話を聞いてから、(あるいは共産主義下のチェコを生きてから)、他の人に対する沈黙の壁となってくれる人物こそ、なにより貴重な友人ではないかと思うようになったという。

友情とは、いわば死後にも続く沈黙の誓約なのだ、そのような考えは、友情というこの人の生において希少な光を放つ存在に、新たな角度から光を当てて、別の光輝を発見させる美しさではないでしょうか。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!


2012年4月16日月曜日

nouveau roman 考察――視覚小説誕生の理由

おはようございます。

少し前にクロード・シモンの新しい翻訳が出て興奮したって話を少ししました。

彼、クロード・シモンは文学史的な流れの中に置いて見ると、いわゆる「nouveau roman / ヌーヴォー・ロマン(新しい小説)」と呼ばれた面々に属します。彼はロブ・グリエと並んで、もっともヌーヴォー・ロマン的な作家だったと、私は思います。

予断になりますが、第二次大戦後のこの頃は、他にも「nouvelle vague」やら「nouvelle critique」やら、果ては「nouvelle cuisine」にいたるまで、とにかくなんにでも「nouveau, nouvelle (新しい)」の形容詞がつけられた時代でした。それもいまや50年以上昔のことになってしまいました。なんともまぁ。

さて、ヌーヴォーロマンのひとつの側面として、非常に「視覚的」な小説だということがあげられます。特に前に挙げた二人は。逆に物語性に乏しく、あまりにも視覚的に突出してるがゆえに、現在(そして過去も)十分な読者を得られなかった、と思われます。今回は、なぜヌーヴォーロマンがフランスで誕生したか、について考えたいと思います。

目に見えているものを淡々と描いていく、それが視覚小説の定義だとすると、どうしてもそこに「見る人」の存在が現れてきます。

その存在を隠そうとすればするほど露わになってきて、その人物が抱く感情の揺らぎが見え方に影響を及ぼす。つまるところ、視覚小説の根本には、「私とは誰か」といった、哲学の基本的命題が横たわっているということができます。

ただこれだけではフランスで、視覚小説が発展した理由にはならない。
思うに、フランスで(フランス語で)視覚的に書くことは、逆説的ですが非常に物語性豊かなのではないかと。なぜというに、フランス語の名詞のすべてには性別があるから。男性名詞と女性名詞ってやつです。

男と女がいるところ、すべからく物語が存在する。例えば「紙上で交わった垂直線と水平線」という文章があるとします。日本語で読むと特になんてことのない文章ですが、フランス語では垂直は男性名詞、水平は女性名詞なわけです。これを代名詞にするなら、人間と変わらぬ彼(il)と彼女(elle)となるわけです。

だから、前の文章を少し変換すると、「彼と彼女は紙上で出会った」と読み変えられる。こうなるとただの情報が物語に変化してる、と言えるでしょう。

ここまでくると、ヌーヴォーロマンや次の世代の作家たちが言葉を問題にしたのも良く理解できます。見ること、それを小説化するときに生じる物語。なんともぜいたくな悩みだと思うのは、私が彼らの文学に陶酔しているからでしょうか。

いずれ近いうちに原書で読み、日本語では隠された物語を読んでみたいものです。

では、また。
Au revoir, à la prochaine fois!
画像の選択がどんどんいい加減になってる今日この頃。

2011年12月1日木曜日

月間 『万有引力』 12月号

おはようございます。

今年も残りあと一ヶ月。気がつけばこのブログも半年ほど続いています。はじめはどうせ二三ヶ月で飽きてやめるだろうと思っていたのですが、意外と続くものですね。もちろん来年も続けていきたいと思っています。

さて、今月はいつもとは趣向を変えて、フランスの詩人Jules Supervielle の詩集 “Gravitations” の翻訳をやっていきたいと思います。
実はこれはこのブログをはじめたときからやりたいと思っていたことでもあります。

今回は前段階として、このJules Supervielle という詩人について書きたいと思います。

まずは日本での受容。
日本語ではジュール・シュペルヴィエル、あるいは単にシュペルヴィエルと表記されることが多いこの詩人、日本ではあまり知名度が高いとは言えません。これまでに詩集の完全な翻訳はなく、僅かに各詩集より選りすぐった「シュペルヴィエル詩集」が販売されていたものの、現在は絶版状態となっています。現在普通の本屋さんで手に入るのは短編集 "L'enfant de la haute mer" の翻訳『海の上の少女』と、後述する『フランス名詩選』のみとなっています。

私がこの詩人を知ったきっかけは、岩波文庫『フランス名詩選』に収められた二篇の詩、"Mouvement / 動作 "、"L'Arbre / 樹 " に出会ったことです。その中で展開される汎神論的な世界、非常に視覚的でありながら、読者の脳内に結ばれる像が実に独創的である点など、まさに私好みの詩人だと思いました。ちょうどその頃にはフランス語の勉強を始めていて、本屋で原書の詩集を二冊注文し、暇を見つけては読んでいました。
とにかく好きな詩人なので、いつかは翻訳をしたいと思いながらもなかなか時間と場所がなかったので思うだけにしていたのですが、ブログをはじめて、ここでなら誰にも迷惑かかるまいと、今回一念発起した次第です。

詩集の題名からして気持ちいい。『万有引力』や『未知の友だち』、『セカイの寓話』などなど、それだけで読者の興味を惹くタイトルだと思いませんか?
今回訳したいと思うのは、1925年に発表された、『Gravitations / 万有引力』。まあつたないとは思いますが、これを機にもっとシュペルヴィエルに興味を持っていただけたら幸いです。

最後に、詩人の略歴(1925まで)をフランス版wiki を参考に簡単に紹介しておきます。

1884 (0歳) ウルグアイのモンテヴィデオで生まれる。同年フランスに親類を訪ねる。その際に父母がコレラにかかり亡くなる。祖母によって育てられる。
1886 (2歳) 叔父のベルナールに伴われ、ウルグアイに帰る。実の子のように育てられる。
1893 (9歳) 自分が叔父夫妻の実の息子でないことを知る。この頃から寓話を書き始める。
1898 (14歳) ミュッセやユゴー、ラマルティーヌなどを知り、隠れて詩を書き始める。
1907 (23歳) 結婚。1908-1929 のあいだに6人の子供に恵まれる。
1912 (28歳) 様々な場所を転々とした後、パリに居を定める。
1914-1917  第一次世界大戦。召集され、従軍する。
1922 (38歳) 最初の詩集"Debarcaderes" / 波止場 を発表。
1923 (39歳) アンリ・ミショーとの交友の始まり。小説 "L'Homme de la pampa" / パンパの男 発表。
1924 (40歳) 小説 "La Piste et la Mare" / あしあと、水たまり 発表。
1925 (41歳) 詩集 "Gravitations" / 万有引力 発表。


では、また。
Au revoir, a la prochaine fois!
スペインの広場。やっぱりフランスとはちょっと違う?


2011年8月27日土曜日

他人の記憶に溺れる愉しみ

おはようございます。

ここ何回かの漠然としたテーマとして、記憶について書いてきました。今回もその流れで。

あ、その前に。この投稿がなんと30回目になります。ちょうど二カ月このブログを書き続けていることになります。読んでくださっている方々、いつも感謝です。

前々回に少しだけ触れた Nouveau roman の面々は、各々が独自の路線を歩んでいて、とてもまとまった芸術運動とはいえないと思うのですが、一度そんな風に一くくりにしてしまうと、なるほど共通点があるように見えてくるから不思議なものです。

共通点としては、全員が実験的であったこともそうですが、なにより「視覚的」であったことが一番かと思います。

なかでも特に視覚的効果に突出していたのが、Claude Simon で、私の一番好きな作家でもあります。そもそもこのブログのタイトルからして、この作者の著作から拝借しています。

作風を一言であらわせば(って昨日も同じようなことを言っていましたが)、
記憶が思いだされるままに書く
ということですね。

日本語訳が出ているどの作品を呼んでも、作者の経験が色濃く出ていて、読者は別の作品で読んだ出来事を、別の作品では違ったところから眺めている、といった経験を繰り返すことになります。

または、「スペイン内戦」として語られる歴史上の出来事を、そうした背景を鑑みることなく、あくまで一個人として体験したことだけを提示する。

人間を数や量で測りとるのでなく、人ひとりが持つ「個」の厚みを如何に表現するか。それをクロード・シモンは無意識の中から浮かび上がる記憶の上澄みをすくいあげる、その作業を延々と続けることによって達成したと言えるでしょう。

クロード・シモンの本を読むという経験は、すなわちクロード・シモンその人の記憶を、言い換えればその人となりを読むことに等しいのではないでしょうか。

では、また。
Au revoir, a la prochaine fois!
Lyon 駅にて。出発直前にならないと乗り場がわからないことも